689 ▽かつてない規模の襲撃
「ヴォルモーント」
元一番星が立ち上がった所で、彼女を後ろから呼び止める声があった。
現役二番星にして連合輝士団司令官ゾンネである。
「何よ」
「話は終わったのか?」
「もう帰るところ」
「頼みがある」
「嫌」
ヴォルモーントは彼の話を聞こうともしない。
「まだ何も言ってないのだが……」
「どうせ星輝士に復帰しろって言うんでしょ」
ゾンネは眉間にしわを寄せて黙り込んだ。
どうやら図星だったらしい。
「アタシはもう星輝士に戻る気はないの。面倒そうで窮屈な連合輝士団とやらに参加するつもりもないから。悪いけど、今後は好きなようにやらせてもらうわ」
「一番星は今も空位のままだ。最強の座に相応しい者は、お前を置いて他にいない」
「アンタが一番星になればいいじゃない。この一年間サボってたアタシなんかより、よっぽど人望があるんでしょ」
連合輝士団の内部においてゾンネの評判は非常に良い。
無口だが指導力があり、素っ気ないようで部下を気遣える高潔な人物。
シュタール帝国側の輝士はもちろん、ファーゼブル王国側の輝士からも信頼は厚かった。
彼が司令官になってからは、英雄王が司令官を務めていた時に比べ、よほど両国の団結力は高まっていると言えるだろう。
戦闘能力こそジュストに軍配が上がるが、星帝十三輝士二番星という地位や人格面を考慮すれば、彼をリーダーと認めない人間など連合輝士団にはいない。
ちなみにファーゼブル王国側で最も地位の高い偉大なる天輝士ベレッツァは、指揮系統の混乱を危惧して連合輝士団本部には留まらず、少数の部下と共に独自の活動を行っている。
実力は確かにゾンネよりヴォルモーントの方があるだろう。
しかし彼女はかなり長い期間、自身の病を理由に戦線から離脱していた。
両国の輝士のまとめ役という大任を考えるなら現状を維持すべきだとジュストも思う。
「心配しないでも、エヴィルとは戦うわよ。ルーちゃんのおかげで目が覚めたしね」
「ならば――」
ふいに、ゾンネの声をかき消すほどの、けたたましい鐘の音が響いた。
ジュストがルティアでこの音を聞いたのは今回が二度目である。
一度目は獣将率いる魔王軍による襲撃があった時だ。
「なんだ!?」
ゾンネが叫ぶ。
宿舎にいる輝士たちは浮き足立っている。
詳しい情報を知っている者などここには誰もいなかった。
この鐘の音が鳴る時。
それは、斥候が仕入れてきた重大情報を周知させるよりも速く、とにかく現場の輝士たちに集合を呼びかけるような緊急事態を告げるためである。
敵襲以外は考えられない。
それも、あの時のような大規模な襲撃だ。
どうやら先日のカミオン近郊の戦闘で終わりではなかったようだ。
「ヴォルモーント、手伝ってくれるな?」
「ええ、いいわよ」
これに関してはタイミングが良かったと言うべきか。
最強の輝攻戦士の存在が今は非常に心強い。
「行きましょう」
ジュストが言うと、二人の星輝士は無言で頷いた。
※
非常事態を告げる鐘が鳴るより、一〇分ほど前。
ベラとナコはルティア大通りを歩いていた。
「まったく、あのおてんば姫は一体どこに行ったんだか……」
ベラはため息を吐いて文句の言葉を呟いてしまう。
幸いにもルーチェに輝力を吸われたことの後遺症は残っていない。
丸一日寝込んでしまったが、すでに体力も輝力も、全快にまで回復していた。
とは言え、お仕置きは必要である。
早くルーチェを見つけ出さなくては。
ヴォルモーントから連絡を受けた二人は即座にルティアへと向かった。
ルーチェが泊まっているらしいホテルに行ったが、そこに彼女の姿はなかった。
ベラがルーチェをルティアに行かせたくなかった理由。
それはもちろん、ジュストと会わせたくなかったからである。
ジュストが亡国の姫と良い仲になっていることはすでに誰もが知っている。
ルーチェがその事実を知れば、きっとショックを受けるだろう。
だから何が何でも引き合わせたくなかったのだが……
まさか躊躇無く自分を倒して行くとはな。
恋は盲目と言うが、あの行動は予想外だった。
たぶん、ルーチェはすでに知ってしまったことだろう。
彼女が行方知れずになっているのもそれと関係あると思われる。
失恋のショックくらい乗り越えられると信じてるが、今はどうにも時期が悪い。
「宿舎の方はヴォルモーントに任せるとして、私たちは繁華街の方に行ってみよう」
連合輝士団の宿舎には戻りたくない。
ジュストの顔を見たらたぶん衝動的に殴ってしまいそうだ。
ベラはナコを引き連れたまま、人の多そうな場所を中心に捜索をすることにした。
「ところで、私はあまり外を出歩かない方が良いのでは……」
隣を歩くナコが小声で呟いた。
「ふふ、何を言う。そのために変装しているのだろう」
「これを変装と仰いますか」
今のナコは普段の東国風衣装を着ていない。
町で買った無地のワンピース姿に、黒髪を隠す鍔の大きな帽子を被っている。
連合輝士団の中にはグラース地方大量殺人事件の詳細を知っている輝士もいるだろう。
これはベラがコーディネイトした彼女が正体をバレないための変装なのである。
連合輝士団の者に出会いたくないベラも変装をしていた。
似合わない三つ編みお下げ髪に加え、大きめのメガネを掛けている。
これなら知り合いと会ってもベラだと気づかないはずだ。
と、そんな二人の横を輝動二輪が猛スピードで通り過ぎた。
「危な――」
思わず声を上げようとした直後、輝動二輪は甲高い音を立てて急停止した。
謝罪でもしてくるのかと思ったが、その直後にベラは目を逸らした。
輝動二輪に乗っていた輝士はよく知っている人物だった。
ファーゼブル王国輝士団の同僚、アビッソである。
「ベラじゃないか! 戻っていたのか!?」
「な、ななな、何を言う。私はベレッツァなどという者ではありません」
「ちょうど良かった、手を貸してくれ!」
人の話を聞かないやつだな。
まあ、こいつにならバレても大丈夫か。
「ふふ。私の変装を見破るとは、さすがファーゼブル王国第二の輝士だな」
「冗談を言ってる場合じゃないぞ。とんでもない事になった」
別に冗談など……
言い返そうとした時、鐘の音が鳴り響いた。
聞く者を不安にさせるような強い焦燥感の滲み出る音色である。
「これは……!?」
「緊急収集の鐘だ」
非常事態を知らせる鐘の音。
ベラは以前にもこれを聞いたことがある。
あの時は直後に魔王軍の襲撃があった。
たぶん、今回も同じ事態が発生したのだろう。
「敵の規模はわかってるのか?」
ベラは即座に輝士の顔に戻った。
とりあえずルーチェのことは後回しだ。
連合輝士団から離れたとはいえベラは偉大なる天輝士である。
エヴィルとの戦いから逃げるわけにはいかない。
こちらの質問に対し、アビッソは絶望的な応えを返した。
「南門の方角から、およそ三〇〇〇体の群れが近づいているとの話だ」
「っ!? 凄まじい数だな……!」
予想を遥かに上回る敵規模。
ベラは思わず声を詰まらせてしまう。
今回は魔王軍も本腰を入れて来たということか。
だが、幸いにも今のルティアには戦力が充実している。
ベラやヴォルが手を貸しつつ、連合輝士団が全軍で防衛すれば勝てないことはない。
「それだけじゃないぞ。同規模の部隊が東西の両方向からも迫っている」
「……なんだと?」
「ついでに言えば、敵の本隊は北側にいる約六〇〇〇規模の集団だ」
さすがにこれには絶句するしかなかった。
四方から同時に、総計で一五〇〇〇の大軍だと?
「それは間違いのない情報なのか」
「複数人の斥候兵の頭が揃っておかしくなったんじゃなければな。敵の数が報告より多い可能性はあり得るが、これより少ないことはまずないだろう」
「そうか……」
つまり、今度こそ魔王軍も本気なのだ。
大軍勢をもってルティアを潰すつもりである。
この街に集まっている、人類の主力ごと、すべて。




