686 黒髪少年との再会
うわあ、めっちゃひさしぶり!
まさかダイと会うなんて思わなかったよ!
「こんなところでなにやってるの?」
「別に、ただ移動してただけだ。オマエの方こそなにしてたんだよ」
「私は……」
ジュストくんに彼女がいたのが悲しくて、ヤケになって飛んで逃げて、なんとなく空を見上げて一人で落ち込んでたらエヴィルに襲われて、何故か輝術が使えなくて、危うくころされそうになってました。
そんな恥ずかしいこと言えるか!
「私もちょっと散歩してただけだよ」
「こんな夜中に? こんな何もないところを? 馬鹿じゃねーの?」
ばかとか言うな!
相変わらず口の悪いお子様め!
「まあいいや。ちょうどいいから、セアンス共和国ってところまで運んでってくれよ。オマエなら人ひとり担いで飛ぶくらいできるだろ」
「ひとを便利な乗り物みたいに!」
久しぶりに会ったんだからさあ、まずは再会を懐かしむとか、もうちょっとなんかないの?
……って。
「ここ、セアンス共和国じゃないの?」
「は? ここはノルドって国だぞ。セアンスはずーっと南だ」
マジか。
知らない間にそんな遠くまで来てたなんて。
あ、そういえばヴォルさんやお姉ちゃんもほったらかしで出てきちゃった。
いったい何やってんだろ、私……
「はあ……」
「なんだよ。大声出したり沈んだり、気持ち悪いやつだな」
「お子様にはわからないでしょうね。私のこの憂鬱な気持ちは」
「どした。ジュストにでもフラれたか」
「なんでピンポイントでそうやってひとが傷つくこと言うの!?」
うわあ、思い出したらまた悲しくなってきた。
もう無理です、もう限界。
「うわーん! うわーん!」
「な、なんだよ。なんで急に泣くんだよ」
「ばかばか! ダイのばかあ! うわーん、わーん!」
あー、もう最悪!
なんでこいつの前でこんなことに……
※
「ひっく、ひっく……」
「なあ、泣き止んでくれよ。悪かったよマジで」
「ううっ……もう、いいよ。別に……」
ダイも適当に言っただけで、わざとじゃないだろうしさ。
むしろ私の方こそ最悪だあ。
せっかく危ないところを助けてくれたのに。
関係ないダイに八つ当たりみたいなことするなんて。
「ゴメン、みっともないとこ見せたね」
「こっちこそ悪かったよ。無神経なこと言った」
おやおや。
まさか素直に謝ってもらえるなんて。
ダイくん、ずいぶんと大人になったじゃないの?
「そういえば背伸びたね」
「そうか? まあ、一年も経てばな」
最後に会った時は、たしか同じくらいの身長だったはずなのに。
気づけばいつの間にか頭ひとつ分くらい高くなってる。
もしかしたらジュストくんよりも高いかも。
うっ……
ジュストくんを思い出したらまた悲しくなってきた。
悲しい時は泣けばスッキリするとかよく言われてるけど、あれってぜったい嘘だよね。
「まあ、元気出せよ。オマエならすぐ他にいい男が見つかるって」
「えっ!?」
「なんだよ」
ダイが恋愛ごとで女の子を気遣う言葉だと……?
あんまりにもびっくりしすぎて、悲しみも引っ込んだよ。
「まさか、ダイのニセモノ……?」
「何言ってんだ」
うーん。
どうやら本当に励ましてくれたみたい。
なんだか意外だけど、ちょっと嬉しかったかな。
「ってことは、ジュストのいるセアンスには行きたくないのか」
「いや、別にそういうことでもないんだけど」
さすがにすぐは会いたくない。
けど、いつまでも逃げてるわけにもいかないし。
さっきは無責任なこと思ったけど、やっぱりエヴィルとも戦わなきゃ。
それに、ジュストくんが本当に好きになった人と結ばれたなら……
悲しいけど、私もいつかは彼のことを祝福してあげな……きゃ……
「ううう………っ」
「辛いなら無理に我慢すんな」
「だ、大丈夫!」
みっともない姿を見せるのは一度だけ。
これからの私は元気回復を目指して頑張ります。
あ、でも……
「えいっ。えいっ」
「なにやってんだよ」
「やっぱりダメか……」
「だから何がだよ」
「あのね。なんか、輝術が使えなくなってるっぽいんだ」
実際の所、本当に失恋のショックなのかどうかはわからない。
今も試してみたけど、輝術を使おうとしても煙ひとつ立たなくなってしまった。
「だからあんな犬っころごときから逃げてたのか」
「それで悪いんだけど、私も一緒にセアンスまで行くから、守ってもらってもいい?」
このご時世、輝術も使えないひとり旅は自殺行為そのものだ。
ここでダイと出会えたのは本当に運が良かったと思う。
「そーゆーことなら構わないぜ。ただ、徒歩だとかなり時間が掛かるぞ」
「ここからセアンス共和国まではどれくらいの距離があるの?」
無我夢中で飛んできたから、距離感覚は全然わからない。
「そうだな。出がけに見た地図通りなら、歩いて一ヶ月ってとこか?」
「マジか」
どれだけ全力で飛んだんだ私は。
「途中で馬か輝動二輪でも手に入ればもう少し短縮できるだろ。焦っても仕方ないし、気長に行こうぜ」
「そうだね……」
こうなっちゃった以上、慌てたところで仕方ないか。
お姉ちゃんたちは怒るだろうなあ。
それにナコさんも……
「あーっ!」
「なんだよ。いきなり大声出すなよ」
「言い忘れてた! ナコさん! ナコさんに会ったよ!」
「……どこでだ?」
ダイの表情がとたんに真剣になる。
「会ったのはグラース地方。しばらく私たちと一緒に行動してたから、いまはセアンス共和国の首都の近くの町にいるはずだよ」
ダイはナコさんの弟だ。
初めて出会った頃、彼は一人で旅をしていた。
その時の彼の目的は生き別れになったナコさんを探すことだった。
旅の途中、二人はついに出会うことができたんだけど……
「一緒に行動して大丈夫だったのか?」
ナコさんは病気に罹っていた。
それは、殺人衝動が抑えきれなくなる病気。
ダイたちの住んでいた村を滅ぼしてしまった邪悪な病気。
おかしくなってしまったナコさんはたくさんの罪のない人を殺めてしまった。
そして最後は私たちと戦って、崖から落ちて死んだ。
……と少し前まで思っていた。
「うん。ナコさん、正気に戻ったみたい」
けど彼女は生きていて、病気もどうやら克服したみたい。
きっと今なら本当の意味での姉弟再会ができるはずだ。
「そうか、生きてたのか……」
あれ?
なんか、あまり嬉しそうじゃない?
「お姉さんに会いたくないの?」
「姉ちゃんがやったことを考えるとな」
病気による衝動とはいえ、ナコさんが犯した罪は大きすぎる。
それに対する償いと罰については、簡単に解決できることじゃない。
「まあ、姉ちゃんのことは今はいいや。もし会える機会があるなら会って……その時にどうするかはまたその時になってから考えるよ」
「そっか」
ダイがそう考えてるなら、私からは何も言わない。
できれば最後には姉弟で幸せになって欲しいけど……
「とにかくオレはセアンス共和国に向かう。あそこはいま大変なことになってるんだろ」
「エヴィルと戦うためにセアンスに行くの?」
「個人的な理由もあるけど、やっぱ世界が化け物共に侵略されてるのを放ってはおけねーからな」
おお……あのダイが、個人的な目的じゃなくて、世界平和のために戦おうとしてる。
「そっか。すごいね」
「あたりまえのことだろ」
いくら失恋がショックだったからって、世界とかどうでもいいなんて考えてた自分が、なんだかすっごく恥ずかしくなってきた。
ちょっと頭を冷やそう。
どっちにせよ輝術が使えない以上、すぐには戻れないし。
「ここから南に行ったところに町があるらしい。まずはそこを目指すぞ」
「わかった。それじゃ――」
「お嬢様、みーつけた!」
ぞっとする声が空から降ってきた。
見上げると、星空が一部だけが黒く塗りつぶされている。
黒い塊は地面に落下し、べちゃりと嫌な水音を立て、気持ち悪くうにょっと盛り上がった。
黒将ゼロテクス!
「こんなところでなにやってるのかなー? ザンキ使いから離れて単独行動なんて、いくらなんでもちょーっと不用心じゃないのかなー?」
しまった、輝術が使えない、こんな最悪のタイミングで……!




