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閃炎輝術師ルーチェ - Flame Shiner Luce -  作者: すこみ
第2章 盗賊団 - black stranger & silver prince -
68/800

68 勧誘

「ぐぐぐっ……!」


 ダイは両腕にかかる重さを支えながら懸命に歯を食いしばっている。

 彼の膝ががくんと沈んだ。

 このままじゃ押しつぶされてしまう!

 私はクインタウロスの頭を睨みつけて『目』で睨んだ。

 炎のイメージを具現化させ、言葉にのせて放つ。


()っ!」


 言葉と共に打ち出した火球がクインタウロスの後頭部で炸裂する。

 炎はすぐに消え、たいしたダメージは与えなかった。

 けど注意を逸らすには十分だった。


「おりゃっ!」


 ダイは腕を跳ね上げ敵の攻撃を打ち払う。

 その勢いのままがら空きになったクインタウロスの腹に気合いを込めた一撃を叩き込む!


「輝術か! とうとう覚醒したのだな!」


 仲間が攻撃されたというのにアンビッツは嬉々とした声を上げる。

 私はそれを無視してダイたちに視線を集中する。

 依然として仁王立ちのクインタウロスが怒りの咆哮を上げた。

 突き出される大岩のような拳。

 ダイは後ろに跳んでその攻撃を避け――


 え?

 後ろに飛びのいたダイの肩から血が噴出した。

 クインタウロスの攻撃は当たっていない。

 自分の体に何が起こったかわからないのはダイも同じようだ。

 よろけながら着地したところにクインタウロスの拳がまともに当たる。


「ぐあっ!」


 少年の小柄な体が吹き飛ばされる。

 受身を取る事もできずに背中を地面に打ちつける。

 立ち上がろうとして果たせず、膝を地面に突いてしまう。


「ちっ、がはっ……ドジっちまった」

「しっかりして、しっかり!」


 慌てて駆け寄ってダイの傷を見る。

 とっさに庇ったのか左腕が真っ赤に腫れている。

 輝攻戦士の防御の上からでも肉体にダメージを与えている。

 その攻撃力に私はゾッとした。

 もしあれを生身で食らえば……。


 さらに彼の左肩からは小さな出血があった。

 ダイがクインタウロスの攻撃を避けた瞬間、背後から飛来した何かがダイの肩口を貫いて動きを止めたみたいだ。

 私は周囲を見回した。

 そして見つけた。

 巨大な蜘蛛のような生物。

 ただの蜘蛛と違うのは体のあちこちから鋭く尖った角が生えていること。

 そしてその足が肌色で人間そっくりな形をしていること。

 異形の生物。こいつもエヴィルだ。


 そしてその傍ら、見覚えのある黒ずくめの男がいた。

 醜く顔を歪めながらゆっくりと近づいて来る。


「何故貴様がここにいる、スカラフ」

「クケケケ。まずは援護を感謝をして欲しいものですな団長殿。よろしければ私と『アラクネー』のローホ=クークも加勢しますが?」

「必要ない。クインタウロスだけで十分だ」


 山の中で会った狼雷団の副長を名乗った老人、スカラフ。

 以前は他人のフリをしていたけれど、あの時の襲撃も私たちにアンビッツを信用させるための芝居だんだ。


 ……ん?

 そういえばどうしてアンビッツは私と一緒に行動していたんだろう。

 まんまと騙されたわけだけど、わざわざ騙す意味はあったんだろうか。


「しばらくぶりだね。会いたかったよお嬢さん」

「私は会いたくもなかったけど」


 エヴィルを異様に可愛がっているこの醜悪な黒マントの老人は、フィリア市を出てから今までで一番もう会いたくないと思った相手だ。


「冷たいね。これから仲良くやって行こうという仲間に対して」

「なんですって?」


 聞き捨てならない言葉に私はつい聞き返した。

 顔は笑っているが冗談を言っている感じじゃない。


「おや、まだ言っていなかったのですか?」

「理解を促すため事情を先に説明していたのだが小僧に邪魔をされた」


 スカラフはクケケケと例の耳障りな声で笑った。


「団長殿ご執着の娘へのラブコールを邪魔した男に対する罰は飛針程度では足りなかったですかな」

「何の話をしているのよ」


 よくわからない話を続ける二人。

 私の腕の中でダイがうめき声をあげ、ちらりと視線を落とした。

 その瞬間、アンビッツのやけに優しげな声が耳に届いた。


「ルーチェ。私たちの仲間にならないか?」

「は?」

「クケケケ。別の男を抱いている女に告白とはさすが団長殿。略奪はお手の物ですな」

「黙れスカラフ」


 アンビッツはスカラフを睨みつけそれからもう一度私の方を向いた。


「ファーゼブルがそうしているように我々も向こうにスパイを放っている。王都エテルノはもちろんフィリア、フィリオの二大都市にもだ。そこで我々は面白い噂を耳にした。街中に突如現れたエヴィルとそれを倒した青年の話だ」


 私がジュストくんと隷属契約スレイブエンゲージを交わした時のことだ。


「その青年は少女の力を借りて輝攻戦士になったという。そして少女は国を追われた青年を追ってフィリア市を出た」

「私の子飼いの情報屋は優秀でね。情報収集能力はファーゼブルの調査団以上よ」


 自慢げに補足をしたスカラフを無視してアンビッツは説明を続ける。


「悪魔の薬がファーゼブルに流れた理由は不明だが思わぬ収益となった。最高の同志となりうる人間がこうして私たちの前にやってくる、そのきっかけを作ってくれたのだからな」

「同志ってまさか私のこと?」

「その通りだよ。聖少女プリマヴェーラの再来の少女」


 プリマヴェーラの再来。

 天然輝術師の力を持っている者。


「最強の輝術師。ピーチブロンドの聖少女。伝説の五英雄プリマヴェーラを彷彿とさせる君が仲間に加われば大国打倒へ向けての大きな旗印となる。我らに賛同する同志も集めやすい」


 以前にお父さんが言っていたことを思い出す。

 天然輝術師は体勢に逆らう人たちの象徴として祭り上げられ国を滅亡に追いやるって。

 その時は馬鹿馬鹿しいと思ったけどこの人達は実際にそれをやろうとしている。


「最初からそれが目的で……」

「私は君を狼雷団に引き入れたく思い、そのために自らノルドに足を運んだのだ。山中でスカラフに襲わせた時はなかなか力を使わない事にヤキモキしたがね」


 あの時、ノルドの街で出会ったのは偶然じゃなかった。

 優しい顔で私に近づいて、そして緩やかに誘導してきたんだ。

 たぶんヴィチナードの町の現状を見せたのも私のやる気を出させるため。

 釣られてやって来た私はまさに飛んで火に入る夏の虫。

 

 彼の優しさの裏にはそんな思惑が潜んでいた。

 悔しい。

 いやな思いをした後とはいえあっさりと騙されてしまったことが。


「そして君はこうして力に目覚め、狼雷団の中枢にまで乗り込んで来た」

「おかげで可愛い(エヴィル)をまた一人失う羽目になってしまいましたがね」


 不満げな言葉を漏らすスカラフ。

 アンビッツはやっぱり取り合わなかった。


「その勇敢さといい、やはり君は聖少女の再来だ。いや実状はどうでもいい。私たちが責任を持ってそう宣伝する。どうだ一緒に来ないか。輝鋼石の力を少数の都市市民のためだけに使い、機械(マキナ)などで文化と伝統を破壊する大国など滅ぼし、全ての民が等しく平穏に暮らせる理想郷を我らの手で築くのだ。望むなら君を新体制の女王にしても――」

「冗談じゃない!」


 べらべらと勝手な言い草を続けるアンビッツを私は思いきり怒鳴りつけた。


「あなたたちにとっては憎い敵なのかもしれないけど、フィリア市は私が生まれ育った大切な街なの。それを滅ぼすために力なんか貸すもんか!」


 人を都合の良い看板扱いする勝手さにも苛立ったけれど、それ以上に女王なんて言葉で私を釣ろうとした軽薄さが許せない。

 そりゃお姫さまなんてあこがれだけど。

 平和に暮らしている人の幸せを奪ってまで玉座に座りたいとは思わない。


「すぐには納得できないのも無理はない。もう少し我々の事をわかってもらう必要があろう」


 私の反応は予想していたところなのかアンビッツは平然としていた。


「何を聞かされてもあなたたちに協力なんてしません!」


 彼はファーゼブルを悪の帝国みたいに言うけれ、実際はそんなことない。

 輝士であるベラお姉ちゃんは近隣地域の平和のためにあちこちを駆け回っているし、技術者であるお父さんは機械マキナ技術を都市外でも使えるよう日々がんばって研究を続けている。

 確かに都市の中と外を分けて差別しようとする人もいる。

 けど、みんながみんな見下しているなんてことはない。


「あなたが自分の国を大切にするように私だって自分が産まれた町が大好きなんだから!」


 まっすぐにアンビッツの目を睨みつけ、私ははっきりと言った。

 恥ずかしいことなんて一つもない。誰だって同じように答えるはず。

 フィリア市が革命に巻き込まれ滅んでしまうところなんて想像もしたくない。

 アンビッツは表情を変えなかった。

 落ち着いた声色のまま言葉を続ける。


「君が仲間になるならばジュスティツァ青年を我らの同志に迎えてもいい」


 思いがけない名前が飛び出して私は言葉を失った。

 どうして、ジュストくんの名前が出てくるの。

 アンビッツは薄笑いを浮かべた。

 脈ありだとその顔に書いてある。


「無断で輝攻戦士になった罪によって国外追放になった哀れな青年。君のせいで人生を台無しにされ死罪にも等しい魔霊山への流刑を命じられた可哀そうな男」

「うっ……」


 言い返したくても突きつけられた言葉の重さと、それが私のせいだという事実に何も言う事ができない。


「我らの同志となれば晴れて自由の身だ。なんなら保護してやってもいい」

「保護……」

「隔離施設を襲撃し彼を救い出そう。我らの戦力ならば容易いことだ」


 ジュストくん。

 私のせいで大変な罪を被ってしまった人。

 目を閉じれば彼の優しい笑顔が浮かんでくる。

 とても強く、優しかったあの笑顔。

 もう一度会える? 自由になれる?


「彼のために故郷まで捨てた君にとっては悪い話じゃないだろう。愛する男のために命を賭けられる立派な少女よ。私は君たちに輝ける将来を約束しよう」


 飛びかけていた私の意識はアンビッツの言葉で現実に引き戻された。

 同時に揺れていた私の心も決まった。


「アンビッツさん」

「おいでルーチェ。一緒に彼の自由を取り戻そう」


 気づけばアンビッツは私の目の前にいた。

 差し伸べられた手に、私はそっと自分の手を伸ばして。

 その手を力いっぱい叩いた。

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