672 ◆ニアミス
「……と言うわけで、固有能力を使う許可を頂きたいんですけど」
『ふむふむ』
相手を納得させるためなのか、やたら迂遠な説明をするミサイア。
それを聞き終わった帽子の女はあっさりと一蹴。
『不許可。不特定多数の一般人に見られる恐れがある以上、絶対にダメよ』
「ですよねー。わかりました、すみませ――」
「いやいや、ちょっと待ってよ」
あっさりと諦めようとするミサイアを押しのけ、あたしは空間の歪みに話しかけた。
「多くの人の命がかかってるのよ。ルールだかなんだか知らないけど、ちょっとくらい融通ってもんが効かないの?」
『あなた、インヴェルナータかしら?』
向こうからもこっちの姿は見えてないみたい。
あたしは「そうよ」と答えた。
『悪いけど、そっちの人間が何人死のうが知ったこっちゃないわ。それよりも不必要にこちらの技術を晒して世界そのものを歪ませる方が、ずっと危険だってわかってもらえないかしら?』
「不必要って……!」
冷たく切り捨てるような言葉に、あたしはかなりイラッとした。
そりゃ、別の世界の人間にとっては無関係かも知れないけど。
『落ち着きなさい。固有能力の使用は許可できないけど、ちょっとしたサポートならしてあげるわ』
「サポート?」
『ウイングユニットの扱いには慣れたのよね。その発展系にある戦闘用の試作機を送ってあげる」
「ちょっと待ってください、『あれ』をこっちの世界に持ってくるんですか!?」
わっ、びっくりしたわね。
いきなり耳元で大声出さないでよミサイア。
『いい考えでしょう? ちょうど実地テストをしたいと思っていたところなの』
「戦闘用試作機って、それこそ軍の最高機密じゃないですか!」
『そっちの世界じゃ一〇〇%模倣できない技術だから流出の心配はないわよ』
「私は反対です! いくらナータがウイングユニットの扱いに長けてるとはいえ、それはあまりにも危険すぎです!」
『それじゃ街が滅ぶのを黙って見ていなさい』
「ぐぬぬ……」
ちょっとちょっと、人を無視して勝手に話を進めないでよ。
「よくわかんないけど、それがあればエヴィルの将をやっつけられるのね?」
『その将っていうのがどれほどの強敵か知らないけど、大抵の相手なら圧倒できるだけの基本スペックはあると思っていいわ』
「なら送ってちょうだい。あたしがやるわ」
『ナータ!?』
どれくらい危険なだろうと関係ない。
とにかく将さえ追い払えればルーちゃんの情報を聞け……
もとい、街を救うことができるんだから。
やらない理由はなにもない。
『OKよ。それじゃ美紗子、ユニットを転送できるような広い場所を確保して、後で座標を送ってちょうだい。準備が整ったら改めてこちらから次元ゲートを開くわ』
「はあ……どうなっても知りませんからね」
ミサイアは諦めたように深くため息を吐いた。
その後で、さりげなく付け加える。
「あ、それとは別にお願いがあるんですけど」
『何?』
「リングをひとつ紛失してしまったので、代わりを一緒に送ってきて下さい」
『……紛失した?』
「ああ、あの王子さんにあげ――もがっ」
横からミサイアに口を塞がれた。
「はい。紛失しました」
『そ。まあいいけど、貴女の給料から差し引いておくわね』
「ブラック!」
やっぱ、あげたってのはマズいのね。
なんとかって力を使うのは全力で拒否するくせに。
こいつにとって破って良いルールとダメなルールがあるらしい。
さて、そんなミサイアが危険だって言うような異界の道具。
一体どんなモノが送られてくるのかしらね。
※
送られてくるモノはともかく、さすがに次元ゲートが開くところは誰にも見せたくないらしい。
十分に広くて人が立ち入らない場所となると、簡単に確保はできなかった。
ミサイアはフレスさんと一緒に相応しい場所を探している。
その間、あたしはお城の中庭で暇つぶしをしていた。
まあ、ただボーッとしてるだけなんだけど。
それにしても、魔王軍の将とか、異界の秘密兵器とか……
あたしはただルーちゃんに会いたいだけなのに、なんでこんな大事になってるのかしら?
「失礼。インヴェルナータ殿ではないか?」
「はい?」
誰かに名前を呼ばれて振り向く。
そこには貴族様っぽい格好をした銀髪の男が立っていた。
「あ。前に会った……えっと、ビッツ王子様でしたっけ?」
「王子などと呼ばないでくれ。今の私は軍事同盟の長として来ている」
んじゃ遠慮なくタメ口で話させてもらいましょ。
「あんたも帝都に来てたのね」
「アイゼンの工廠に兵器の生産を依頼していたのでな。兵達は街のホテルに待機を命じている」
「ふーん」
あたしがそっけなく返事をすると、ビッツさんは鋭い目で顔を覗き込んできた。
「そなたは気にならないのか? ファーゼブル王国近隣の小国家連合である南部軍事同盟が、何故シュタール帝国に兵器の開発を依頼しているのかと」
「別に。なんか事情があるんでしょ」
「おおらかな心の持ち主なのだな」
というか、不自然に思わなかったわ。
国家間の話なんて想像が及ぶことじゃないし。
「まあ良い。それよりもそなたはルーチェの友人らしいな」
ぴくり。
「あんたもルーちゃんの知り合いなの!?」
「私とフレスはかつてルーチェと共に旅をしていたのだ」
なんですって。
あの輝士見習いに続いて、男二人と長旅なんて!
「あのさ、一応聞くんだけど」
「なんだ?」
「……いや、やっぱなんでもないわ」
ルーちゃんに変なことしてないでしょうね?
って質問は、さすがに失礼すぎると思って飲み込んだ。
まあ、平気よね。
王子さまなんだし。
「ちなみに仲間はもう一人いてな。ダイという東国の少年だった」
「三人もかよ!」
ルーちゃんのやつ、あたしのいないところで大勢の男に囲まれて何やってんの?
男三人と一緒の旅とか、マジで変なことされてないでしょうね?
あー、やきもきする、いらいらする。
「機嫌が悪いように見えるが……」
「気のせいでしょ。で、あたしに何の用なの?」
「特に用があるわけではないが、彼女の知人と聞いて懐かしくなってな。ルーチェは数日前までこの都市に滞在していたと聞いたが、残念ながら行き違いになってしまったようだ。彼女は今も元気にやっているのだろうか?」
「知らないわよ。あたしも長いこと会ってないし」
っていうか、ルーちゃんが数日前までここに滞在してた!?
もしかしてすぐ近くにいたかもしれないってこと!?
なんで、あたし、もっとよく街中を見て回らなかったの……?
「絶望しているように見えるが……」
「なんでもないわ。っていうか、あたしも行き違いなのよ。ルーちゃんがこの街にいるなんて今まで知らなかったわ」
「それはお互いに運が悪かったな」
まったくよ、もう!
あたしもミサイアに付き合ってあちこち見て回ってれば良かった!
あ、でもルーちゃんのことだから、夜の街でお酒なんて飲んだりはしてないかな。
「ところでさ、話は変わるけどあんたは知ってるの? もうすぐこの街にエヴィルの大群が攻めてくるらしいってこと」
「無論、聞いている。我ら南部軍事同盟も輝士団と共に戦線に加わる予定だ。シュタール帝国とはそういう条件で盟約を結んでいるからな」
「そりゃ大変ね。自分の国でもないのに」
「なあに。本番前の腕試しと思えば、なんということはない」
都市を滅ぼすようなエヴィルが近づいてるってのに、腕試しもなにもないと思うけど。
それはともかく、こうなったら意地でもやってやるしかないわね。
さっさとフレスから情報を聞き出してルーちゃんの後を追わなくっちゃ。
「そなたらも共に戦ってくれるそうだな。異界人の戦力には大いに期待しているぞ」
「どんだけ力になれるかはわからないけどね」
あたしは王子と別れて中庭を後にした。
客室に戻ろうとしたところで、兵士に呼び止められる。
準備ができたから来てくれとミサイアかと伝言を頼まれたらしい。
都市外壁近くの空き地まで来てくれ、だそうだ。




