670 ◆素顔は地味なアイドルさん
「怪我(と二日酔い)を治してくださったことは感謝します。でもバイクとウイングユニットは渡せません。どうかお引き取りください」
星輝士さんに向かって頭を下げるミサイア。
丁寧な態度だけど、有無を言わせぬ意志がある。
「うーん☆」
フリィは頬の星マークに指を当てて困ったように首を傾げた。
もし、こいつが強引に押収すると言ったら、かなりヤバいことになる。
ミサイアは異界の秘密を何があっても守ろうとする。
この前みたいに「皆殺しにする」発言が飛び出したら大変だ。
下手をしたら、この国の輝士団すべてを敵に回してしまう可能性もある。
「ちょっとミサイア。相手は偉い輝士みたいだし、ここはあくまで穏便に行きましょう」
「わかってますよ。ナータみたく背後からブロックで殴りかかったりしません」
「見てたの!?」
っていうか、こいつの前でそれを言うな!
あたしは慌ててフリィに言い訳をした。
「あの、ブロックって言うのは言葉のあやで、実際はただの正当防衛だから……」
「ま、正直に言うとですね、そんな窃盗団への暴行なんかどうでも良いんです☆」
彼女はその事はあまり気にしていない様子だった。
「最初からその輝動二輪に……というより、あなたたちに興味があったんですよ。見たこともない不思議な改造を施したBP750を、あちこちの業者に修理依頼している人物がいるって噂を聞きましてね」
「……っ」
ミサイアは輝動二輪を背中側に隠すように移動した……
かと思ったら、ひょいっと担ぎ上げてしまう。
二五〇キロもある機体を軽々と。
「ナータ、逃げますよ!」
「おいおい……」
自分から怪しいところを見せてどうすんだ。
「待ってください☆ あなたたち……異界人ですよね?」
ほらバレてるし。
「ち、違います。ただの一般人です」
「あたしは本当に違うわよ」
「嘘が下手な子たちですね☆」
嘘じゃないのに!
「と言うかですね。実を言うとビッツさんから頼まれてるんですよ。あなたたちがアイゼンにたどり着いたら、面倒ごとに巻き込まれる前に保護してあげてくださいって」
ビッツ?
……ああ、あの何とか同盟の王子様のことか。
「知っててカマかけたってこと? いい性格してるわ……」
「あなたたちがその異界人だって確証が持てませんでしたから☆」
「ミサイアの馬鹿力を見て確信したわけね」
「私のせいみたく言わないでください」
いやあんたのせいだし。
「輝動二輪を修理できる技師を探してるんですよね? 話を聞いてくれるなら、優先的に工廠を空けて差し上げますけど、どうでしょうか☆」
む、それは助かるわね……
「どうする?」
あたしはミサイアに尋ねた。
機体を修理してもらえるなら、ものすごくありがたい。
彼女は頭上に輝動二輪を担いだままのシュールな格好で難しい顔をしていた。
「バイクはいいですけど、ウイングユニットは分離しておきますよ」
「ええ、ご自由に。こちらとしても異界人と敵対する気はありませんから☆ 無理に奪おうとするなら皆殺し……でしたっけ? ふふふ、怖いですねえ☆」
こいつ、ほんとにいい性格してるわ。
※
「えらい人の信頼を得るのは異世界モノの基本ですよね」
よくわからない事を偉そうに言うミサイア。
それは別にいいけどさ……
「この格好で街中を歩くのめっちゃ恥ずかしかったんだけど!?」
現在、ウイングユニットはBP750から外して、あたしの背中にくっついてる。
機体を修理に出すので、どこか別の場所に固定しておかなきゃいけないからだ。
「似合ってると思いますけど……」
「異界人のセンスで褒められても嬉しくないわ」
「街の人たちも天使みたいって褒めてくれてたじゃないですか」
「あれ絶対、馬鹿にしてただけだから!」
あたしたちは現在、この国のお城にやってきている。
豪華な客室を用意してもらったけど、かえって居心地が悪い。
「飛行機能は壊れてもライフルは使えますから、護身用として常に装備しておいた方がいいですよ。またドラゴンクラスの強敵に襲われないとも限らないですし」
「ところでこれ、もう飛べるようにはならないのかしら?」
「この世界の技術じゃ無理ですよ。はぁ、帰ったら始末書かかなきゃ……」
ため息吐きたいのはこっちだ。
まあ、輝動二輪だけでも直るみたいで良かった。
最悪道なりに進めばセアンス共和国までたどり着けるからね。
「しかし、こんなに親切にされると逆に胡散臭いわね。一体何を要求されるのかしら」
「一応、話は聞きますけど、場合によっては本当に強行突破で逃げますからね?」
できればそんな状況にはなってほしくないものね。
しばらくベッドにうつぶせになってゴロゴロしていると、ドアをノックする音が響いた。
「どうぞー」
「失礼します」
遠慮がちな声と共にドアが内側に開く。
そこに立っていたのは……
「誰?」
やたらと地味な印象の女だった。
この城の給仕かしら?
「私です。フリィですよ」
「は? さっきと全然違うじゃない」
「こっちが素ですよ」
盛り盛りの虹色ヘアは地味な茶髪に。
着ている服は飾り気のまったくない白いブラウス。
頬はもちろん、あらゆる所についてた星マークも全部外されてる。
「本名はフレスコと言います。フレスと呼んでください」
「それ、ファーゼブル系の名前?」
「出身はクイント国です」
はあ……
よくわからないけど、外国人でもよその国で偉い輝士になれるのね。
「それで、フレスさん。あなたは私たちに何を求めているのでしょうか?」
彼女に椅子を差し出しつつミサイアが尋ねた。
ガサツに見えてさりげない気配りのできる女だ。
「あなたの想像通り、私はこのミドワルトとは別の世界からやって来ました。けど私たちの側のルールとして、異界へ過剰に干渉してはいけないという制約があります。バイクの修理を引き受けてくれたことは感謝しますが、期待しているような見返りは差し上げられません。それだけは最初にハッキリ申し上げておきます」
「その辺りのこともビッツさんから聞いてますので、ご心配なく」
しかし、この女も第一印象とずいぶん違うわね。
なんで普段はあんな変な格好してるのかしら。
「その上であなたたちにお願いをしたいと思っています」
「お願い?」
「実は、まもなくこの帝都アイゼンは戦場になります」
穏やかじゃないわね。
「魔物の攻撃が始まるのかしら?」
「斥候から伝わった情報によれば、そこそこの規模のエヴィルの軍勢が、すでに南西二〇キロの地点に布陣を敷いています。現在の最前線であるセアンス共和国を迂回して最大の補給地点であるこのシュタール帝国を直接叩くつもりなのでしょう」
「ここってミドワルト最強の国なんですよね。そんなの軽く撃退しちゃえないんですか?」
前戦を迂回してって事は、それほど圧倒的な大軍じゃないはず。
しかも街壁を巨大な盾として使える都市の守りは堅い。
普通に考えれば無茶をしてるのは敵の方だ。
「相手がただのエヴィルの軍勢ならなんとでもなります。最強戦力である一番星と二番星は不在ですが、下位の星輝士は多く残っていますし、残存戦力だけでも十分に防衛は可能でしょう……敵軍の中に将がいなければの話ですが」
「将?」
「魔王軍の中でも魔王に次ぐ実力を持っていると言われる五人のエヴィルです。そのうちのひとり、マール海洋王国を滅ぼした夜将リリティシアが軍勢を率いているらしいのです」
「彼の側近ですか……」
そんなにヤバいのかしら。
その、たった一体のエヴィルが。
「帝都アイゼンに住む数万の民を助けるため、力を貸しては頂けないでしょうか?」
ずいぶんと無茶ぶりしてくれるわね。
最強の輝士団でもどうにもならない相手なんでしょ?
そんなのあたしたちに頼ったところで、無理に決まってるじゃない。
「大勢の命が掛かっているのなら、可能な限り協力はしたいと思いますが……私たちがその敵を倒すのは無理ですね」
ミサイアもハッキリとそう言い切った。




