663 黒人形軍団と、そして……
黒将ゼロテクスの体から黒い物体が噴出する。
小さなボールみたいなものが、何十、何百と空に打ち上がっていく。
「なんだ、あれは……?」
ベラお姉ちゃんが呟いた。
黒い球体が空中でぐぃんと膨らむ。
真ん中に亀裂が走り、左右に割れて、中から何かが飛び出してくる!
「なにあれ」
ヴォルさんも同じ疑問を口にした。
現れたのは、人の形をした何か。
目もなければ、口もない、のっぺらぼう。
生き物と言うより悪趣味な人形みたいなものだった。
けど、そいつからは非常に強力で邪悪な輝力を感じる。
しかもそんなのが何百体もいる!
「エヴィル……!?」
「違うよお嬢様。これはぼくが生み出したぼくの分身で、それぞれ独立した一個の生命なんだ。わかりやすく言うなら、ぼくの娘ってことかな?」
え、女の子なの……?
確かに、よく見れば胸があるように見えるけど……
「『ブラックフォース』。ぼく自身が生み出した、ぼくのための兵隊さ。ぼくは弱いから自分で戦うのは得意じゃない。だから、この子たちに代わりに戦ってもらうんだ」
そんな風に喋っている間にも、黒い人型の分身は次々と増え続けていく。
気がつけばすでに空も覆わんばかりの大群になっていた。
「さあ、遊んでおやり!」
黒将が命令する。
黒人形の集団が一斉に地上に降りてきた。
そして、その全員が伸ばした手の先から黒い稲妻を発生させる。
「うわっ!」
大地を埋め尽くすような激しい雷撃。
私はとっさに防陣翠蝶弾で翠の防御球を作って身を守った。
あまりに急すぎる攻撃だったので、周りを気にしてる暇はなかった。
みんなは無事!?
「うおおおおおっ!」
ヴォルさんは雷撃を食らいながらも敵に向かっていた。
炎のように吹き上がる輝力で、黒人形を十数体ほどまとめて吹き飛ばす。
おお、あの状況で防御よりも攻撃を選ぶなんて。
さすがヴォルさん、つよい。
「ルーチェ、無事か!?」
「お姉ちゃん!」
ベラお姉ちゃんは魔剣の力で黒い雷を吸収したみたい。
一旦自分のものにした雷撃を、お返しとばかりに敵集団に放つ。
そっくりそのまま反撃をくらった黒人形が何体もまとめて塵になって消えた。
「こいつら、それほど強くないぞ」
「あははははっ! まとめてぶっ飛ばしてやるわ!」
とても頼りになるお姉さんふたり。
よおし、私もやっちゃうぞ。
爆炎黒蝶弾……六五連発!
ヴォルさんたちの攻撃が届かない遠くの方を狙って黒蝶を放つ。
同色の人形に触れると、次々と爆発を起こして周辺の敵を一掃した。
「あはは、すごいすごい! お嬢様に人類戦士! もっとがんばれー!」
既に多くの仲間がやられたっていうのに軽い調子を崩さない黒将。
その体からまたしても大量の黒い球体が吹き出していた。
さっきと同じく人型に膨らんで黒人形になる。
せっかく倒したのに、また増えちゃった!
「ちっ、アイツをやらなきゃキリがないわね!」
「任せて!」
私は閃熱の翼を拡げ、一直線に黒将の元へと向かった。
いくら倒しても増えるなら、元を絶つのが一番!
「閃熱白蝶弾!」
六五の白蝶をずらりと並べる。
四方八方上下左右から黒将を取り囲む。
「おわっ!?」
「いっけーっ!」
白蝶をすべて閃熱の光に変えて放つ!
隙間もないほど密集させた超高熱の光が、あらゆる角度から黒将を襲う。
「ぎゃーっ!」
攻撃の大半がみごとに命中。
黒い体を貫いて光のハリネズミ状態にした。
ただ、どれだけダメージが与えられたのかはわからない。
もしかしたらほとんど効いていないかもしれない。
でも今度は攻撃を途中で止めたりしない。
右手に輝力を集中する。
暴走しそうなほどの力を制御し形にする。
淡い翡翠色に輝く、一撃必殺の光の矢に変えて放つ!
「極覇天垓爆炎飛弾!」
今の私の使える最強の輝術。
前は耐えきったみたいだけど、今度はどうだ!
倒せないとしても、周りの黒人形を維持できなくなれば良い!
それくらいの気持ちで撃った。
ところが。
私の撃った光の矢は、爆発をしなかった。
矢の形のまま黒将の手前で止まっている。
「えっ、何、不発……?」
覚え立ての術だから失敗しただけ……だと思った。
けど違う。
黒将は光の矢を受け止めていた。
「さっきも言ったけど、ぼくはすごく弱いんだよ」
黒い塊の体から生えた、一本の腕で。
「戦うためにはいろんな力を借りるしかないの。自分で生み出した娘達とか、それから」
その腕から、ゆっくりと変化が全身に伝わっていく。
腕、肩、上半身から下半身、両足……
そして、頭。
「こんな風に他人の力を自分のモノにしたりね!」
頭部の形成とともに黒将の声が変わる。
聞き覚えのある声。
見覚えのある顔。
黒将の体は変化していた。
四肢を持った人間の姿に。
私の知っている人に。
よく知っている人に。
「あそこで暴れてる赤毛の女は最強の人類戦士って呼ばれてるらしいけどさ。ヒトの中で本当に本当の最強なのは、こいつなんでしょ?」
「うそ、そんな……」
不定形部分は完全に消失している。
黒将は今やどこから見ても人間の姿になっていた。
後ろで縛った長い金髪。
年齢を感じさせない若々しい容貌。
絶対の自信に満ち溢れた、鋭く威圧的な力強い瞳。
ミドワルト最強の大賢者、グレイロード先生の姿に。
「呆けてる場合じゃねえぞ」
「っ!」
完全に思考が停止していた。
私は周囲を炎の矢に取り囲まれていることに気づく。
一〇〇を超える火矢が、四方八方から一斉に私に襲いかかってきた。
即座に防陣翠蝶弾で防御。
翠色の防御球の周囲がオレンジ色の炎で染まる。
やがて攻撃が止んだとき、目の前にはもう誰もいなかった。
どこへ――
「こっちだ」
気配は背後。
振り向くと、先生の姿をしたそいつが指を突き立て、淡い翡翠色に輝く光の矢を撃ってきた。
「うわわわわっ!」
もの凄い勢いで防御球ごと押し込まれる私。
途中でガードが切れないよう二重三重に翠色の蝶を作る。
やがて、防御球のすぐ外側で、すさまじい勢いの大爆発が巻き起こった。
間違いなく、極覇天垓爆炎飛弾だ。
私以外には先生しか使えないはずの大輝術。
まともに当たればドラゴンすら消し飛ばす超威力の術。
防陣翠蝶弾を重ねがけしていなかったら、私は間違いなく今ので木っ端みじんになって死んでいた。
「先生……なの?」
視界を覆う爆煙の中、私は呟いた。
懐かしい輝力がこちらに近づいてくる。
「見てわからねえか?」
煙で見えない。
……じゃまだ!
視界を確保するため、烈風蒼蝶弾で周囲の煙を吹き飛ばした。
クリアになった視界の先にその人が佇んでる。
よく知った顔の人物が。
「……なーんちゃって! どう、びっくりしたでしょー?」
「は?」
先生じゃない。
グレイロード先生はこんな口調で喋らない。
でも、その姿と輝力、そしてあの術は間違いなく先生のもので……
「あなたは、誰?」
「ぼくだよー。黒将ゼロテクスさんだよー。おどろいたでしょ? これがぼくのもう一つの能力! 自分でやっつけた相手の姿と力を乗っ取る能力です! じゃじゃーん!」
「やっつけた人を、乗っ取る……?」
それって、つまり。
「そう! この男の体は、ぼくが乗っ取っちゃいましたー!」
先生はこいつに殺されたってことなの?
あの戦いで、私を逃がした後に。
こんなやつに。
「……そう」
私は自分が押し飛ばされてきた方角を見た。
ヴォルさんたちが戦ってる場所からは随分と離されてしまった。
あの二人なら簡単にやられたりしないだろうけど、できれば早く助けに行きたい。
そうしよう。
こいつをやっつけて。
「なら、仇討ちをされても文句はないよね?」
一二九の黒蝶を周囲に展開。
「えっ?」
先生は確かに恐ろしい。
けど、こいつの中身は先生じゃない。
ただ姿と力を模したっていうだけなら、負けっこない。
先生を冒涜したこと、絶対に許さない!




