658 グラース地方へ
帝都アイゼンからちょっと……もとい、かなり離れた岩場まで空飛ぶ絨毯で移動。
新式流読みを使って、辺りに誰もいないことを確認した上で、
いろいろやりました。
「えっと、こんな所ですけど……」
まず二人に見せたのは、私の基本技になった八色の蝶。
閃熱白蝶弾。
縛炎黒蝶弾。
焼夷紅蝶弾。
烈風蒼蝶弾。
加速黄蝶弾。
防陣翠蝶弾。
毒煙紫蝶弾。
そして司令桃蝶弾。
効果を説明しつつ、ひとつずつ披露してみせる。
それから実演で黒+黄の遠距離砲撃を一二九発ほど、二〇キロ離れた岩山に撃ち込んでみた。
最後に先生の見よう見まね極覇天垓爆炎飛弾を打ち上げる。
大爆音が過ぎ去った後で、私はベラお姉ちゃんとヴォルさんの方を向いて言った。
ふたりとも、口をあんぐり開けて呆然としている。
かわいい。
「まさか、これほどまでとは……」
神妙な口ぶりでそう言ったのはベラお姉ちゃん。
「話に聞くプリマヴェーラ様の出鱈目な活躍には誇張も入っていると思っていたが、これは明らかに噂以上だ。将を単独で倒したというのも頷ける」
「ルーちゃん、すごい……」
ファーゼブル王国とシュタール帝国、それぞれの一番すごい輝士ふたりに手放しで褒められちゃって、ちょっと照れ照れ。
「この他にも超高性能索敵能力とか、体をぶった切られても即座に治癒できる回復能力とかもあるが……」
スーちゃんが私の頭の上に乗っかって見せてないことの補足をする。
「こいつには二つの欠点がある」
「そろそろ『こいつ』じゃなくて名前で呼んでもいいんだよ」
「まず一つめ、見ての通り燃費の悪さだ。今のでどれくらいの輝力を消費した?」
無視された。
「残ってる分の十分の一くらい、かな」
「この通り、こいつの輝力自然回復量は普通の人間とそれほど変わりない。ちょっとやそっと程度の輝力じゃ、全力で暴れたら数分しか持たず消費し尽くしてしまうだろう」
中輝鋼石を壊して奪った分ですらたった一戦でなくなっちゃったしね。
「もう一つの弱点は一発あたりの攻撃力の低さだな」
「あれだけの威力があっても足りないと言うのか?」
「最後の大技はともかく、基本的にメインで使っていくのはただの爆炎だ。雑魚の大群を倒すのは得意でも、将レベルの敵と戦えば相当な長期戦になる。夜将との戦いではそれで敵の援軍を招いて殺しきれなかったしな」
そういえばカーディが敵の中にいるかもしれないんだっけ。
一体何を考えて夜将を助けたのかは、よくわからないけど……
「燃費に関しては仲間がいれば相当に改善できる。そもそも輝術師がひとりで敵陣に突っ込んで戦う方がおかしいんだからな」
「アタシたちがルーちゃんの盾になればいいってことね」
ヴォルさんが腕を鳴らしながら言った。
表情は彼女らしい好戦的な笑みになっている。
「はっきりと言っちまえばそんなところだな。こいつの護衛としちゃお前ら以上の適任はいないだろう。できればもうひとりくらい欲しいけどな。さて、そこまで理解したところで……これからどうする?」
スーちゃんは私たちの三人の間を移動し、ふよふよ浮かびながらくるりと全員を見渡した。
「護衛云々はあくまで将を討ちに行く場合の話だ。人間の軍に混じって魔王軍を相手するのも、ギリギリまで逃げ回って向かってくる敵だけ倒すのも自由。お前ら三人で今後の方針を決めろ」
「アンタはアタシたちにどうさせたいの?」
「私はあくまでこいつのお守りさ。頼まれれば協力はしてやるけど、実際にどう行動するかは全部任せるさ」
というわけで、改めて三人で作戦会議です。
「私はやっぱりエヴィルの侵略をどうにかして止めたいよ」
私は自分の意見をはっきりと言った。
逃げ回るっていう選択肢もあるかもしれない。
けど、やっぱり苦しむ人たちを放っておくことはしたくない。
マール王国での惨状を見たときに、私は人類のために戦うって決めたから。
「まあ、ルーちゃんならそう言うでしょうね」
「もちろん私たちは協力を惜しまないぞ」
「ふたりとも……」
迷いもなくそう応えてくれるヴォルさんとベラお姉ちゃん。
この二人が仲間だってこと、とても心強い。
よおし、私もっとがんばるよ!
「でさ、エヴィルと戦うっていう大前提は良いとして、次になにする?」
「選択肢はいろいろあるわね。セアンス共和国に戻って連合輝士団と協力して戦うか、あるいは敵の将を直接叩くとか」
「私は後者が良いと思う。ルーチェの輝力に限りがある以上、無駄な戦闘は極力避けた方が良いだろう」
「うーん」
私の能力を考えれば、たぶん多数の敵を相手にする方が成果を出せる。
けど、前線のエヴィルをいくら倒してもあまり意味はない。
マール海洋王国のエヴィルたちは夜将がいなくなると同時に多くが引き上げた。
魔王軍を止めるためには何よりも将を討つのが確実だ。
「じゃあ、将を探してやっつけよう!」
「賛成だ」
「異議なし」
ということで、今後の方針が決定しました。
※
「んじゃ母さん、行ってくるわ」
「死ぬんじゃないよ。そっちの二人もね」
「お世話になりました!」
ノイモーントさんにお礼を言って私たちは帝都アイゼンを旅立った。
三人で空飛ぶ絨毯に乗って、とりあえず西へ向かう。
「で、将ってやつはどこにいるわけ?」
「獣将はセアンス共和国北部に居を構えいてるはずだ。積極的に倒しに行くならまずはこいつだろうな」
「できればもう少し輝力も補充しておきたいなあ」
二人の協力があるとは言え、あの夜将よりも強いやつが相手なら、できる限りの準備はしておきたい。
「適当な輝工都市でも襲って輝鋼石を奪っちゃおっか」
「それが星帝十三輝士の言うことか。私たちが人類の敵になってしまうぞ」
「それだけどさ、平和のために使いますって言えば、快く輝鋼石を貸してくれる輝工都市とかないかな?」
「絶対にないわね」
「絶対にないな」
やっぱダメですか。
「いくら平和のためとは言え、輝鋼石は機械において欠かすことのできないエネルギー源だからな。失えばその瞬間に都市は都市でなくなり、市民の生活は著しく不便になる。長期的には莫大な人口も支えきれなくなってしまうだろう。仮に平和が訪れたとしても、その後でとんでもない苦難が待っている」
うっ……
それじゃ輝鋼石を壊されちゃった、ブルーサの人たちは……
「私、人類の敵ですか……?」
「ああっ、ルーちゃんが落ち込んでるわ!」
「過ぎたことはしょうがない。早く忘れて元気を出せ」
結局、輝力の補給は後回しにするしかない。
すぐに将と戦うわけでもないし、ゆっくり考えよう。
「そういえば、エテルノを出る前に誰かなんか言ってなかったっけ」
「なんだ?」
「ほら、偉い輝術師の人が、どっかの様子を見てきて欲しいって」
「アンドロ殿のことか」
ベラお姉ちゃんと合流して、一旦ファーゼブル王国に寄ってから出発する直前のこと。
ファーゼブル王国の王宮輝術師さんがたしかこんな事を言っていた。
エヴィルの軍が作戦を変えたみたいだって。
「確か、グラース地方が侵略を受けていると言っていたな……」
グラース地方はセアンス共和国とシュタール帝国の間にある、複数の小国が密集する地域のこと。
小国はエヴィルの攻勢に耐えられるような強力な輝士団を持っていない。
もし本気で侵攻を受けたら、あっさりと陥落してしまうだろう。
多くの人が傷つき、次はシュタール帝国が危ない。
「さすがに放っておく訳にはいかないな」
「軍単位で行動してうなら、もしかしたら将もいるかも?」
「どっちにせよセアンス共和国への道中なんだし、様子を見に行ってみましょ」




