655 星輝士たちの恨み
ということで、誠に遺憾ながら信じるしかなさそうです。
「なんでそんな残念そうなんですか!?」
「だってさあ……」
いくらなんでも変わりすぎだよ。
素朴な栗色の髪は目がくらむような虹色に。
貞淑な聖職者の法衣はえっちな感じのアイドル服に。
一歩引いた感じの大人しい性格は語尾に☆をつけるほど軽薄になってしまった。
「女の子は変われるんです。それを私に教えてくれるたのは、ルーチェさんですよ☆」
「そんなことを教えた覚えはない……」
「ルーチェさんも髪を伸ばしたじゃないですか。伝説の聖少女さまが再臨されたかと思いましたよ☆」
「っていうか、フレスってシュタール帝国の人じゃないよね? なんで星帝十三輝士になってるの?」
「それは離すと長くなるんですけどね」
フレスは私たちと別れてからの経緯をざっと説明してくれた。
現在フレスは『フリィ』という名前を名乗っている。
ちょっと特殊な手段を使ってシュタール帝国の国籍を手に入れたそうだ。
「姫は類い希な才覚を持っているからね。シュタール帝国にとって、優秀な輝術師は喉から手が出るほど欲しい人材なんだよ」
「折しも星帝十三輝士は三番星から五番星までが一気にいなくなってしまい、戦力的が大幅にダウンしていたところでしたから」
イケメン二人が補足する。
五番星のザトゥルさんは吸血鬼事件の後、体力の限界を感じて引退。
四番星のヴェーヌさんは私たちも関わったとある事件で殉職。
三番星の人はよく知らないけど、なんか裏切ったらしい。
その空白に埋まる形になったのが、この場にいる三人っていうわけだ。
「いやあ、それにしてもあのフレスが星帝十三輝士とはね……」
人生何があるかわからないもんだね。
メガネの人をあっさり超えちゃってるじゃない。
「あ、ちなみにラインさんも星帝十三輝士に復帰してますよ。変わらず十三番星として帝城の警護を務めてくれています☆」
とくに出世してないんだね。
頑張って新代エインシャント神国まで行ったのに。
「あとはスティも見習い輝士として頑張ってますよ☆」
「後から来たお姉さんにあっさり追い抜かされて可哀想」
あの娘はちょっと気性が荒いだけの普通の子だから、仕方ないと言えば仕方ないけどね。
「それで、フレスは何のために私を呼んだの?」
「さっきのライブに来てくれてたのを見たからですよ☆ 久しぶりにお会いできたので、ゆっくりお話したいと思ったんです☆」
ああ、あのとき一瞬歌声が途切れた時ね。
あれは私に気づいたからだったんだ。
そっか……
「本当に私とお話したいだけなのね?」
「もちろんです☆ だって久しぶりに会えたんですよ☆」
「それじゃさ、ひとつだけお願いがあるんだけど」
「なんでしょう☆ 大切なともだちの頼み事なら、なんでも聞きますよ☆」
フレスはアイドルらしいこなれた笑顔を浮かべている。
体を少し横に傾け、両手を顔の横で開いて。
「お姉ちゃんに対して殺意を向けるのやめてくれない?」
私が言うと、その格好と表情のまま、動きが止まった。
イケメンふたりが明らかに気色ばむ。
しばらく無言の時間が続く。
「……何言ってるんですか☆」
やがて、フレスは何事もなかったように明るい声を出す。
「いやですよ☆ 私がルーチェさんの知り合いを殺そうとするわけないじゃないですか☆」
「うん、それ嘘だよね。最初に私たちがこの部屋に入った時から、ずーっと嫌な感じを出し続けてるよ。私がそういうのわかるってフレスなら知ってるよね?」
別に冗談を言ってたわけじゃないんだ。
彼女がフレスだって頑なに認めたくなかった理由。
それは、彼女が放ち続けている隠しようのない敵意のせい。
そのくせ三人とも、さっきから不自然なくらいお姉ちゃんを無視してる。
誰なのかと尋ねるどころか、目を合わせようともしていない。
マルスさんとユピタなんて、さっきお姉ちゃんに怒られた時も一見応えるようで、実は私のことしか見ていなかった。
「ルーチェ」
お姉ちゃんが私の名前を呼んで隣に立つ。
瞬間、フレスの殺意が大きく膨らむ。
それでも表情は笑顔のまま。
「……仕方ないですね☆」
フレスはソファから立ち上がった。
そのまま窓際まで歩いてカーテンを閉める。
イケメン星輝士ふたりが剣を抜いた。
私とお姉ちゃんも即座に戦闘態勢に入る。
が。
「止めなさい!」
振り返ったフレスが険しい顔で怒鳴った。
「誰が剣を抜けと命令しましたか? 私のともだちに刃を向けるなんて絶対に許しませんからね!」
「も、申し訳ありません、姫!」
「先走ったご無礼、お許しを!」
イケメンコンビは慌てて剣を鞘に納める。
「ルーチェさん。残念ですが、今日はもうお引き取りいただけますか?」
「う、うん」
殺意や敵意に対してじゃなく、聞いたこともないフレスの怒声に、私は気圧されてしまった。
「二人とも、ルーチェさんをヴォルモーントさまの屋敷まで送って差し上げなさい☆ 途中で勝手なマネをしたら……わかってますね?」
「はっ!」
「あ、ううん、大丈夫だよ。見送りとかなくてもちゃんと帰れるから」
「あら、そうですか☆」
フレスはさっきと同じ笑顔で、かわいらしく手を振った。
「それでは、また次の機会に会いましょう。今度はゆっくりとお話ししましょうね☆」
※
いったいなんだったんだろう?
一年も経てば、ちょっとくらい人が変わることもある。
だからフレスが変わったのもショックではあるけど、受け入れたいと思う。
だけど、ベラお姉ちゃんに対するあの悪意だけは理解できない。
「ごめんねお姉ちゃん。なんだか嫌な思いをさせちゃって」
ヴォルさん家へ帰る途中、私は友だちの失礼な態度をお姉ちゃんに謝った。
「彼女は星帝十三輝士なのだろう。だったら、あの態度は仕方ないさ」
「え、どういうこと?」
「私がファーゼブル王国の偉大なる天輝士だからだよ」
「天輝士と星輝士って仲が悪いの?」
「そういうわけではないんだが」
お姉ちゃんはちょっと困ったような顔で説明をする。
「現在、最前線のセアンス共和国ではファーゼブル王国とシュタール帝国が協力して、連合輝士団という名の合同組織を作っていてな」
「うん。それは前に聞いたよ」
「その設立課程で英雄王がずいぶんと強引な条約を結んでしまい、そのせいで星帝十三輝士の大半は前線に出れなくなり、国に留まるしかなくなってしまったそうだ」
またあいつのせいか!
なんでもう、余計なことばかり!
「幸いにも連合輝士団におけるシュタール帝国側の長は非常に高潔な人物で、前線では特に不和も生じていなかった。ただ、国元で留守役を任された他の星輝士たちは面白くないだろう。そこにきて前線にいるはずの天輝士が姿を現せば、文句の一つも言いたくなるというものさ」
いろいろと複雑な理由があるんだねえ。
ってことは、フレスは別にお姉ちゃん個人を恨んでるってわけじゃないのかな?
「少なくとも彼女はお前に対して悪意を持っていない。友人として語り合いたいのなら、今度は私がいない時に会いに行くと良いだろう。ただし他の二人には少し気をつけた方がいいかもしれんな」
「そうするよ」
本当はみんなで仲良くできたらそれが一番なんだけどねえ。
※
「完・全・復・活!」
お屋敷に戻ると、やけに元気なヴォルさんに出迎えられた。
「もう起きても大丈夫なの?」
「さっき目が覚めたらすっかり熱も引いてたわ。今すぐにでも戦場に出て暴れ回りたい気分よ」
「それはさすがにやめておいた方が良いんじゃないかな」
もうすぐ夜だし。
「じゃ、アタシの快気祝いってことで、ちょっとみんなで出かけましょ。アンタも来なさいよ」
「こんな時間にどこへ連れて行くつもりだ……」
ベラお姉ちゃんが呆れたように聞くと、ヴォルさんは口元に指を当てて楽しそうに応えた。
「いいところ♪」




