648 ◆異界少女の冒険
「ドラゴンを倒してくださったことには感謝しています。しかし残念ながら、私はあなたが求めているような見返りを差し上げることはできません」
「ふむ。別にそういったものを期待していたわけでもないが……」
アンビッツはそう言うけど、絶対に嘘ね。
絶対に下心があるに決まってるわ。
「本当にそなたらの技術を悪用するつもりはないのだ。興味を満たす程度で良い。そなたらの世界か、あるいはこのミドワルトの成り立ちについて、多少の話くらいは聞かせてくれても良いのではないか?」
「ですから、それが無理だと……」
「そなたらは新代エインシャント神国に開かれたウォスゲートを目指しているのだろう? なんなら途中まで我々の馬車に乗せていってやっても良いぞ」
ほらきた。
乗せてってやるから、代わりになんか見返りよこせってね。
たとえば、あたしが借りているウイングユニットや防御リング。
これだってミドワルトじゃ、古代神器と見なされるレベルの道具だ。
売っ払うだけでもどれほどの値がつくのか、あたしには見当もつかない。
ところで、これだけは言っておかなくちゃ。
「あのさ。勘違いしているみたいだけど、あたしは本当に異界人じゃないからね」
なんとなく今は友好的な雰囲気になっているとはいえ、この人が異界の知識や道具を手に入れるために何をしでかすかなんてわからない。
強引な手段に出られる前に危険な勘違いは早いうちに解いておきたかった。
あたしは異界の知識なんてなにも持ってないってね。
「そうなのか?」
「はい、ナータさんはこちら側の人です。私たちがゲートを開いた時に、偶然その地点にいたせいで巻き込んで、こちら側の世界へ呼び寄せてしまったのです」
ミサイアも説明を補足してくれる。
「彼女にウイングユニットを貸しているのは、事故を起こしてしまったお詫びと、あくまで善意の一般人として道中の案内をしてもらうための代償です。特定の国家や軍に肩入れしているわけではありません」
「なるほど。一般人ならではの信用か」
アンビッツは微笑んであたしを見た。
なんだろう……こいつはパッと見は悪人には見えない。
けど、腹の奥に何かを隠し持ってそうな印象がどうしても拭えない。
「と、言うわけで……」
ミサイアは左手につけていた指輪を外して放り投げた。
アンビッツはそれを器用に二本の指でキャッチする。
「これは?」
「私たちの世界で普及している道具で、あなた方にもわかりやすく言うのなら『見えない鎧』です。それを差し上げますから、これ以上の追求はもうご容赦できないでしょうか」
あたしのチョーカーとは形状が違うけど、それって防御リングよね。
あげちゃっていいの?
「それを身につければ、ドラゴンのブレスだって防げますよ」
「……暗に要求しておいてなんだが、このような貴重品をもらってしまって良いのか?」
「構いません。こちらの技術じゃ複製なんて絶対にできませんし、情報を渡すよりはずっとマシです。ひとつくらいなら特殊な防具という扱いで済みますしね。この世界にもたくさんあるんでしょう? 古代神器という名の、私たちの世界の道具が」
「なるほど。やはり……」
アンビッツはしばらく指輪を眺めていたけれど、やがてそれを自分の中指にはめた。
不思議なことに、サイズは彼の指にもぴったりだった。
ミサイアとは指の太さも全然違うのに。
「輝攻戦士ともまた違う。不思議な感じだな……どれ」
アンビッツはおもむろにナイフを取り出すと、それをおもいきり自分の左腕に突き立てる。
「ばっ、なにやって……」
「なるほど」
ナイフは腕に刺さらなかった。
体の表面で止まり、着ている服にも傷はない。
「ありがたく頂いておくことにするよ。異界の娘」
「では、解放してもらえるのでしょうか」
「これ以上を求めてそなたを怒らせるよりも、これで手打ちにしておいた方が良いだろう」
※
というわけで、私たちはアンビッツの追求から解放された。
一晩一緒に泊まっていけば良いと言われたけど、丁重に断らせてもらう。
頼んでいた輝動二輪の修理が終わり次第、さっさとキャンプから出て行くことにした。
「ところで今さらですけど、ミドワルトにもバイクがあるんですね」
「輝動二輪のこと? 馬はエヴィルに怯えるから街の外じゃ使い物にならないのよ」
「どうもファンタジー世界にはそぐわない気がしますけどねえ」
こいつは一体ミドワルトに何を期待してるんだろう。
っていうか、さっきから言ってるファンタジーってどういう意味なのかしら。
「おーい、お嬢ちゃんたち。修理終わったぞー」
向こうであたしたちを呼ぶ声がした。
テント脇には彼らの馬車と輝動二輪が並んでいる。
その中にはあたしの大型輝動二輪BP750もあった。
タンクは少し焦げてるけど、エンジンはちゃんとかかるみたい。
アクセルをひねると砂をふるいにかけるような甲高いエンジン音が響いた。
「マジで助かったわ。ありがとう」
街を出て速攻で輝動二輪が使えなくなるとか最悪よ。
危うく歩いて旅を続ける羽目になってたところだったわ。
「いいってことよ。礼なら王子さんに言ってやってくれ」
「王子? 誰?」
「あんたらとさっきまで喋ってたうちらの大将だよ。アンビッツさんはクイント国の王子なんだぜ」
「マジで?」
クイント国ってのは確かファーゼブル王国の隣にある小国だ。
気品があるとは思ってたけど、まさか王子さまだったとは。
「この軍事同盟もさ、王子さんが自ら近隣各国を廻って呼びかけたもんなんだよ。素人でも扱える強力な武器を造って、戦術を練って、人を集めて、最終的には大国に頼らないでもエヴィルと戦えることを証明するためにな」
先遣隊には十人程度しかいないけど、それぞれの国元には別に十分な戦力があるらしい。
いずれは一〇〇〇人近い兵士がセアンス共和国を目指すそうだ。
「そうだ。これ、王子さんからあんたらへの選別だとさ」
大きめの革袋を渡された。
中を覗くと、お金がぎっしりと詰まっている。
「ちょっ、う、受け取れないわよ、こんなの。タダで修理してもらっただけでも悪いのに」
「いいからとっとけって。あれで結構、面倒見がいい人なんだからさ」
こんな大金を見るのは初めてだから正直ちょっとビビったわ。
王子さまってのは伊達じゃないのね。
※
あたしたちは輝動二輪に乗って、彼らのキャンプを後にした。
後ろにミサイアを乗せたまま街道をまっすぐ走る。
二時間ほど走ると、少し大きめの町にたどり着いた。
まだ日暮れ前だけど、地図を見る限りこの後はしばらく山道。
山中での野宿は嫌なので今日はここで一泊しておきたい。
今夜泊まるホテル……じゃなくて宿を確保した後は、ふたりで町中を散策する。
「リアルファンタジーの町……本当に中世ヨーロッパみたい……」
「ねえ、あのさあ」
何が楽しいのか、目を輝かせながらきょろきょろしているミサイア。
あたしはオレンジ色に染まる町の景色を眺めながら彼女に話しかけた。
「はい、なんですか?」
「逃げるみたいに飛び出してきちゃったけどさ、マジで新代エインシャント神国を目指すなら、あいつらの世話になった方がよかったんじゃない?」
街を出て速攻ドラゴンに襲われたし、いまのミドワルトはどこもかしこも危険地帯だ。
異界の武器があるとはいえ女ふたり旅はどう考えても楽じゃない。
話を聞く限り、あいつらは少なくともセアンス共和国までは行くつもりらしい。
お金も人員もあるなら同行した方が良かったんじゃないかって、今さら思ったんだけど……
「逃げて正解だったと思いますよ。ただの義勇軍にしては怪しいところが多すぎますから」
「そうなの?」
「炸裂式の大砲に、施条の入った小銃。モンスター退治というより、まるで戦争でも始めるみたいなレベルの武装ですよ。あれだけの装備を持った軍隊が平気で他国の領土を横断しているのも、よく考えれば変な話ですし」
どうもミサイアの言うことはよくわからない。
まあ、あたしも正直に言えば男たちの集団と一緒に旅するとか嫌だし。
「あとさ、マジであのリングあげちゃってよかったわけ?」
「正直良くないです。けど、あの場を収めるには、あれが一番穏便な手段でしたから。リングを失ったのは手痛いですが、しつこくいろいろと尋ねられるよりずっとマシです」
異界の道具よりも情報の方が貴重らしい。
よくわかんないけど、そういうものなのかしらね。
「代わりに、手に入れたお金で装備を調えましょう。ふふふ、ファンタジー世界での買い物、ぜひやってみたかったんですよね!」
ま、こいつが気にしてないなら、あたしは別にいいんだけど。




