645 ◆ライフル
ハッと目が覚めた時、あたしはよくわからない状況の中にいた。
視界は一面のオレンジ色。
ごうごうと鳴る嵐のような轟音。
そして、引っ張られるように前に進む体。
自分が輝動二輪に跨がっていると気づくより先に、あたしは全力でアクセルをひねった。
「うおおおおおおおお!」
輝動二輪を走らせながら、いろんなことを認識する。
どうやら炎の中にいるらしいこと。
ミドワルトに戻ってきたこと。
何かがどさりと落ちたこと。
やがてあたしは炎の中を抜けた。
「っしゃあ!」
輝動二輪をドリフトさせ、急停止しつつ、背後を振り向く。
そこでは莫大な量の炎が上空から降り注いでいた。
その頂点にいるのは、一匹の巨大な竜。
シャラララ……と、消え入りそうな音を残してエンジンが沈黙した。
どうやら機体がドラゴンのブレスに耐えきれなかったみたい。
「よっくもやりやがったな!」
あたしは輝動二輪から飛び降り、機械の翼を広げて上空へ舞い上がった。
ドラゴンはまだ地上に向かってブレスを吐き続けている。
マヌケな巨大トカゲと同じ高度まで舞い上がり、あたしは武器を取り出した。
「ガンパージ!」
あたしの声に反応して機械の翼の上面部分が開く。
そこから出てきたのは、四角く細長い、持ち手と引き金のある箱型の物。
ミサイアが言うには『マルチスタイルガン』とかいう武器。
その基本形状である『ライフルモード』ってやつだ。
武器の先をドラゴンに向ける。
引き金をおもいっきり引き絞る。
、軽い反動と共に筒先から光が飛び出した。
尾を引く光の銃弾がブレスを吐き続けるドラゴンの横っ腹に突き刺さる。
「ギャアァァァァァアアォ!?」
光が当たった部分からドラゴンの鮮血が飛び散った。
――よし、効いてる!
この光の銃弾は超高熱の閃熱みたいなものらしい。
威力は少し劣る代わりに数百メートル程度なら減衰されない。
異界の武器はドラゴンに通じた!
ブレスを吐くのを止めて首をこちらに向ける。
その時にはもう、あたしは元の場所から移動していた。
攻撃が通じるとわかればこっちのものよ!
あとは機動力に物を言わせて逃げ回りつつ、確実に削っていく!
「死ね、トカゲ野郎!」
「ギャオォオオオオォォォォ!」
ドラゴンは雄叫びを上げつつ身を翻す。
ばかでかい図体に似合わない速度で空を駆ける巨大トカゲ。
けど、速度も小回りも圧倒的にこっちの方がずっと上だ。
あたしは大きく円機動を描きながら光の弾丸を撃ち込み続けた。
※
攻撃はドラゴンの体に当たって、そのたびに血しぶきが上がる。
けど、それは敵の巨大さを考えると微々たるもの。
人間なら針で刺された程度かしら。
「ちっ、しぶといわね!」
ドラゴンは倒れない。
撤退する気配すら見せない。
何度もしつこく体当たりを繰り返す。
やがて――
「ギャアアァァァァス!」
「うわっ!?」
翼が巻き起こす風に翼の機動が乱れた。
ドラゴンの巨体があたしに向かって真っすぐ迫ってくる。
「やば……っ」
と思った時には遅かった。
ドラゴンの凶悪な爪があたしの体をひっかいた。
けど。
「うわあああっ!」
強烈な衝撃を受け、あたしは盛大に吹き飛ばされた。
一瞬だけ想像したように真っ二つにはなってない。
地面めがけて叩きつけられる直前、体勢を立て直してふんわり着地する。
ダメージがなかったのはあたしの体を護るリングのおかげだ。
圧倒的な防御力はドラゴンの一撃をものとものしない。
「ははっ、こりゃいーわ」
スピードはこっちがずっと上。
ミスって攻撃を食らっても死ぬことはない。
しかも基本的には遠距離から一方的に銃撃できる。
ドラゴンなんてバケモノが相手だっていうのに、まるで遊び感覚で戦えてる。
「異界の機械は半端じゃないわね……」
それと同時に、少しの恐ろしさも感じる。
もしこのウイングユニットとかいう機械が大量に造れるなら、この世に輝攻戦士も輝術師も必要なくなりそう。
まあ、すべての攻撃を完璧に防げるわけじゃないみたいだし。
あまり調子には乗らない方が良いいかもね。
「な、ナータさん!」
「あん?」
ふと横を見ると、焼け野原の真ん中にミサイアが突っ立っていた。
「んなところでなにやってんの?」
「あなたに振り落とされたんですよ! 息ができなくて死ぬかと思いました!」
あっ。
そういえばさっき何かが落ちたような感じがしたわね。
どうやら後ろに乗ってたミサイアが輝動二輪から振り落とされた音だったみたい。
「あんたはどっかで隠れてなさい。あのデカブツはあたしがやっつけてやるからさ」
ブレス自体はリングで防いだみたいだけど、空を飛べなきゃ戦いには参加できない。
こいつの馬鹿力は惜しいけど、ここはあたしひとりでなんとかドラゴンを倒す。
「ダメです! さっきから見ていましたけど、あんな戦い方じゃいずれ負けますよ!」
「なんでよ。向こうの攻撃は効かないし、こっちはダメージを与えてんのよ」
「ウイングユニットのエネルギー残量を考えてください!」
は?
「ミドワルトに紅武凰国と同等のSHINEがあるのは幸運でしたけど、ウイングユニットにはバッテリー式のパックしか備わっていないんです。稼働中のエネルギー返還はできないから、短期間に多くのエネルギーを消費すれば、すぐに限界を迎えてしまうんです!」
あたしにはミサイアの言っていることがよくわからない。
「えっと……つまりどういうこと?」
「このまま戦い続ければ、ウイングユニットは力を失って、飛ぶことも攻撃することもできなくなるってことです」
わかりやすいわね。
最初からそう言え良いのよ。
「……って、それじゃどうすればいいのよ!?」
飛べなくなったら、そこで終わりだ。
大空を舞うドラゴン相手に戦う術はない。
「方法は二つあります。エネルギー切れを起こす前に素早く討伐するか、あるいは何らかの方法を使ってドラゴンを撤退させるか……」
「まだ飛べるうちに遠くに逃げるって方法もあるわよね」
「私を置いていかないでくださいよ!?」
「冗談よ」
偶然とはいえ命の恩人を見捨てるのも目覚めが悪いし。
こいつならひとりでも生き延びれそうな気はするけど。
あたしはドラゴンを撤退させるような習性なんて知らない。
だから、やっぱここは速攻で仕留めるしかなさそうね。
「いくら図体がでかくても、首を切り落とせば死ぬでしょ」
「動物って基本そういう物ですからね。異界生物の場合は知りませんが」
んじゃ、やってみますか。
「先に行っておくけど、失敗したら逃げるからね。あんたは今のうちに遠くに避難しておきなさい」
「えっ」
「見捨てる気はないわ。無事に逃げ切ったらちゃんと探しに行くから」
あたしは二丁のライフルのうちの片方を翼にしまい、代わりに腰から光の棒の柄を取り出した。
おっと、念のためにジルから借りたグローブもつけておこうかしら。
「んじゃ、行ってくるわ!」
再び天空へと舞い上がる。
悠々と待っていたドラゴンがあたしを迎え撃つ。
ドラゴンの口が大きく開いた。
ブレスを吐くための動作だと瞬時に理解する。
一瞬だけ躊躇したけど、あたしはそのまま正面から突っ込んだ。
「ギャオオオオオオース!」
口内に溜まったエネルギーが炎となって吐き出される。
軌道を若干上に修正。
正面めがけて左手に構えたライフルを撃ち続ける。
やがて炎の渦から脱したあたしは目の前にドラゴンの頭を見た。
「うあああああああっ!」
ライフルを撃ちながら、右手に握った柄から光を伸ばす。
そのまま勢い任せに真上からドラゴンの首を斬りつけた。




