627 ここは冒険者の聖地
ぱっと見は、大きな豚。
宝石を手に入れた洞窟にいたやつによく似てる。
二足歩行で、太った人間みたいな手足のある、豚人のエヴィル。
ただし、その大きさは桁違いだ。
建物で言えば四階から五階くらいの身長がある。
あの手の中に私たちの体がすっぽり収まりそうなくらいに巨大だ。
「な、なんと言うことだ……まさか伝説の魔物が甦ってしまったとは……」
愕然とした表情で、眼下の巨大な豚人を見下ろすバクルさん。
私にはあなたが石碑を叩いたから甦ったようにしか見えなかったんだけど……
「やむを得ない。ルーチェ殿」
「はい」
「こうなったら、やつを再封印するしか手はありません。拙者をやつの頭上まで運んで頂きたい」
彼は大剣の柄を握り締めたまま、真剣な顔でそう言った。
「運んでどうするんですか?」
「そのまま落としてくれ。落下の勢いをつけて剣を叩きつける。もし伝承が正しければ、それで再封印ができるはずだ」
もし、とか言ってる時点で伝承の信憑性は低そう。
そんなふうに思ったけど口には出さないでおいた。
「わかりました。それじゃ、地面に激突する前に拾えばいいですか?」
「そうしてくれると助かる。が、万が一の場合は拙者の命よりも封印の方を優先させてくれ」
優先って言われても、具体的にどうすればいいんだろう。
とりあえずバクルさんの言う通り、彼を巨大豚人の上に運ぶことにした。
防御球を割り、輝力で腕力を強化してから、鎧のでっぱりを掴んでぐいっと持ち上げる。
巨大豚人は目覚めたばかりで寝惚けているのか、まだ動きは鈍く、こちらに気付いてもいない。
「それじゃ、落としますよ」
「いつでもいい。頼んだぞ」
私は鎧を掴んだ手を離した。
バクルさんは重力に引かれて落ちていく。
大剣を大上段に構えながら落下するバクルさんは、
「うおおおおおおっ!」
気合いと共に大剣を巨大豚人の頭に叩きつけた!
「ルルルルオオオオォォォォーン!」
巨大豚人が雄叫びをあげる。
同時に腕を大きく振り上げる。
「あっ」
「うわあーっ!」
翠蝶を割り込ませる暇はなかった。
バクルさんは豪快に遠くへと吹き飛ばされてしまった。
私は飛んでいく彼を追いかけ、地面に落ちる直前で翠蝶をぶつけて防御球で受け止めた。
「だ、大丈夫ですか?」
「ぐうっ、あっ……」
骨が折れているみたいで腕が変な方に曲がっている。
バクルさんは苦悶の表情で瞳に涙を浮かべていた。
「封印は、できなかった……」
「はい」
「頼む、ルーチェ殿……どうか拙者の代わりに、この大剣を使って、やつを再び封じてく……れ……」
気を失って倒れるバクルさん。
私は彼を包む防護球を消して地面に横たわらせた。
そして、彼が私に託してくれた大剣を受け取って……
「重っ。こんなの使えないよ」
輝力で力を強化すれば持ち上げることはできるけど、振り回すのは無理。
そもそも私、剣とか上手に使えないし。
なのでとりあえず宝石だけ取り外しておく。
もらっちゃっていいんだよね?
私が見つけたんだし。
「さて、それじゃ行くか。セアンス共和国はもうすぐだ」
「待って。それはさすがにひどい」
勝手に行こうとするスーちゃんを止めて背後を振り返る。
「ルルルルオオオオォォォーン!」
巨大豚人が大空に向かって三度目の雄叫びを上げていた。
さすがにアレを放っておくわけにはいかないよ。
町が襲われたら大変なことになるし。
炎の翅を広げて巨大豚人の側まで向かう。
敵は私を見つけると蚊を振り払うみたいに腕を振り回した。
動きは鈍重なので避けるのは簡単。
ただし、一歩踏み出すごとに足下の木々が倒れる。
バクルさんはこいつを封印してくれって言ってたけど……
「別に封印なんてしないでも、倒しちゃっていいんだよね?」
「攻撃してきたんだし別にいいんじゃないか」
「おっけー」
私は周囲一〇〇メートル圏内に六五の黒蝶を展開した。
輝力回復のあてはあるので、手加減はちょっとだけにする。
さあ、いっくよー!
「爆炎黒蝶弾!」
私の掛け声と同時に、黒蝶たちがそれぞれの軌道を描いて巨大豚人に向かっていく。
頭、体、両手、両足……余すところなく着弾しては盛大に爆発する。
「ルルルルルルオオオオオオオォォォーン!?」
悲痛な叫び声を上げる巨大豚人。
こいつは見た目通り、たぶんそこそこ強い。
けど、どう考えても世界を滅ぼせるってほどじゃない。
流読みで輝力を探ってみれば、それくらいすぐわかるんだよね。
このまえ戦った夜将に比べれば全然弱い。
ちょっと本気を出せば楽勝で倒せるくらい。
こいつが封印から目覚めたのが、バクルさんが石碑を叩いたせいだとしたら、ちょっとだけ可哀想な気もするけど……
まあ、この大きさだけでも人間にとっては歩く災害だし。
エヴィルだから町を襲うかも知れないしね。
ってことで、ごめんね!
「閃熱白蝶弾!」
続けて六五の白蝶が巨大豚人を取り囲む。
そのすべてが超高熱の光の筋となって豚人の全身を貫いた。
「ルルルオオォォ……」
消え入りそうな声と共に巨体が消失する。
巨大豚人は冗談のように小さい青いエヴィルストーンになって、遙か下の地面に落ちていった。
※
大剣から取った宝石の表面に閃熱で傷をつける。
傷ついた部分から指先を伝って、私の中に輝力が流れ込んでくる。
よおし、かなり輝力が回復したぞ!
と言っても、まだまだ全快には程遠いけどね。
バクルさんはまだ気絶している。
とりあえず、怪我は風霊治癒で治してあげよう。
目を覚ましちゃったら面倒なことになりそうだから起こさないけどね。
大剣の穴にはサイズの合わないエヴィルストーンを無理やりはめて誤魔化しておく。
「じゃ、行こうか」
「おう」
炎の翅を翻して上昇。
遠くが見渡せる高さまで浮かび上がる。
もう、このまま飛んでセアンス共和国まで行っちゃおう。
「ところで、なんでこんな事になったんだっけ……?」
たぶん、おかしくなったのは町の宿屋で手紙を渡すように頼まれてからだ。
山賊退治やら、古代遺跡探索やら、伝説の魔物の復活やら……
色々あったわりに、得たものは少なかったね。
※ ミット公国
セアンス共和国とマール海洋王国の間に挟まれた小国。
神話時代の伝説が多く残り、魔動乱期には冒険者の聖地と呼ばれていた。
「だ、そうだ。暇な創造主がこの辺に集中して遺産を残しておいたんだろうさ」
「迷惑なことを……」
もっと余裕のある時なら別にいいんだけどさ。
いちいち構ってたら、いつまで経っても目的地に着かないよ。
いまは世界がエヴィルの侵攻を受けて本当に大変な時なんだから。
あんまりくだらないことに関わってる場合じゃない。
もう何が起きても無視して……
「きゃーっ! 誰か、助けてーっ!」
下から女の人の声が聞こえた。
「へへへ、叫んでも無駄だぜ白の双子巫女さんよ。こんな山の中じゃ誰も通りかかりゃしねえよ」
「そこを通してください! 私たちはミドワルトの滅亡を防ぐため、大精霊様の力を借りに精霊の谷へと行かなくてはならないのです!」
「うるせえ! 黙ってテメエらが持ってる永遠の箱を置いて行きやがれ!」
「渡しません! これは神話の時代よりこの地に伝わる太陽の力を秘めた伝説の秘宝! あなたたちのような汚れた心の持ち主が触れて良いものではないのです!」
「ククク、やはりか……そいつが手に入れば、きっと総帥もお喜びになる。その箱に秘められた真の力を解放すれば我ら聖なる邪教団がこの世界を支配できるんだからな」
地上を見下ろすと、女の子ふたりが男たちに囲まれていた。
どう見ても悪人っぽい野卑な男たちと気丈に反抗する少女たち。
なにやら大げさな冒険ワードが飛び交ってるけど……
「……はあ」
「無視しないのか?」
「もう見ちゃったし」
確実に面倒なことになるってわかってても、襲われてる人を助けないわけにはいかないよね……
結局この後、私は双子の女の子と協力して世界を救うために悪の組織と戦ったり、伝説のアイテムの真の力を甦らせるために前人未踏の秘境へ向かったり、太古の悪王を名乗るそこそこ強いエヴィルをやっつけたりと、ものすごい大冒険を繰り広げたのでした。
終わってみたら、輝力もほとんど残らなかったよ……
ほんとなんなのこの国は。




