618 妖将再臨
閃熱の翼を広げ、スーちゃんと一緒に爆発地点に向かう。
夜将はまだ死んでいない。
かすかだけど残った輝力を感じる。
「かなり遠くまでふっとんだね」
「とんでもない威力だったからな」
神話映像を参考に、以前に見たことのあるグレイロード先生の最強技を再現してみたけど……
「うわあ」
さっきまで戦っていた所から十キロくらい離れた場所に、爆心地はあった。
周りは岩場で、そこだけアイスクリーム取りで削り取られたよう。
円形の巨大なクレーターができていた。
これ、水平に撃ったらダメなやつだね。
次に使うときはちゃんと上に向かって撃とう。
「こういうのを見るとハルを思い出すな」
「そう言えば元々はプリマヴェーラさまの術なんだっけ」
「あれは術なんて代物じゃないし、さすがに威力はお前の方が高いけどな」
なんだかちょっと嬉しい気分になりながら、私はゆっくり降下した。
ある程度クレーターに近づいたところで停止する。
「う、あ……」
地面に半分埋もれた形の夜将が倒れていた。
これだけの攻撃を食らって原型を留めてるのは凄いね。
けど、目を瞑ってうなされる姿は、さすがに虫の息って感じかな。
「おい、油断するなよ」
「わかってるよ。ちゃんとトドメを刺さなきゃね」
私は安全な距離を保ちつつ、周囲に白、黒、赤の蝶を八五体ずつ展開した。
割り切れなかった残りひとつは念のために緑の蝶を置いておく。
さあ、行ってらっしゃい!
まずは爆炎黒蝶弾がクレーター内部に飛び込んで大爆発。
次に閃熱白蝶弾が爆煙の中に向かって集中砲火。
トドメに焼夷紅蝶弾が全部焼き尽くす。
クレーターの中が立ち上る炎で埋め尽くされる。
もうもうと煙を吐き出す火山の噴火口か、あるいは地獄の釜みたいになった。
「容赦ねえな」
「これくらいやらなきゃ怖いでしょ」
迂闊に近づいて頭でも割られたらたまんないし。
オート治癒があっても、別に不死身ってわけじゃないから。
それに、これだけやってもまだ夜将の輝力は消えてない。
こいつ以外の将や魔王もこれ以上に堅いのかと思うとげんなりしてくるけど――
立ち上る煙と炎の揺れがスローになった。
私の無意識が何らかの攻撃を察知してる。
最初は炎の中から夜将が攻撃してくるのかと思った。
なんとなく、本当になんとなく顔を上げて斜め上に視線を向ける。
スローになった世界の中を、ものすごいスピードで飛んでくる敵がいた。
回避、不可能。
ゾッとする感覚と共に本能的に理解する。
すぐ近くに待機させておいた防陣翠蝶弾を使用。
翠色の蝶が私の側で弾けて、薄緑色の球状の防御結界になる。
その敵――
黄金色に輝く人間が、斜め上からぶつかってきた。
スロー空間の中で響く鈍い激突音。
それが鳴り終わるより速く、敵は地上に着地する。
折り返して一瞬のうちに今度は下から斬り上げてきた。
次は右の岩場に飛んで、右側から。
上空に跳ね上がり、真上から。
後ろに回り、背後から。
黄金色の敵は、ゆっくり過ぎる時間の中でなお、体感時間数秒未満のうちに一六回もの攻撃を仕掛けてきた。
知覚がゆっくりになったとしても、私が速く動けるようになるわけじゃない。
あらかじめ防御結界を張っておかなかったら間違いなく細切れにされていた。
あの背丈ほどもある大剣で。
「おいどうした!?」
スーちゃんの声が耳に届く。
どうやら攻撃が止んだらしい。
時間が過ぎる感覚が元に戻った。
突如として襲来してきた金と黒の敵――
黒い衣服に身を包んだ金髪の少女は、夜将のいる地獄の釜の上にいた。
彼女が腕を一降りすると、クレーター内の炎は消え、一瞬にして氷で満たされる。
その一部を割って、息も絶え絶えの夜将を拾い上げて私を見上げる。
「カーディ……?」
「悪いけど、まだこいつは殺させないよ」
鈴の音のような綺麗な声。
頭にのせた丸い帽子を手で押さえながら彼女は言う。
黒衣の妖将カーディナル。
ビシャスワルトで離ればなれになった、私たちの仲間が。
※
カーディは妖将を背中に担ぎ、同じ高さにまで上がってくる。
「生きてたんだね……」
「まあね」
彼女は背丈ほどもある大剣の先を私に向けた。
私は反射的に周囲に白蝶閃熱弾を展開して身構える。
「な、なにするのよ」
「良い反応だね。戦場では常にそうやって気を張っているべきだ」
「いいから、それ降ろしてよ」
剣を構えたままニヤリと笑うカーディ。
その背中で夜将が目を覚ました。
「ううっ……き、貴様、黒衣の妖将……?」
「助けてやるから死にたくないなら大人しくしてな」
「くっ。人形の分際で、偉そうに……」
「ふん」
それだけ言うと、夜将はまた意識を失った。
カーディは鼻を鳴らして小馬鹿にしたように笑う。
「待って! そいつをどうするつもり!?」
「おまえも今日は退け。これ以上はやらせない」
「そんな、せっかく夜将を倒すチャンスなの……にっ……!?」
頭に霞が掛かったみたいに、急激な眠気が襲ってくる。
これ、輝力がからっぽになる兆候……?
「あれだけ派手に暴れたんだ。もう力もあまり残ってないだろう」
「そんな……」
私は中輝鋼石の力を吸収した。
無限と思えるくらいの輝力があったのに。
たったこれだけの時間で、もう尽きちゃうの……?
「戦闘の規模が変わっても燃費の悪さは相変わらずだな。それじゃ――」
「ま、待って!」
私は眠気を堪え、まぶたを強く擦りながら、カーディを呼び止めた。
「なんでカーディはそいつの味方をするの?」
「別に味方じゃないさ。利用できる価値があるから生かしておくだけだよ」
「どんな価値があるの? 今まで何をやってたの? どうやって助かったの?」
「答えてあげる質問はひとつだけ。それじゃね」
「待って、最後に!」
油断なく剣を構えたまま飛び立とうとするカーディ。
私は最後に、どうしても伝えたかった言葉を投げかけた。
「生きててくれて、嬉しいよ」
「……ふん」
彼女は不器用に微笑むと、
「ビシャスワルトで待ってる」
そう言い残して、一瞬のうちに私の前から消えてしまった。
※
眠気を堪えつつ、輝力節約のため風飛翔を使って地面に降り立った。
司令桃蝶弾ちゃんはまだ自動で敵の城を砲撃している。
「さて」
流読みで砲撃地点の情報を確認……
「敵地に居るエヴィルの残数、三一五。これだけ減らせばもういいかな」
砲撃はこれで終了。
ローゼオちゃんに残っている輝力を吸収。
あんなに酷かった眠気が、きれいさっぱりとなくなった。
「しかし、あれだけの輝力を使い果たすとはな」
「思ったよりも持たなかったね」
輝工都市ひとつを台無しにしたのに。
我ながらほんと燃費悪すぎだよ。
「あんな戦い方をしてりゃ当然か。なにせ十万体近いエヴィルを殺したんだから」
「でも、夜将を倒せなかったよ。それにカーディも……」
彼女が生きてたことはとても嬉しい。
けど、なんで夜将を助けりしたんだろう。
「何はともあれ、これでこの国におけるエヴィルの侵攻は止まる。お前は多くの人を救った英雄だ。誇りに思っていいぞ」
「ありがとう」
そうだよね、今は勝てたことを喜ぼう。
クレアール姫やシスネちゃんの住む、この国を守れたことを。
眠っていた私の面倒を見てくれていたアグィラさんにも、これで義理は果たせたかな?




