613 都市侵入
私は屋根の上に降り立った。
神殿の入口は一箇所のみ。
さすがに見張りの兵士が立っている。
新式流読みで内部をサーチ……中には誰も居ない。
私は屋根の上を這って輝鋼石があると思われる場所の上まで移動した。
指先に閃熱の光を集めて屋根の一角を切り取る。
「ほとんどコソ泥だな」
「非常時だから仕方ないよ」
切り取った屋根板を音を立てないように外す。
できた隙間から神殿内部に入り込んだ。
※
「おお……」
暗闇の中、それは淡い光を放っていた。
輝工都市の要である中輝鋼石だ。
五大国の首都にある大輝鋼石よりは小さいけれど、抽出した輝流エネルギーを都市全体に送ったり、市民が輝術を取得するための契約の場でもある、莫大な輝力を秘めた巨大な宝石。
よく考えれば輝鋼石を実際に見るのは初めてだ。
なるほど、これはすごいね……
「これだけの輝力を放出してるなら、ちょっとくらい借りても問題ないよね?」
「問題ないことはないと思うぞ」
目の前に立ってるだけでも肌にピリピリ感じる。
人間が何百年経っても使い切れないほどの莫大な輝力量。
さて。
「どうやって輝力をとれば良いのかな?」
輝攻戦士になったり、輝術を習得したりするには、洗礼を行うってよく聞く。
でも、その洗礼って言うのが具体的にどうするのかはよくわからない。
っていうか、ただ輝力を借りるだけでも洗礼は必要なのかな?
「普通、輝力の受け渡しは唇を使うもんだ」
「なるほど」
隷属契約もだし、カーディが人から奪う時もそうだったね。
私は中輝鋼石の下へ近づき、ゆっくりと顔を近づけて……
ふと動きを止める。
「これさ、汚くないかな。ちゃんと洗ってると思う?」
「知るか。人が来る前に早くしろ」
まあいいや、意を決して……えい!
ちゅ。
「……」
しかしなにも起こらなかった!
「スーちゃあん」
「いいから。ダメなら他にも色々やってみろ」
ええ……
わかったよ、もう。
じゃあ色々試してみますね。
ちゅぱちゅぱ。
かじかじ。
れろ~。
何も起こらない。
「……ねえ、私の事ばかみたいだと思ってない?」
「思ってるよ」
否定してよ!
いやでも、どうしようこれ。
輝鋼石から輝力をとる方法がわからない。
「そもそもだけどさ、シャイン結晶体の輝力を個人に分けることって可能なのか?」
「そこから!?」
スーちゃんが言ったんじゃん!
あれ、もしかしたら、この子って……
なんでも知ってるように見せかけて、わりと適当なこと言ってる?
「なんかないの? 過去のデータとかさ」
「そう言っても、私は辞書と特定の映像データしか保管してないからなあ」
うわあ、底が知れたよ。
いいやもう、スーちゃんには期待しない。
私の記憶の中から使えそうなことを思い出してみるよ。
えーと、えーと。
「そう言えば、先生はプリマヴェーラの隠し部屋で……」
もっと小さな丸い輝鋼石を使って、それを触媒にして透明化の術を使ってた気がする。
「スーちゃん、触媒について検索して!」
「おう」
※ 触媒
1、化学反応の際、それ自身は変化せず、他の物質の反応速度に影響する物質。
2、大規模輝術を使用する際、術者本人の力のみでは使用が難しい場合の補助として使用する、それ自身が輝力を帯びた道具のこと。
なるほどなるほど。
でも、今は何かの術を使うわけじゃないからね。
中にある輝力だけをもらって、いつでも使えるようにしたいんだからね。
「もう担いで持っていっちゃえよ」
「できるか!」
それじゃただのドロボウだし!
……輝力をもらっていくのもドロボウだって話は置いといて。
「ほんと、どうしよう」
早くしないと見張りの人が中に来ちゃうかも。
こんな事ならもっとちゃんと調べておけばよかった。
いや、まてよ?
ここは輝工都市だし、探せば図書館くらいあるよね。
「まずは図書館を探そうと思います」
「悠長だな。そんな事してたら夜が明けるぞ?」
「じゃあスーちゃんも何か考えてよ」
「……軽く傷をつけてみるとか」
まーた適当なこと言って。
一応やってみるけどさ。
私は指先に閃熱の光を灯し、輝鋼石の中に突っ込んでみた。
これって器物破損になるのかな?
そんなこと考えてたら――
「えっ?」
傷つけた部分から、眩い光が溢れだした。
それは輝攻戦士の輝粒子によく似てるけど、明らかに光量が桁違い。
私の指先を伝って――体の中に流れ込んでくる!
「きゃああああああああ!」
熱い熱い! 眩しい!
ものすごい輝きが全身を満たして、このままじゃパンクしちゃ……
……あれ?
「あ、消えた」
気がついたら光は消えて、真っ暗闇の中に立っていた。
でも、なんていうか……
すごい輝力が、私の中にあるような気がする。
ん、真っ暗闇?
顔を上げる。
さっきまで淡く輝いていた中輝鋼石が完全に輝きを失い、ただの大きな石に変わっていた。
いや、それどころか……
ぴし。
ぴしぴし。
嫌な音が響く。
目を凝らしてよく見てみる。
輝鋼石の本体に、無数のヒビが入って――
ぱっきゃーん!
砕け散ったよ!?
「えっ、えっ、なにこれどういうこと?」
「そうか、そういうことか……」
いやスーちゃん、ひとりで納得してないで説明して。
「簡単なことだ。この結晶体が持っていた輝力が全部お前の中に移ったんだよ」
「それは、つまり……」
「完全に吸収したってこと。だから輝力を失って割れたんだ」
「ええーっ!?」
「今のはなんの音だ!」
うわー! タイミング悪い!
見張りの人がやって来ちゃったよ!
「輝光灯を……点かない?」
「灯!」
やって来た見張りは二人。
片方がスイッチをパチパチと切り替える。
明りがつかないので、もう一人が灯りの輝術を唱えた。
室内が輝術の光で照らされる。
映し出されたのは、お互いの姿と……
灰色になって砕け散った、中輝鋼石の残骸。
「き、輝鋼石がっ!?」
「どういうことだ! 貴様、何者だ!」
「わーっ、ごめんなさい!」
ちょっと輝力を借りるだけのつもりだったのに、なんでこんなことに!
っていうか、輝鋼石を壊しちゃったとか、絶対にヤバいよね!?
※ マール海洋王国憲法 第六条
輝鋼石を傷つけた者は、たとえ故意でなくとも無期懲役の刑に処される。
また、意図的に行った場合は死罪となり、王族も例外とはならない。
「らしいぞ」
「いちいち教えてくれなくても良いから! っていうか、最初に指を入れた時点でアウトじゃん! あとスーちゃんの辞書ってこんなローカルな事も載ってるの!?」
「何をひとりで叫んでいるんだ、あの娘は……?」
「あの桃色の髪、聖少女プリマヴェーラ……いや、フェイントライツの桃色天使ルーチェか!?」
しかも正体ばれてるし!
なんでこの人、私のこと知ってるの!?
「直ちに増援を! いや、市域全体に注意を呼びかけろ!」
「了解……こちらシンバロ! 神殿内に賊が侵入、き、輝鋼石が破壊された!」
ヤバい、やばいやばいやばい!
こ、こうなったら……逃げる!
「ごめんなさーい!」
私は閃熱の翼を広げ、さっき降りてきた屋根の穴から外に飛び出した。
※
どがらがらがらがっしゃーん!
「おお、凄いことになってるな」
「ああ……やっちゃった……」
翼が屋根を斬り裂いたせいで、神殿が崩壊しちゃったよ!
「名前も知られてたし、完全に重犯罪人だな」
「言わないで……」
わざとじゃないって言っても、許してもらえないんだろうなあ……
空から見る輝工都市ブルーサは、一切の光がない、暗黒の街と化していた。
私が輝鋼石を壊したせいで輝流エネルギーが断たれたからだ。
この都市ではもう機械が使えなくなってしまった。
「お、結界も消えてるぞ。よかったな、これで楽々逃げられるぞ」
「ぜんぜん良くないよ……」
私のせいで、街が大変なことに……
あ、矢を撃ってきた。




