606 方針変更
閃熱の翼を広げ、私は夜空を飛んでいた。
輝力の消費は激しいけど早くみんなの所に戻るためには仕方ない。
辺りにエヴィルの気配はないし、万が一のためにトラップも仕掛けて置いたけど、私がいないとやっぱりみんなも不安だと思うから。
「えっと、この辺りだと思ったけど……」
皆がいるはずの所に戻ってきた。
けれど、空からじゃ目を凝らしても何もわからない。
夜で辺りが暗いのに加えて、空間で気配を消して、お姫様のお絵かき輝術で擬態しているからだ。
それはつまりエヴィルにも見つからないってことだから、安心できるんだけどね。
「おい、そこだ」
と、ちょうど真下の辺りが明るくなった。
私がいるのに気付いて焚き火を起こしてくれたみたい。
閃熱の翼は逆に暗い夜空の中じゃすごく良く目立つからね。
私は翼を閉じて、ゆっくりと下に降りていった。
※
「ただいま」
「お帰りなさいませ、ルーチェ御姉様!」
着地するなり、嬉しそうな顔のクレアール姫が出迎えてくれる。
「遅いぞ馬鹿者! こんなに長時間も隊から離れて、万が一にもエヴィルの襲撃があったらどうするつもりだったのだ!?」
なんか怒っている青鎧のリバールさんは無視。
いつものことだから相手しても仕方ない。
とりあえず、保険としてこっそり岩陰に設置して置いた白蝶は消しておく。
「して聖女殿。必要な情報は得られたのか?」
「ばっちりです!」
私はアグィラさんにOKサインを作ってみせた。
今日は夕方あたりで移動を止めて、周囲の調査を行うことにした。
流読みで気配を感じられるのはおよそ一〇〇キロ先まで。
なので、それ以上は自分が移動しなきゃいけない。
ひとりなら身軽に飛び回れるし、かなり先のこともわかった。
「御姉様はいったい何をお調べに行ってらしたのですか?」
「今から話しますよ。それじゃ、このまま夜の会議にしちゃいましょうか」
※
私、アグィラさん、レトラさん。
それからクレアール姫に(一応)リバールさん。
この五人で集まって、いつものように明日の予定を確認し合う。
「今日は私から提案があります」
いつもなら地図を拡げて明日のルート確認から始めるんだけど、今回は最初にみんなに話しておきたいことがあった。
「実は西海岸に向かうのをやめようと思います」
「何を馬鹿なこと! 貴様は民を見捨てるつもりか!?」
「お静かになさいリバール! ……御姉様、お話をお続けください」
「はい」
案の定、リバールさんは真っ先にくってかかってきた。
クレアール姫は止めてくれたけど、彼女も私を強く睨んでいる。
本当にみんなを見捨てるつもりなら許さない……って気持ちが伝わってくる。
「もちろん、ここで移動を中止するとか無責任なことは言いません。ただちょっと、向かう先を別の目的地に変えたいと思いました」
「別の場所とは?」
「ここから南に一五〇キロほど行った所にある、輝工都市です」
※
このまま西海岸を目指すのはあまりに時間が掛かりすぎる。
クレアール姫のおかげで今のところはエヴィルに見つからず進めているとは言え、彼女の望み通りに行く先々で町を開放し続ければ、そう遠くないうちに限界が来る。
このまま人数が増え続けて、集団が一つの町くらいの規模になれば、移動するだけでも大変だ。
なので、私とスーちゃんはこんな作戦を考えた。
とりあえず拠点にできる場所を目指す。
その場所というのが……
「ここから南の輝工都市……ブルーサか」
「マール海洋王国本土のほぼ中央に位置する都市ですわね」
アグィラさんから話を聞いて、だいたいの推測から、私はその輝工都市を調べて来た。
厳密には街まで行ったわけじゃなく、流読みで感知できる距離まで近づいただけだけど。
「輝工都市ブルーサはまだ陥落していません。今も数万人の住民が暮らしていて、エヴィルの侵攻を食い止めています」
「それは本当ですか!?」
驚き目を輝かせるクレアール姫。
私は頷いた。
「とは言っても、付近にエヴィルの拠点が築かれていて、包囲されかけてる状況ですが」
そこは今まさにエヴィルとの戦いの最前線と言える。
けれど、多くの人々が生き残って抵抗しているのは間違いない。
私たちはその都市に行って助けた人たちを保護してもらう。
それほど近くはないけれど、西海岸に行くよりはずっと早い。
同時に、輝工都市なら必ずあるはずの輝鋼石を借りて輝力を補充させてもらって、都市の周りにいるエヴィルもやっつける。
そしてブルーサを拠点に周囲の町を開放していく。
エヴィルに対して腰を据えた反撃を始めるって作戦だ。
「っていう考えなんですけど、どうでしょう?」
「素晴らしいですわ、御姉様!」
興奮したクレアール姫が立ち上がる。
彼女は瞳にうっすらと涙を浮かべていた。
大勢の人が生きていたのが本当に嬉しいんだろう。
それがエヴィル相手に抵抗を続けているんだから、なおさらだ。
まだこの国は完全にエヴィルの手に落ちたわけじゃない。
「もちろんわたくしは賛成ですわ! 明朝すぐに出発……いえ、気が逸りました。これは会議なのですから、まずは多数決で決めなくてはなりませんわね! それでは――」
「あいや、待たれよ!」
意気揚々と決を採ろうとするクレアール姫。
すると青鎧のリバールさんが待ったをかけた。
「私は反対でございますぞ! 確かに一見すると素晴らしい案に聞こえますが、それはあまりに危険が大き過ぎる賭け! ここは当初の予定通りに西海岸に向かうべきかと愚考致します!」
「しかし御姉様の仰る通り、それもまたリスクの高いことではなくて?」
「そもそもブルーサが未だに陥落していないなど、到底信じられませぬ。その小娘が嘘を言っているだけかもしれませんぞ!」
「何を言うのです。ルーチェ御姉様がそんな嘘を吐くはずがないでしょう」
彼女は呆れた様子で肩をすくめる。
もちろん、私は嘘なんて言っていない。
けど無条件に信じてくれたのは嬉しかった。
「貴方が反対するのは勝手ですが、ここはいつものように多数決で決めるべき場面でしょう? 集団行動時は常に多数の意見を尊重すべきだと、そうわたくしに言い聞かせてくれたのは貴方でしてよ」
「し、しかし、この場合は……」
「というわけで、決めますわよ!」
クレアール姫は全員の顔を見渡して、
「民の安全のため、国土を取り戻すために、ブルーサを目指すべきだと思う方!」
まずは自分が手を上げた。
それに続いて私、アグィラさん。
少し遅れて恐る恐るレトラさんも手を上げる。
「民を危険にさらすの承知で、わざわざ遠い西海岸を目指すべきと思う方!」
「ぐっ……!」
リバールさんは歯ぎしりしながら控えめに挙手をした。
もう何をしても結果は決まってるんだけどね。
「賛成四、反対一! 目的地はブルーサに決定ですわね!」
しかしこのお姫様、この前はわざとズルい聞き方してると思ったけど……
たぶんこれって天然なんだろうな。
※
夜中。
私はふと目を覚ました。
ここは大きめのテントの中。
地面にはふわふわの毛布が敷き詰められている。
周りを見渡せば、みんな気持ちよさそうにぐっすりと眠っていた。
隣で寝ていたはずのクレアール姫の姿がない。
「トイレかな?」
私は気になってテントの外に出てみた。
正面には見渡す限りの草原、背中側には岩場がある。
星の光は弱く、よく目を凝らさないと数メートル先の様子もわからない。
テントは合計で三つ。
すべてお姫様のお絵かき輝術で目立たなくしてある。
目印として入口のところに大きめの石が置いてあるから、大体の位置はわかるけど。
クレアール姫は外にもいなかった。
表に出ていると逆に目立つので見張りは置いていない。
それでも野生動物は空間で気配を遮断してるから近寄って来ないはずだ。
流読みで周囲の人数をチェック。
やっぱり、二人足りない。
しかも、あっちの男性用テンドには二人しかいないみたい。
この感覚はたぶんアグィラさんとパロマくん。
ということは……
クレアール姫とリバールさんが、二人でどこかに行った?




