605 おひめさまのおねえさま
「姫様、そろそろ交代の時間です」
「もうそんな時間ですの? では、後はよろしくお願い致しますわ、カルゴさん」
「はい、お任せください!」
「お疲れ様です、プランタさん。腕を痛めてはいませんか?」
「大丈夫です。ご心配いただき申し訳ありません」
「次の荷物番までゆっくり休んでくださいね。イーゴさん」
「ありがとうございます!」
荷物を積んだ台車を運ぶ役は三人ずつ交代で。
今はちょうどお姫様の番が終わったところだった。
「バサルトさん。痛めた足はもう大丈夫ですの?」
「輝術師様のおかげですっかり良くなりました。以前より元気なくらいです」
「無理はしないで下さいね。辛いようならすぐに仰ってください」
「おひめさまー! おひめさまー!」
「あら。どうしたんですか、シスネさん?」
「さっきね、すごいきれいなお花を見つけたの。おひめさまにけんじょーするの」
「まあ、素敵なお花ですわね。では、お礼に……風絵画!」
「わあ! おひめさますごい! ありがとう!」
「ふふふ、くるしゅうないですわ。オーッホッホッホ!」
「おーほほほ!」
運搬役を交代した後も、お姫様は疲れているヒトを励ましたり、幼い子たちと遊んだりと、皆を気に掛けて回ってる。
「ママ-! おひめさまからきれいな絵をたまわったー!」
嬉しそうにレトラさんの所に駆けていくシスネちゃん。
そんな彼女を微笑ましそうに眺めてから、お姫様は私の所にやってきた。
「ルーチェ御姉様、索敵任務お疲れ様ですわ」
「いいえ。お姫様の方こそ」
索敵って言っても常時流読みをしてるだけで、特別なことは何もしていないけど。
それなのに台車係を免除されてるから、かえって申し訳ないくらいだよ。
「いやですわ、ルーチェ御姉様。わたくしのことはクレアールと呼び捨てにしてくださいな」
「えっと……」
さすがにお姫様を呼び捨ては気が引けるよね。
「じゃあ、クレアール姫で」
「はい♪」
この前の戦い以来、何でか知らないけどすごく懐かれちゃってる。
御姉様なんて呼ばれ方は慣れなくて気恥ずかしいけど、ちょっと嬉しかったり。
ちなみにクレアール姫は十四歳。
私より三つ……じゃなかった、四つも年下だ。
立ち居振る舞いがちょっとアレだけど、よく見れば年相応の幼さも残ってる。
「それにしても、すごい気配りですね。さすがはお姫さまって感じです」
「そんなこと、人の上に立つ者として当然のことですわ! オーッホッホッホ!」
本当に、彼女は第一印象とは全然違っていた。
偉そうな態度はともかく、上から目線で皆に命令することはない。
一人一人を良く気に掛けていて、しかも大変な仕事は自分で率先して行おうとする。
強引に町を助けに行くって決められたときは、本当にどうなることかと思ったけど……
結果的に見れば、彼女の判断が正しかったわけで。
何より彼女の『お絵かき輝術』は、意外過ぎるくらい役に立っている。
おかげで前の町を出発してから三日、何度かエヴィルが接近して来たけど、一度も見つかったことはない。
「ところで、ルーチェ御姉様にお願いがありますの!」
「なんですか?」
「大陸からエヴィルを追い払い、王国を復興させた暁には、その……ぜひ、マール海洋王国に仕えていただけないでしょうか? 王宮輝術指南役でも将来の輝術師団長候補でも、わたくしの権限で与えられる役職ならば、なんでも保障しますので」
まさかの就職のお誘い!
「か、考えさせていただきます……」
「それと、わたくしにあの白い蝶の術を教えてくださいな。わたくしはこれまで、自らの趣味でしか輝術を学んでおりませんでした。しかし、このような不測の事態が起こった今、戦う術を持たない我が身を深く恥じ入っているのです」
「教えても良いですけど、たぶん使えないと思いますよ?」
あれって完全にイメージだけで使ってる私のオリジナルだし。
クレアール姫のお絵かき輝術だってすごいと思うよ。
「わたくしも御姉様と肩を並べて戦えれば良かったのですが……」
「戦いは私に任せてください。クレアール姫の輝術だって、すごく便利で役に立ってますし。あんな方法で戦いを回避するなんてアイディア私には思いつかなかったです」
「そんなことありませんわ。御姉様に比べればわたくしなどまだまだ未熟者です。でも、褒めて頂いたのはとても嬉しいですわ……オーホッホッホ!」
こんな風に慕われてると、なんだか年の近い妹みたいで可愛く思えてくる。
「ところで、気になってることがあるんですけど」
「なんですの?」
「なんでクレアール姫、こうやって『オーホッホッホ』って笑うんですか?」
「それはですね、わたくしが幼い頃、お母様からいつも厳しく言いつけられて来た事がありますの」
懐かしい記憶を思い出すように、彼女は空を見上げながら、優しい表情で語った。
「為政者たる者、常に強くありなさい。自信満々でいなさい。笑顔を絶やすことがないようにしなさい……と。わたくしはただ、母の教えを忠実に守ってるだけに過ぎませんわ。オーホッホッホ!」
「それ、絶対お母さんが言いたかったことと違うと思う……」
やっぱりちょっと、変な子ではあるかな。
「さて、それではわたくしは後方の皆様の様子を見に行って参りますわ」
「無理しないで、休む時はちゃんと休んでくださいね」
「お心使いありがとうございます。ルーチェ御姉様とお話しできたおかげで、元気を回復できましたわ。それではまた後ほど……オーホッホッホ!」
高笑いしながら隊列の後ろの方に向かうクレアール姫。
それと入れ替わるように、アグィラさんが私の隣にやって来た。
「聖女殿」
「アグィラさん、お疲れさまです」
移動中の彼は常に地図とにらめっこ。
森を進んでるときはルートの微調整をしてくれている。
街道を進んでる今は主に全体のペースメーカーや、イザって時の力仕事役を引き受けてくれる。
「近隣にエヴィルの反応はないか?」
「周囲二〇キロ範囲、まったく大丈夫ですよ」
「そうか」
彼は少し黙って私の横を歩いた後、優しい声で言った。
「君には謝らなければいけないことがある」
「え、何がですか?」
「この間の作戦会議のことだ。姫様の無体な意見に、私は反対することができなかった」
ああ。
「ぜんぜん気にしてないですよ。結果的にはあれで良かったと思いますから」
本当のこと言うと、ちょっとだけショックだった。
危険だってわかってるはずなのに、お姫様に流されちゃったのかーって。
だけど、アグィラさんがクレアール姫を大事にしたい気持ち、今なら私にもわかるから。
「クレアール姫、良い子ですよね」
「ああ……しかし、王国が滅ぼされて一番悔しい思いをしているのは姫様なのに、あんな風に気丈に振る舞っておられる姿を見るのは王宮輝士として辛くもある」
そう言えばアグィラさんって、マール海洋王国の偉い輝士だったんだっけ。
「アグィラさんはなんで、シスネちゃんたちと一緒に暮らしてたんですか?」
「ただの偶然だ。ハッキリ言えば、敗走の途中でたまたま二人と出会ったに過ぎない。だが自分がいなくなればあの子たちが生きていけないと思うと、見捨てるに見捨てられなくてな」
「ふふっ。アグィラさんも良い人ですね」
「からかわないでくれ」
「おい、世間話はその辺にしろ。余裕があるなら今のうちにおっさんに話をつけておけ」
一行の監視に出ていたスーちゃんが私とアグィラさんの間に飛び込んでくる。
「話とはなんだ?」
「あ、いえ。今日の夜の会議の時に言う予定だったんですけど……」
私とスーちゃんで考えた今後の方針のこと。
アグィラさんには先に言っておいた方が良いかも。




