60 謁見の間
宿に戻るなりファースさんに返事をした。
「狼雷団と戦います。力になれるかはわからないですけど協力させてください」
難しいことを考えるのはやめた。
あんなのをこのまま放っておけるわけがない。
彼女は無言で私の目をじっと見る。
その射貫くような視線を私は目を逸らさずに見返した。
頭にあるのはただ一つ、苦しんでいる子どもたちを助けたいって想いだけ。
「いいわ。それじゃよろしくね……アンビッツ王子」
「なんだ」
「王城に案内してちょうだい。狼雷団退治の許可をもらいに行くわよ」
※
思い立ったらすぐ行動。
秘密裏にという先の言葉とは矛盾するように思えたけれど、公私の使い分けと行動の許可を得ることはまた別らしい。
王様とその周辺にだけは事情を伝え公然の秘密にするらしい。
その日のうちに馬と馬車を借り私たちは町を出た。
途中で出会ったクイント王国の兵士たちの馬車と合流する。
「殿下、よくぞご無事で」
「すまぬ。そなたらにも迷惑をかけた」
「もったいないお言葉……」
「我らこの時を心待ちにしておりました」
ビッツさんに畏まる彼らの姿を見て私は本当に彼が王子様なんだってことを今更ながら実感した。
「んじゃちょと寝てるから着いたら起こしてねー」
「えっ。ちょっと……」
移動中、ファースさんは馬車の一角を陣取って寝転がった。
ビッツさんから事情を説明されても兵士たちは明らかにファースさんを快く思っていない様子。
そんな空気の中で私はすこし居たたまれない。
ただただ恐縮しながらお城に到着するのを待った。
ビッツさんもなにやら考え込んでいるようで馬車の窓から外を眺めている。
「間もなく到着します」
気まずい空気の馬車に揺られて三時間ほど私たちは王都に到着した。
クイント王国の王都チェ・クイントは人口数千人の大きな町で国内の人口の大半が集まっている。
これまでに通った町とは比べものにならない規模だけど、それでも大きさはフィリア市の三分の一にも満たない。
正門から商店の立ち並ぶ通りを抜ける。
もう一つ門が見えてきた。
堀にかかる橋を越えて門をくぐると、その先に見えるのはクイント王国の中心である白亜の王城。
「わあ、すっごい……」
巨大なレンガを組み合わせた壮麗な城郭。
巨人の家を思わせる大きな扉。
なにより目を引くのは円錐形にそびえる四つの尖塔。
昔、絵本で見たそのままのお城が目の前に聳え立っている。
フィリア市のお城デパートも形は似ているけど本物は威圧感が全然違う。
思わず感嘆のため息を漏らすとファースさんが私を見て苦笑いをした。
「エテルノ城は見た事ないの? これの数倍は大きいわよ」
「王都には行ったことありませんから」
そりゃファースさんは輝士なんだから当然ファーゼブル王国のお城も見慣れているだろうけど、人の感動に水を差さなくてもいいじゃないの。
まあ大国のお城ともなればこれよりももっと凄いんだろうってのはわかる。
「先に行くぞ」
落ち着きのない様子のビッツさんは出迎えた兵士を伴って城へ入って行った。
「あんたたちはこっちだ」
嫌悪感を隠そうともしない兵士に案内されて私たちは城内に入って行った。
赤絨毯の上を歩きダンスフロアのような大広間を抜けて、細かい彫刻が刻まれた手すりの階段を上がる。
「ここで待っていろ」
多きな扉の前でしばらく待たされた。
一時間ほど経ってから扉が急に左右に開いた。
一階の大広間よりさらに広い縦長の部屋。
その奥は五段ほどの階段になっていて最上部には玉座が据えられていた。
これが噂に聞く謁見の間かあ。
二つある玉座の片方に豪勢な身なりの初老の男性が座っていた。
その横にビッツさんが立っている。
玉座に座っているおじいさんはこの国の王様かな?
つくづく凄いところに来ちゃったなあ。
ビッツさんはさっきまでの吟遊詩人を連想させる服装とはうって変わって、見違えるように煌びやかな衣装を纏っていた。
青を基調にした王族の正装。
端整な中にも力強さを漂わせる。
キリッとした表情と相まって王子様としての貫禄を身に纏っている。
左右に立ち並ぶ兵士たちに威圧されながら玉座の前まで来ると、ファースさんが膝をついてかしこまった。
私も見よう見まねでそれに倣う。
「面を上げよ」
王様の低い声。
ファースさんが顔を上げる気配がしたので私も一緒に玉座を見上げる。
「そなたがファーゼブルから来た輝士か」
「はい」
答えたのはファースさん。
一国の王様の前だというのに全く緊張を感ない。
私はもちろんガチガチなんだけど。
「狼雷団討伐の協力を申し出ておると聞いたが」
「そのつもりです」
「これは我が国の問題だ。わざわざ貴国の力添えを受けるようなことではない」
「お言葉ですがすでに一国だけの問題ではありません。ファーゼブル本国の領土にも賊は進出をしているのです」
「責任は重々承知しておる。だからこそ我が輝士団も事件解決に身を砕いておる」
王様は一歩も譲らなかった。
一国の王様ともなれば迫力も違う。
周りの雰囲気がそうさせているんだってわかっても私はただ萎縮するだけ。
さすがに口は挟めない。
「子どもたちが人質に取られていることについてはどうお考えですか」
ファースさんが切り込んだ。
治療法のない病。子どもたちの命は奴らに握られている。
とてもじゃないけど許せない現状がある。
「おかげで手を出せん。族めらの卑劣な策によって後手に回っているのは悔しいが事実だ」
「ならば私たちが奴らの本拠に乗り込み病の秘密を探り出してまいります」
「病の秘密とな?」
「そうです。私たちはいわば露払い。綺麗さっぱり問題事がなくなった上で貴国の輝士団が改めて賊を討伐すればよろしいかと」
「狼雷団は特殊な戦力を用いていると聞くぞ」
王様ははっきりと口に出さなかったけれどエヴィルのことを言ってるんだろう。
「可能ならばそれらも我らが討ってみせます」
謁見の間にざわめきが拡がった。
それはすぐに馬車の中で感じた何倍もの殺気となって私たちを包んだ。
「大口を叩きおって……」
「我らに対する嫌みか」
あなたたちでは無理でも私たちなら可能――
言下にそう言ったファースさんの言葉を侮辱と捉えた兵士もいるみたい。
居心地の悪さ最高潮。
「我々は対抗手段を持っているだけです。決して貴国の戦力を過小評価しているわけではありません」
王様はしばらく黙ってファースさんを見下ろしていた。
が、やがて小さなため息を吐くと玉座に腰を深く沈めた。
「……やばり、頼るしかないのか」
諦めたような呟きがかすかに耳に届いた。
「わかった、この国での貴公らの行動に一切関知しないと約束しよう」
「ありがとうございます、王様」
それがギリギリの王様に出来る許可の言葉だということを、私は後で聞かされてもよく理解できなかった。




