595 母娘の再会
翌朝。
起きたら地獄でした。
「頭脳とボデーがキモチ悪い……」
頭の中が何か堅いモノで押されてる感じ。
お腹は内臓をぐちゃぐちゃかき混ぜられたよう。
「あれだけ飲んだ上に腹を出したまま寝たからだ。痛みがないことに感謝しろ」
できないよう。
痛くなくてもすごい不快……
ああでも、いつまでも寝てる場合じゃない。
私はなんとか起き上がって術師服に着替えた。
「あれ、マントがない……」
「町で助けたやつに貸したままだろ」
そうだっけ?
じゃあ、あとで返してもらえばいっか。
※
部屋から出ると、廊下にシスネちゃんがいた。
「おはよう」
「聖女のおねえちゃん、おさけくさい!」
逃げられた。
がーん。
「大人になるって、悲しいことなのね……」
「自業自得だけどな」
私が廊下の端っこに蹲って泣いていると、シスネちゃんは水の入ったコップを持って戻ってきてくれた。
「はい、どうぞ」
「シスネちゃん……!」
思わず抱きしめたくなるけど全力で自重する。
代わりに受け取った水を感謝しながら飲み干した。
そこにアグィラさんがパロマくんを伴ってやって来る。
「お早う」
「あ、おはようございます。昨日はご迷惑をおかけしました」
「いや……それより、大丈夫か?」
ぜっさん二日酔いでございます。
「無理に飲ませて悪かった。出発は明日に延ばした方が良いか」
「いえ、大丈夫です! 行けます!」
町の人たちも待たせてるしね。
これ以上、私のせいで予定を変えるわけにはいかないよ。
「シスネ、フルーツを切ってやってくれ」
「わかった」
※
朝食代わりに果物を食べたらだいぶ楽になった。
私は特に荷物もないので、小屋の外で三人の準備が終わるのを待つ。
ああ、風が気持ちいい……
「ところでさ、今さらだけど」
「何? スーちゃん」
「二日酔いは風霊治癒で治るぞ」
なぜそれをはやく言わない!
私は自分に風の治癒術をかけた。
頭も体も一瞬でスッキリ。
「お待たせー」
「あ、パロマくんおはよう!」
「さっきも挨拶したよ」
気分が治ったら急にテンション上がってきた。
これでまたあの美味しい葡萄酒を飲めるね。
少し遅れてシスネちゃんとアグィラさんもやって来た。
子どもたち二人は感慨深そうに小屋を見上げている。
「このお家ともお別れだね」
「うん」
町を追われてからの一年間、三人(+寝たきりの私)が暮らしてきた家。
エヴィルの支配圏内でのひっそりした生活とは言え、きっと思い入れも深いんだ。
「さあ、行くぞ」
アグィラさんに背中を押され、子どもたちは名残惜しそうに振り返った。
さて、とりあえず町の人たちと合流しなきゃね。
※
魔王の爪痕までやって来た。
小屋を外界から分断する代わりに、エヴィルから隠れる盾にもなってくれた崖。
アグィラさんはパロマくんを背負ったまま、岩壁に打ちつけた杭を伝ってスイスイ登っていく。
「私たちも行くよ。しっかり掴まっててね」
「うん」
私はシスネちゃんを抱きかかえ、風飛翔で一気に崖上へ向かった。
先に着いてしまったので、しばらく座ったまま二人を待つ。
「聖女のおねえちゃん、もう辛いの大丈夫なの?」
「うん。心配かけてごめんね」
アグィラさんが登ってきたので改めて出発。
パロマくんとシスネちゃんにとっては一年ぶりの外の世界だ。
まず、目指すのは昨日の町。
距離はだいたい十キロちょっとくらい。
歩いて行くとなると、かなり時間がかかりそう。
「近くにエヴィルはいないのか?」
スーちゃんが聞いてきた。
「うん、まったくいないよ」
「余計な戦闘をしてる余裕はないからな。近づいて来たら早めに皆に伝えろよ」
子どもたちもいるしね。
……あ。
「どうした?」
「ちょっと、あっちに嫌な気配」
わずかな危険を感じた。
でも、エヴィルじゃない。
気配を詳しく探ってみると……猪?
「凶暴化した獣か」
アグィラさんが言った。
なんだ、ただの野生動物か。
「ウォスゲートの影響で凶暴化した生き物も増えている。戦って勝てない相手ではないが、子どもたちを守ることを最優先に考えたら、できるだけ戦闘は避けたいと思う」
「うーん。でも、あちこちにいますよ? 動き回ってるのもいるし、全部避けていったらすっごい時間が掛かっちゃいそう」
というわけで、さっそく作戦会議。
結論としては、町に合流するまでは最短距離で行く。
せっかく助けた町の人たちがエヴィルに襲われたら嫌だしね。
進行方向にいる凶暴化した獣はできるだけ省エネでやっつける。
「じゃあ、出発しましょう」
私たちは町の方角へ向かってまっすぐ進んだ。
と、茂みの向こうに猪の気配を感じた。
あっちはまだ気付いてない。
可哀想だけど、先制攻撃で。
「火蝶弾」
「ブギー!」
流読みで位置を特定。
真上から火蝶をぶつけて丸焼きに。
近くの草木に燃え移らないよう、すぐ消化。
茂みを越えた所に、美味しそうにこんがり焼けた猪が倒れてた。
「なるほど。食料には困らなそうだな」
「すげー! 聖女さま、強えー!」
「いやいや」
まあ、こんな調子でどんどん進んでいきましょう。
そんな風に意気揚々と町を目指していた私たちでしたが……
「あれ……行き止まり?」
目の前に聳える崖を見上げてシスネちゃんが呟く。
「これは昇れないな。迂回するしかない」
私の流読みじゃ生き物の居場所はわかっても、地形まではわかりません。
飛んでまっすぐ行ければ関係ないけど、今は歩くしかないから無理。
「お前が全員を背負って飛んでいけばいいんじゃね?」
「子どもたちはともかくアグィラさんは無理だから」
「輝力で身体強化すればいいだろ」
「あ、そっか」
「いや、すまん。さすがに若い女性の背中に負ぶさるのは勘弁願いたい」
ですよね。
この旅路、思ったよりずっと大変そう……
※
結局、日が暮れる直前になって、ようやく町に辿り着いた。
一日で何かが変わるはずはないんだけど、人気のない町はやっぱり寂しい。
「シスネ」
「うん」
町の入り口で、子どもたち二人が手を繋いで立ち止まる。
パロマくんは唇を強く噛みしめていた。
「私たちの町、壊されちゃったね……」
あ、そうか。
この町は二人の故郷でもあるんだ。
ということは、この子たちの家族も、もう……
「生き残りの人たちがどこにいるのかわかるか?」
「あっ、はい。ちょっと待って下さい」
アグィラさんに聞かれ、流読みで町の人たちの気配を探る。
なんか、みんなバラバラの所にいるっぽい。
片腕の女の人……レトラさんがすぐ近くにいる。
とりあえず、そこへ向かうことにした。
※
崩れかけた家。
傾いたドアの隙間から中を覗く。
「こんにちは~」
「あ、輝術師さま。こんなにお早く来てくださったので――」
「ママ!」
散らばった荷物を整頓していたレトラさん。
私の横をすりぬけて、シスネちゃんが彼女に飛びついた。
「シスネ、無事だったの!?」
「ママ、生きてて良かった!」
えっ、ママって言った?
この人、シスネちゃんのお母さんだったんだ。
やつれているけど見た目は若々しくて、全然そんな歳に見えなかったよ。
「町を開放して下さったばかりか、娘を無事に連れて来ていたけるなんて……輝術師さまには本当に感謝の言葉もございません」
「いえ、むしろ私の方がシスネちゃんのお世話になったので」
どうやらここは彼女たちの家らしい。
開放されたみんなはそれぞれの自宅に戻っているそうだ。
家族の遺品や、もしかしたら逃げ延びた手がかりがないかを探すために。
「この一年間シスネちゃんたちを保護してたのはアグィラさんですよ」
「アグィラさん……? どなたかは存じませんが、その人にもお礼を言わなくてはいけませんね」
町はエヴィルにボロボロにされてしまった。
けど、二人がここでこうして再会できて、本当によかった。




