591 巨巌の暴児
現れたのは巨大なビシャスワルト人だった。
「オマエか……ワレラのマチで、アバれているモノは……」
全身がゴツゴツした岩の巨人。
身長は高く、私の三倍近くもある。
明らかに牛面族とは違うタイプの種族だ。
「ワレは、けいおす……『キョガンノボウジ』、ギガロン……」
自己紹介する岩の化け物。
どこまでが名前かわからないよ。
私はその巨体を見上げ感想を呟いた。
「堅そう……」
「巨岩族か。地道に白蝶を撃ってもそのうち倒せるだろうが、時間はかかりそうだな」
「だったら、あれで」
私は翼を広げ、後方上空に退避する。
「ま……て……」
のしりのしりと一歩ずつ迫ってくる岩の化け物。
その姿を見下ろしながら、私は周囲に三十三の黒い蝶を浮かべた。
周りの家を巻き込まないよう気をつけなきゃね。
「爆炎黒蝶弾!」
三十三の黒蝶が一斉に巨人に襲いかかる。
前後左右に回り込み、頭から体、腕、足へと突撃。
触れた途端、大爆発!
どがーん!
どがーん!
「つぅ……」
耳を塞ぎたくなるような轟音。
一発だけでも岩を吹き飛ばすほどの爆発だ。
それを三十三発連続で全身に食らった岩の巨人は……
「ばか……な……」
空洞のような目を見開き、ガラガラと音を立てて崩れていった。
地面に積み重なっていく破片がやがてフッと消失。
巨人は小さな青い宝石になった。
「楽勝だったね!」
「ま、堅いだけの鈍重な敵なんて、お前の敵じゃないか」
そういえば、あいつ自分をケイオスとか言ってたな。
ひょっとして、ここのボスだったのかな?
※
流読みで残りの牛面族がいるの場所を探索。
敵を発見次第、即座にやっつける。
向かってくる牛面族は躊躇なく返り討ち。
農作業(?)っぽいことをしてたクインタウロスも全滅させる。
牧場みたいな場所にまとめられていたキュオンの群れは、爆炎黒蝶弾で一網打尽にしてやった。
「それじゃ次はできる限り遠くに術を出してみろ」
「おっけー。閃熱白蝶弾!」
そんな風に敵をやっつけながら、今の自分に何ができるのかを確かめる。
「輝術の展開範囲はだいたい一〇〇メートル前後ってとこか」
「あれ、どうする?」
「近くに敵が居るなら打ち込んでおけ」
半径一〇〇メートル。
それが私の個人的領域。
この内側ならどこでも自在に術を作り出せる。
つまり、この距離まで近づいた敵は、前後左右どこからでも攻撃ができる。
たとえ壁の向こうに隠れている敵でも、流読みで狙って、確実に当てることができる。
もちろん、術そのものの射程はもっとずっと長い。
最長で一〇〇メートル先から攻撃を撃てるってことだ。
使う術は基本的に閃熱がメイン。
攻撃も移動も防御も、これだけでなんとかなる。
もちろん、状況によってはいろんな系統の術を使ってみる。
基本的には火系統が得意で、あとは風系統を多少使える程度なのは変わりないみたい。
「驚いたな。力に振り回されるところか、ほぼ完璧に使いこなしているじゃないか。今まで無理に抑えつけてた私が馬鹿みたいだ」
「そんなことないと思うよ」
もし最初からこんな力を持ってたら。
たぶん……いや、絶対に振り回されてたと思う。
怖くなって逃げ出したかもしれないし、仲間を傷つけていたかもしれない。
長い旅を経て、自信をつけて……そして何より、絶対にビシャスワルト人から人類を守らなくっちゃって気持ちを持てたから、こうやって力を使えているんだと私は思う。
「さて、残りの敵は何体だ?」
「あと一体だけだね」
やたら勘が良いのか、さっきからずっと逃げ回ってるやつがひとりいる。
まあ、一〇〇メートル以内に近づけば確実にやっつけられるし。
なので、特に急いで追いかけたりはしなかったけど……
「町の外に敵はいないのか? 流読みはどれくらいまで広げられる?」
「えっと、ちょっと待って」
感覚を伸ばして拡げる。
周囲にある大型の生物を探る。
無意識状態で半径一〇キロ。
意識して範囲を拡大すれば一〇〇キロ。
うち、詳細な敵の数や厳密な位置までわかるのは約三〇キロ先まで。
「ってとこかな? あっちの方向に四十二キロ行ったところに支配されてる別の町があるっぽいけど、人数まではわかんない。こっちに向かってきてるやつはいないよ」
「精密探索範囲が三十キロ先っていうのはどうやって計った?」
「その辺りにいる動物の数で確認した」
「なるほど」
スーちゃんは満足そうに頷いた。
「それだけの索敵能力があれば、この先いくらでも戦っていけるな。じゃあ、とりあえず残った敵を片付けておけ」
「わかった……あっ」
「どうした?」
「最後のやつが動き出した。たぶん、囚われてる人たちの所に向かってる」
「人質に取るつもりか。急いだ方が良いな」
「大丈夫。もう一〇〇メートル内に入ってるから――えいっ」
流読みで敵の位置を感知。
その軌道を読んで前方に白蝶を配置。
足を止める隙も与えず、閃熱の光を浴びせる。
敵の気配、消失。
「おわったよ」
「お、おう」
町を支配してた牛面族は全滅しました。
※
「おお、偉大な輝術師さま……」
「なんとお礼を言ったら良いことでしょう」
「お姉ちゃん、私たちを助けてくれてありがとう!」
隠れさせておいた二人を呼んで、囚われていた人たちの所に戻る。
エヴィルの支配からようやく開放された人たち。
だけど……
「うっ、うううっ」
さっきまで喜んでいた小さい子が、顔を覆って嗚咽を漏らしはじめた。
「みんな、死んじゃった……お父さんも、お母さんも……」
ここは多くの人々が暮らしていた町だった。
それが今は、この八人を除いて、全員殺されてしまった。
ビシャスワルト人を満足させ、楽しませるためだけの残酷な方法で。
人類に対する侵略者。
やっぱり、あいつらは許せない!
絶対に私がやっつけて、この国に平和を取り戻すからね!
「さて、町を開放したのは良いとして、こいつらをどうするつもりだ?」
スーちゃんが聞いてくる。
「このまま……ってわけにはいかないよね」
「この人数じゃ町の復興は無理だ。それに、放っておけばすぐ別のビシャスワルト人がやってくる」
「じゃあ、本物のレジスタンスの所まで連れて行く?」
「それがいいだろうな」
「えっと、それじゃ」
辛いだろうけど、彼女たちには町を諦めてもらう。
そして、安全なところまで一緒に避難する。
私は片腕の女の人にそう提案した。
「願ってもないことです。輝術師さまにはご迷惑をおかけしますが、どうか私たちをよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「おねがいします!」
丁寧に頭を下げ、他の人たちもそれに習う。
泣いていた子も目尻を拭って懸命にみんなの真似をした。
こんな風に頼りにされちゃったら、見捨てるわけにはいかないよね。
「あ、でも、他にも一緒に行きたい人が居るんです。あとで迎えに来るから、もう少しここで待っててもらっていいですか? もし危険を感じたらすぐに飛んできますので」
「わかりました。エヴィルの残していった食料があるので、数日なら何とかなると思います」
思いつきでやって来ちゃったとはいえ、これで近くの脅威もなくなった。
アグィラさんの病気が治り次第、小屋の三人も出発できるはずだ。
あ、そういえば食料調達の途中だったんだっけ。
それじゃ荷物を拾って小屋に戻ろう。
と、その前に……
「そうだ。みんなの体を洗風で体をきれいにしますから、一列に並んでください」




