588 悪魔の角
「これでよしっ、と」
女の子の傷の治療が完了。
「あ、ありがとうございま……痛っ!」
「あっ、ごめん! 私の治癒術、痛みまでは消えないから、しばらく安静にしてて」
うーん、やっぱり水系統の治癒術も覚えたいなあ。
とりあえず私は術師服のマントを外して彼女にかけてあげた。
ほとんど何も着ていないボロボロの格好のままじゃあまりに可哀想だし。
「あなたは何者なんですか? あの恐ろしい牛頭のケイオスをあっさりと倒してしまうなんて……」
「ただの通りすがりの輝術師ですよ」
さっきのアレは別にそれほど強くもなかったけどね。
「もしかして、レジスタンスの方ですか!?」
「えっ?」
レジスタンス……
私は後ろを向いて、こっそりとスーちゃんに尋ねた。
「レジスタンスってなんだっけ?」
「いま送る」
どれどれ。
レジスタンス【名詞】
抵抗。反攻。敵対。
権力者や侵略者に対する抵抗運動。
ほんと便利だねこの辞書機能。
スーちゃんがいれば私もしかして超ものしりさん?
それで、えっと、ビシャスワルト人の侵略に抵抗してるわけだから……
「いちおう、そうなるかな?」
「私たちを助けに来てくれたんですね!」
「あ、はい」
女の子は目を輝かせて喜んだ。
あんまり動くとまた傷が痛むよ。
「助けに来たっていえば助けに来たんだけど、実はまだ、この辺りで何が起こってるのかよく知らないんだ。詳しく教えてくれると助かるな」
ビシャスワルト人の町があるから尋ねてきたってだけだし。
改めて人間のために戦おうって決めたのも、たった今だからね。
※
「あいつらは、ある日突然現れて、私たちの町を襲ったんです……!」
女の子……
名前はラスティさんと言うらしい。
彼女は十一ヶ月と少し前に起こった侵略の様子を悔しそうに語った。
人類の反攻作戦が失敗したという噂は少し前から伝わっていたらしい。
けれど、その時はまだほとんどの町の人たちは事態を楽観していた。
エヴィルが襲ってきても輝士団が守ってくれる。
そんな風に誰もが無根拠に信じていたそうだ。
けど現実は、そんなに都合良くなかった。
「いきなり現れた牛頭のケイオス集団に、私たちの町は蹂躙されました。数時間の間に半数以上の人が殺されて、生き残った人たちは『殺されたくなければ抵抗を止めて捕虜になれ』という、やつらの命令に従うしかありませんでした。王都の輝士団がすでに壊滅していたと知ったのはその後のことです」
生き残った人たちは確かに殺されなかった。
けれど、狭い場所に集められ、ひとりずつ交代で拷問を受けた。
特に意味のない、本当に苦しませることだけが目的の、残虐な遊びのために。
「あいつらは、私たちをオモチャにするためだけに捕虜にしたんです……!」
ラスティさんは磔にされ、石をぶつけられていた。
あんなことがこの町ではたびたび行われていたらしい。
捕虜になった人たちは最低限の食事だけは与えられるけど、それは何日かに一度回ってくる拷問のためにただ生かされているだけ。
「外に連れて行かれ、夜中に帰ってきた者は、みんな顔もわからないくらいにボロボロになっています。中にはそのまま殺されてしまう人もいました。私の母も、拷問に耐えきれず……ううっ!」
ラスティさんは言葉を詰まらせ、顔を押さえて嗚咽を漏らす。
ひどすぎる、なんでビシャスワルト人はそんなことを……
「ビシャスワルト人はミドワルトに来ると、異常な『かわき』を感じるんだ」
私の心を読んだスーちゃんが説明してくれる。
「人間の『絶望』を感じると、強烈な快感と共に一時的にかわきが癒やされる。それがビシャスワルト人やエヴィルが積極的に人間を襲う理由だ」
「それって、前にカーディが言ってたやつだよね? エヴィルストーンがあるせいで、耐えられないかわきを感じるっってやつ」
「そうだ。ビシャスワルトのすべての生物にかけられた呪いだ」
呪い。
「ビシャスワルト人は人類が死に絶えるまで絶望を振りまき続ける。いや、あいつらのやり方を見る限り、絶滅させないよう永遠に家畜として飼い慣らすつもりかも知れないな」
淡々と説明をするスーちゃん
その表情は明らかに怒っているように見える。
脳内辞書で済ませず、わざわざ自分で語ったのも、不快感を伝えたかったからなのかもしれない。
「ビシャスワルトの生き物が人間を襲うのは、呪いのせいなんだ……」
「だが、やつら自身の意思でやっている。人間の立場なら放っておくことはできないぞ」
放っておけば人々を苦しめて殺そうとする。
どんな理由があろうとも、それは許しちゃいけない。
「……お願いします、輝術師様!」
ラスティさんは顔を上げ、瞳に涙と怒りの色を浮かべながら叫ぶ。
「私たちの町を取り戻して下さい! あのケイオスたちを追い払って、殺されたみんなのっ、仇を……っ!」
腕の痛みを思い出したのか、気持ちが昂ぶりすぎたのか。
彼女は途中で言葉を詰まらせ、その場で蹲ってしまった。
「だとさ、どうする?」
「どうするもこうするもないよ」
この町の中には今も閉じ込められて、拷問の順番待ちをしてる人たちがいる。
それを知ってしまった以上、無視して帰るわけにはいかない。
私は人間のために戦うって決めたんだから。
「行こう」
私は町の入り口へ向かう。
と、爪先にこつんと何かが当たった。
「なにこれ?」
しゃがんで拾い上げてみる。
それは黒く曲がった立派なツノだった。
「さっきの牛頭のやつのかな? なんでこれだけ消えなかったんだろ」
閃熱で焼き払われた牛頭は、細かい粒子となって消滅した。
エヴィルもビシャスワルト人も、ビシャスワルトの生き物はすべて、死ぬとエヴィルストーンを残して消滅する。
例外として、生きてるうちにエヴィルストーンを取り出せば、死んだ後も体が消滅しないみたいだけど、これはそういうのとは違う。
「あいつは『牛面族』っていう独特の文化を持っている部族だ。牛面族には自分たちでツノを作って、アクセサリーみたいに頭にくっつけるって風習があるんだよ」
「へー、あれって自前じゃなかったんだ」
だからこのツノだけは死んでも消滅しなかったんだね。
私は根元部分を自分の頭につけてみた。
おお、くっついた。
「みてみて、悪魔。がおー!」
「遊んでるとこ悪いけど、それ一度つけたら一生取れないぞ」
「えっ」
なんでそういうこともっと早く言ってくれないの?
「あ、あの、輝術師様……?」
振り向くとラスティさんがこっちを見ていた。
「ごめんなさい! 遊んでないです! すぐ町の人を助けに行きます!」
「い、いえ、それは別に良いのですが。まさか、お一人で行かれるつもりですか? レジスタンスの仲間の方たちはどちらに?」
「仲間とかいないんで……」
まあ、あの程度のやつなら何体いてもひとりで問題ないでしょ。
「ラスティさんは隠れてて下さい。戦いに巻き込まれるといけないんで」
「は、はあ……」
「ほら、そこの草むらとか。今のところ町の外にビシャスワルト人の気配はないから、中から逃げてくるやつにだけ気をつけていれば大丈夫ですよ」
そういうわけで、私はラスティさんを草むらの中に無理やり押し込んだ。
「隠れるだけじゃ危ないな。念のため罠を張っておけ」
「罠って?」
私が聞き返すと、スーちゃんは答える代わりに脳内辞書を送ってきた。
流読み、その17 自動攻撃について
輝術にはあらかじめ発動条件パターンを入力しておくことができます。
例えば、特定の状況下で自動的に敵を攻撃するといった使い方ができるでしょう。
具体的な方法は……
なるほどなるほど。
よし、とりあえず閃熱白蝶弾を発動。
ラスティさんの隠れている草むらの近くにみっつほど浮かべておく。
条件設定。
ビシャスワルト人がこの人に近づいたら攻撃してね。
「それ、触れたら大火傷するんで、絶対にさわらないで下さいね」
「わ、わかりました」
さて、それじゃ改めて行きますか。
ビシャスワルト人に占領された町を開放しに、ね。




