582 辞書機能付き
パサパサのパン。
お豆だけの塩っぽいスープ
味気のない食事だけど、身体に染みこむようで……
「ごちそうさまでしたワ。とってもおいしかったでしたワ」
「聖女のおねえちゃん、ごはん全部食べてくれた!」
「こんなまずい食べ物しかなくってゴメンナサイ」
いやいや本当に美味しかったよ。
なにせ、十一ヶ月ぶりの食事だからね。
そういえば私、よく飲まず食わずで死ななかったな。
「いちおう薬湯は飲んでたけどな。体内に多量の輝力を持つ者は、生命維持のためのエネルギー変換が自動で行われるんだ。エヴィルが食事をしなくても生き続けられる理由がそれだ」
へーそうなんだ。
って、それってつまり……
私がもう人間じゃないってこと?
「聖女のおねえちゃん、どうして悲しそうなの?」
「なんでもないワよ」
いいもん、心は人間だから。
さて、それじゃ改めて自己紹介しましょう。
いつまでも聖女さまごっこしてても仕方ないしね
「看病してくれてありがとう。私はルーチェ、聖女じゃないけど輝術師だよ。お礼になんでもするから、何か役に立てることがあったら言ってね」
「パロマです!」
「シスネです!」
元気よく挨拶する二人。
かわいい。
「二人は兄妹なの? お父さんとお母さんは?」
さすがに子どもたちだけで私の面倒を見てたってことはないはず。
ご両親にも挨拶しておきたいなって思ったんだけど。
「シスネは妹じゃないよ」
「パロマはともだち。お父さんたちは……たぶん、しんじゃった。『だいはかい』で」
「え……」
「でも、アグィラがいるから寂しくないよ!」
「あ、その、ごめんなさい」
よくわからないけど、複雑な事情があるみたい。
「あ、アグィラが帰ってきた!」
男の子……パロマくんが窓の外を見た。
薄暗い外の景色の中、生い茂る木々の間を誰かが歩いてくる。
「シスネ、聖女さまが起きたって教えに行こう!」
「うん!」
「あ、まって」
二人は止める間もなく、またドタバタと騒がしく部屋から出て行った。
本当に元気いっぱいな子どもたちだね。
私は聖女さまじゃないんだけど。
「スーちゃん、あの子たちの事情は知ってる?」
もし子どもたちに悲しい過去があるなら、本人に聞くのは可哀想だから、すでに知り合いらしいこの妖精もどきに聞こうと思ったんだけど。
「本人に聞けよ。ちょうどおっさんも帰ってきたことだし」
「それが気まずいからあなたに聞いてるんだけど……って、どこ行くの?」
「おっさんのところ。お前も来いよ」
「私、歩けないんだけど」
ずーっと寝てたせいか、体がものすごく弱ってるんだよ。
ベッドの中で触ってみると足にお肉が全然ついてないのがわかる。
「足、外に出して」
「あはい」
お尻を基点にくるりと回転して足を外に出す。
それだけの動作が、すごく辛い。
スーちゃんは私の履いてるズボンの裾を掴んで、一気に脱がせた。
「うわ……」
私の足、細い。
ダイエット成功!
……なんて言えないくらい、見てて辛いくらいやせ細ってる。
これ、ちゃんと元通りになるのかな……
「すぐ戻るよ。ほら、自分で治療しな」
「え?」
「火霊治癒だよ」
いや、別に怪我とかじゃないんだけど。
「火霊治癒は外傷を治すだけじゃなく、体力回復の効果もあるぞ」
「そうなの?」
「説明するのは面倒くさいから、情報送る」
「情報って……わわっ!?」
スーちゃんの右手がぴかっと光った、その直後。
な、なんだこれ!
頭の中になにか入ってくる!
えーと、なになに……
※ 治癒術について、その2。
治癒の術には系統ごとにさまざまな種類があります。
各種系統の違いの詳細は下記の通り。
まずは最も一般的な水霊治癒。
輝力消費はそこそこ大きいですが、治癒効率はとても良いです。
ただし欠点もあり、治癒を受けた対象は体力を著しく消耗してしまいます。
このため、戦闘中の応急処置にはあまり向いていません。
戦闘終了後の回復手段として使いましょう。
次にメジャーな風霊治癒。
この治癒術は全系統の中で治癒効率が最も低いです。
また、完治までに掛かる時間が長いのも特徴と言えます。
水霊治癒と違い、怪我が治った後もしばらく痛みが消えません。
治癒後の体力低下がないという利点がありますが、急場の応急処置くらいにか使えないでしょう。
よほど風系統が特異な術者以外は無理に習得する必要はありません。
三つ目は火霊治癒。
この治癒術は全系統の中で治癒効率が最も高いです。
治癒後の体力低下もなく、現象した体力も回復させてくれます。
ただし大きな欠点として治療箇所を炎で包むためにものすごく熱く(火傷はしません)、治癒後は傷の痛みが数倍から数十倍に増幅されてしまいます。
痛みに耐えてでも急速回復したい時や、治癒対象者がよほどの変態でもない限り、まともに使えない術だと思ってください。
下手をしたら痛みで発狂して死亡する可能性もあります。
四つ目は土霊輝術――
「あとはいっか」
「待って! なんなの、このいきなり頭に浮かんだ辞書みたいな文章!?」
「私にインプットされてるデータをお前の脳に直接書き込んだんだよ」
なにそれ、意味わからないんだけど!
知らないはずのことを強制的に理解させられるのって、すごい怖い!
「スーちゃん、本当に何者なの……」
「超古代のサポートロボットだよ。さっき言っただろ」
「初めて聞いたよ! っていうかロボットって何!?」
そんなよくわからないモノがずっと私の中に入ってたなんて!
しかも時々は意識を乗っ取られてた事もあるみたいだし。
こいつ、今のうちにやっつけておいた方が……
「おい、物騒なこと考えるなよ!」
「心の声まで読めるの? やっぱり危険だ……」
「閃熱を使おうとするのはやめろ! 私は実体がないけど、熱にだけは弱いんだ!」
まあ、冗談だけどさ。
とりあえず、治療すれば元通りになるみたいだし、はやく治しちゃおう。
「火霊治癒!」
ぼうっ、と私の両足が炎に包まれる。
もちろん痛みはなく、熱いとも感じない。
これ、さっきの説明通りなら、私が痛みを感じない体じゃないなら大変なことになってるんだよね……
よかったとは言えないけど、今まで気にせず使いまくってたことを考えるとゾッとする。
……いつかまとめて痛みが襲ってくるとかないよね?
「あっ」
炎が消えると、肌にみるみる赤みが差していく。
折れそうに細かった足が元通りになる。
力が漲ってくる感じがする。
「よい……しょっ」
思い切ってベッドから出て、両足でしっかり立ち上がってみる。
少しふらついたけど、力が入らないことはない。
やった、ちゃんと歩けるぞ!
「おい、浮かれてないでズボンくらい履け」
「わかってるよ」
別に浮かれてないし。
私は受け取ったズボンに足を通した。
そう言えば、私の術師服はどこ行っちゃったんだろう。
あと、今着てるこのパジャマみたいな服、ここの家の人のなのかな?
「お前の服ならおっさんが保管してくれてると思うぞ」
「そう、よかった」
先生からもらった服だし、なくなったら困るもんね。
「あ」
「どうした?」
部屋のドアに手を掛けようとして、私は動きを止めた。
「グレイロード先生は……」
「それも後で説明してやるから」
眠りにつく前、最後に見た記憶。
空に浮かぶ島。
ゆっくり落下する異世界のお城。
その下にあった、新代エインシャント神国の神都。
そして、私に「後は頼むぞ」って言った、傷ついた先生の姿。
私は十一ヶ月も眠っていた。
その間に先生は、みんなは、世界は。
あれからいったい、どうなったんだろう……




