581 脳内妖精さん
ふう、なんとか子どもたちの尊敬を損なわないで済んだワ。
とりあえず体を動かすのも億劫なので、もう一度ベッドに横たワろうとすると。
――くく、くくくくっ。
「だ、誰ですワ!?」
とつぜん謎の笑い声が聞こえてきた。
首を振って部屋の中を見回す。
私以外は誰もいない。
「気のせい……でしたのワ?」
――くははっ、おい、いつまでそのマヌケな喋り方を続けるんだよ!
やっぱり気のせいじゃない!
女の子の声がすぐ側で聞こえてる。
ううん、すぐ側って言うより、これは……
「こいつ、直接脳内に……!」
――お、気付いたか?
「気付いたじゃないよ! いるなら姿を見せて!」
――そう慌てるなって。
頭の奥がビクンって震えた気がした。
かと思うと、私の口からぼやぁっとした光が漏れる。
なにこれ、幽霊!? めちゃくちゃキモチワルイんだけど!
光は空中の一点に集まる。
それは私の目の前でぼんやりと形を作っていった。
だんだんと輪郭がハッキリして、やがて小さな女の子の姿が浮かんだ。
小さいって言っても、幼いって意味じゃない。
文字通り掌に載るくらいのサイズの子だ。
「かわいい!」
「おっと」
掴まえようとした私の手をすり抜け、その女の子は天井近くまで上昇する。
「ぐぬぬ……」
「お前の行動なんてお見通しさ」
小馬鹿にしたような顔で見下ろす小さい女の子。
私は改めてその子の姿をよく観察する。
飛んでるけど、羽や翼があるわけじゃない。
着ている服はお人形さんみたいな真っ白いワンピース。
髪の色は真っ黒だけど、肩で切り揃えた髪型は、昔の私にそっくり。
というか、全体的に私によく似てるね。
どうみても人間じゃないけど。
「あなた、誰なの?」
「誰だと思う?」
質問を質問で返さないで欲しい。
えーっと、あれだ、ほらなんて言ったっけ。
「エヴィルの……小さくて翅が生えてて、足から輝力吸うやつ……」
「フェリキタスじゃないよ」
「そう、それ! フェリなんとか!」
「だから違うって」
じゃあなんなのよ。
「わかってもらえないなんて傷つくなあ。私たち、ずーっと一緒にいたのにさ」
全然傷ついてるように見えないけどね、笑ってるし。
……って、ずっと一緒にいた?
「っていうか、あれだね。お前、まだ記憶が混乱してるだろ。自分がなんでここにいるのかもわかってないみたい」
「う……」
確かにその通りなんだけど。
あれ、もしかして私、記憶喪失ってやつ?
「そんな深刻なものでもないよ。いま気付けてやるから、ちょっと頭をだしな」
「待って。何するつもり?」
小さい女の子は全身から光を放ち、輝く球体になる。
そのままぐるりと回って後頭部めがけて体当たりしてきた!
ごち!
「なにする!」
「思い出した?」
「そう簡単に思い出…………した」
まるで川の水を堰き止めていた堤防が決壊するように、頭の中に無数の記憶が流れ込んでくる。
フィリア市の日々。
熱い夏の日、男の子との出会い。
たくさんの決意をもって、生まれた街を旅立ったこと。
そして、そして……
冒険の日々。
仲間たちとの旅。
輝術師としてエヴィルと戦う私。
やがて、世界の命運を背負って異界に突入し……
負けた。
私たちは、エヴィルの王――魔王と、その側近と戦って、負けた。
絶望に沈む中、私は命からがらグレイロード先生に逃がしてもらって、それで……
「あれから今まで、ずっと眠ってた?」
「そうだ。力を使い果たし、輝力欠乏症になってな」
「それじゃ、みんなは、世界は……っ!」
私は起き上がろうとして、体に力が入らないことを思い出した。
「落ち着けよ。慌てたところで、今のお前じゃ何もできやしないぞ」
「先生は!? ジュストくんたちはどうなったの!?」
「それも後で説明してやる」
輝力欠乏症って言葉は、吸血鬼事件の時にも聞いたことがある。
私は以前に一度だけそれにかかったことがあった。
あの時は三週間くらい眠っていたはず。
その時はたしか、悪の輝術師との戦いで力を使い過ぎたからそうなった。
でもそれは私の意志じゃなくて、私の中で呼びかけてきた何かに意識を乗っ取られて……
「あなた、もしかしてずっと私の頭の中で話しかけた人?」
「そうだよ」
小さい女の子はあっさり肯定した。
私の知らない別人格とかじゃなかったんだ。
「もう一つの魂……ってやつ?」
ベラお姉ちゃんから聞いた話。
命とは別に、人から人へと渡り歩くもの。
それが私の天然輝術師としての力の源で、以前はプリマヴェーラに取り付いていたって……
「ああ、それ嘘だから」
「嘘?」
「もう一つの魂なんてものは作り話だってことさ。単なる伝承っていうか、そもそも天然輝術師なんて、現実には存在しないし」
「は? でも、私は……」
「お前の力は単なる遺伝だよ。魔王のね」
「魔王……聖少女……」
私の本当の両親。
母親は五英雄の聖少女プリマヴェーラ。
そして、父親は……
「私、エヴィルなの?」
「まあ、その話は置いておいて」
「いや置いておかないでよ!」
すっごくシリアスな話してるはずなんだけど!?
なんなのその「後で説明するから今は黙っててね」みたいな言い方!?
「っていうか、結局あなたは何者なのよ!」
「紅武式非実体型子守用輝子人形、SWZAM/6だ」
え、何?
「ごめん、もう一回言って」
「どうせ何回言っても理解できないだろうし、名前だけわかりやすい発音で言うよ。スーザム=スラッシュシックス。それが私の商品名だ」
「スーザ……何? 商品ってどういうこと?」
「呼びにくかったらスーでもスーザムでも何でもいいよ」
じゃあ、スーちゃんで。
「私はお前のお守り兼監視役みたいなもんさ。今から十六年前、プリマヴェーラがお前をビシャスワルトから連れ出した時にお前の頭の中に埋め込まれたんだ」
「そんなずっと前から私の中にいるの!?」
「うん、お前のことなら何でも知ってるよ。たぶんお前自身よりずっと詳しくね」
なんだそれ、こわい!
物心ついた時から頭の中に住み着かれてたとか、すっごい不快なんだけど!?
っていうか今になって思い出せば、この子いろんなところで顔出してない!?
今さらながら、カーディに乗っ取られてたメガネさんの気持ちがわかった気がする!
「もちろん監視だけが目的じゃない。それとなく正しい方向に誘導したり、万が一の時には意識を交代して危機を救うこともあった。何度か私と代わった覚えあるでしょ?」
「あるよ……」
むしろ、なんで今まで気付かなかったんだろ。
明らかに何度も話しかけられてたじゃん……
「で、なんで今になって堂々と私の前に姿を現したの?」
「それは色々理由があるんだが、これまでみたく陰からこっそりって余裕はなくなったってのが大きい。正直言って、今の状況はかなりヤバいんだ」
あ……
私たちが、負けたから……?
「そんなに、ひどいの?」
「詳しい話は追々してやるよ。それより今は――」
廊下をドタドタと駆ける足音が聞こえてくる。
かと思うと、半開き状態だったドアが勢いよく開いて、
「眠れる聖女さま、おまたせー!」
さっきの子たちが戻ってきた。
男の子はパンとスープの入ったトレイを持っている。
わあ、良い匂い……って。
わわわっ!
いま入ってこられたら、スーちゃんがいるのバレる!
人形だって言っても誤魔化せそうにないし、もしエヴィルだと思われたら――
「あ、妖精さん、こんにちわ」
「おう。食事の用意ごくろう」
「あはは。妖精さん、えらそうー」
……って。
「すでに知りあいなのかワ!」
「もうその喋り方いいから」




