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閃炎輝術師ルーチェ - Flame Shiner Luce -  作者: すこみ
8.5章 侵略されし世界 - war of the remaining knight -
572/800

572 ▽悪夢の夜

 ジュストは広場をなんとなく散歩していた。

 任務がないからといって、宿舎に閉じこもっていては気が滅入るだけである。


 時々すれ違う連合輝士団の人間からは嫌な顔をされるが、人々の笑顔に触れて気持ちを落ち着けることも、時には大事なことだと思う。


 特に最近は、心が荒むような事ばかり続いているから……


「おい、そこのお前」


 背後から声をかけられた。

 女性の声であるが、シルクではない。

 軽鎧に身を包んだ金髪ウェーブヘアの女輝士が睨んでいた。


 彼女には見覚えがある。

 以前、会ったことがある人物だ。


「久しぶりだな。英雄王の息子、ジュスティッツァ」

「あなたは……ベレッツァさん」


 ベレッツァ、愛称はベラ。

 が姉と慕っていた、偉大なる天輝士の称号を持つ女輝士である。

 以前にジュストとはビシャスワルトに向かう侵攻メンバーの座を争った過去がある。


 今回の輸送隊に同行していたのだろう。

 彼女は険しい表情でこちらに近づいてくる。

 ジュストは思わず顔を伏せ、視線を逸らした。


「なあ、約束は覚えているか」

「……ええ」


 彼女をよろしく頼む、と

 代表を譲ってもらった後、ベラはジュストにそう約束させた。


 それをジュストは守れなかった。

 自分だけがおめおめと生き残ってしまった。

 守ると誓った相手は行方不明で、おそらくはもう――


「アルジェンティオ様から事情は聞いている。お前が決して臆病で逃げ帰ったわけでもないことも、一応はわかっているつもりだ」


 言葉は冷静。

 しかし、ベラの肩は震えている。

 大切な人の仇を見るような目で睨んでくる。


「だが、私はお前を許さない。約束を守らなかったことを、絶対に許さない」

「……はい」


 痛いほど真っ直ぐな怨嗟の声。

 ジュストは言い訳する言葉を持たなかった。

 ベラはジュストに背を向け、やや声のトーンを落として言う。


「輝士としてあるまじき逆恨みだ。私を軽蔑しても構わない……」


 ベラも悲しいのだ。

 大切な人を失ってしまったことが。

 誰かに恨み言をぶつけられずにはいられないほどに。


 軽蔑などできるはずがない。

 しかし、謝罪をすることもできない。

 それは彼女を余計に惨めにさせるだけだから。


 ベラの怒りはこの身で受けるしかない。

 無論、それで許されるとは思えないけれど。


「邪魔をしたな」


 去って行く女輝士の後ろ姿を眺めながら、ジュストはその向こうに、の悲しそうな顔を見た気がした。




   ※


 暗い。


 真っ暗闇だ。

 自分の手足さえも見えない闇だ。

 僕の心は言いしれぬ不安で満たされている。


 闇の中にうっすらと誰かの姿が見える。


 自分より頭ひとつ半背の低い女の子。

 肩で切りそろえた綺麗なチェリーブロンドの髪。


 だ。


 見慣れた顔。

 なのに、どこか違和感がある。


 笑っていないのだ。

 彼女はいつも僕に笑顔をくれた。


 悲しんだり落ち込んだりすることもあったけど。

 いつも必ず、最後は自分で立ち直れる、とても強い人だった。


 彼女がいなければ僕は何もできなかった。

 有り余る才能を持ち、その力で何度も助けてもらった。

 本当は戦いなんてしなくてもいい、普通の女の子だったのに。


 だから僕は彼女を守ろうと必死に剣を振った。

 それでも力及ばずに、傷つけてしまった事もあった。

 そんな僕に彼女は、いつも屈託のない笑顔を向けてくれた。


「どうして?」


 今の彼女は笑っていない。

 悲しそうな、怒りを堪えているような顔だ。

 今にも泣き出しそうな表情で、糾弾するように僕を見ている。


「どうして、私たちを置いて帰っちゃったの?」


 違う。

 そんなつもりはなかった。

 あれは全部アルジェンティオが悪いんだ。


 言葉が出ない。

 彼女に僕の声は届かない。

 卑怯は承知で言い訳のひとつもしたいのに。


「酷いよ。辛かったのに、怖かったのに……」


 やめてくれ。

 そんな風に僕を責めないでくれ。

 だって、だってあれは、仕方なかったんだ。


「うそつき」


 違う。

 そうだ。

 仕方なくなんてない。

 僕は彼女を守れなかったんだ。

 その変えようがない事実があるだけ。

 悪いのは僕だ。


「それで?」


 認めてどうする。

 僕は受け入れているのか。

 そんなのは単なる格好つけだ。


 彼女は死んだんだ。

 僕のせいで。


「そうだよ。とっても痛かったんだからね」


 ごめん。

 謝りたいのに。

 言葉がなにも出てこない。


「絶対にゆるさないから」


 そんな風に睨まないでくれ。

 見たくないのに、目を逸らすことができない。


「ジュストくんなんて、だいっきらい」


 もうやめてくれ。

 聞きたくないのに、耳を塞ぐことすらできない。


 彼女は僕を責める。

 恨みのこもった目で怨嗟の言葉を吐く。

 ずっと、ずっと、僕の精神がすり切れるまで、ずっと。

 まるでそれが見殺しにされたことへの復讐だと言わんばかりに。

 永遠とも思える時の中、暗闇の中の彼女は、永遠に僕を責め続けていた。




   ※


 ジュストは布団を撥ねのけた。


「はぁ、はぁ……」


 呼吸を荒げ、胸を押さえる。

 混乱した頭で夢と現実の境を探す。

 視界は暗いが、何も見えない真っ暗闇ではない。


 窓から月明かりが差し込み、仄かに室内を照らしている。

 全身が嫌な汗でべとべとに濡れていた。


 ……また、あの夢だ。

 彼女に何度も糾弾される悪夢。

 よほど深い眠りに陥っている時でもなければ、いつも見てしまう。

 そのたびにジュストは強烈な自己嫌悪と後悔に苛まれ、魘されながら起きる。


 この後はきっと、明け方まで何度も繰り返し同じ夢を見るだろう。


 もう眠りたくない。

 けれど明日は見回りの任務がある。

 少しでも眠って体力をつけなければいけない。


 混乱する頭でなんとかそう判断したジュストは、布団を被ってまた目を閉じた。


 何も考えない。

 薄情だと責められても、今は眠りたい。


 長い時間が経った。

 何時間も過ぎた気がする。

 数分も経っていない気もする。


 ようやく眠気が訪れた。

 頭の中で破裂音が鳴り響く。

 強い耳鳴りと落ちていく感覚。


 いつのまにか目の前に彼女が立っている。

 もう休ませてくれと懇願する。

 声が出ない。

 夢だと気付く。

 起き上がろうとする。

 体が動かない。

 彼女が睨んでいる。

 助けてくれと叫ぼうとする。

 声がでない。

 彼女が糾弾する。

 夢よ目覚めてくれと願う。

 もうここから逃げ出したい。

 ノックの音がする。

 助けてくれと叫ぼうとする。

 低いうなり声しか出てこない。

 誰かの声がする。

 体が軽くなる。

 立ち上がってドアまで走る。

 鍵を外す。


「あっ……」


 目の前に立っていたのは、ピーチブロンド(桃色の髪)の少女。

 ジュストはその場で膝を突いて頭を垂れた。


「ごめん、ルー、ごめん……」


 ようやく声を出すことができた。

 ジュストの言葉に彼女が応える。


「えっ、あの、顔を上げてください! どうしたんですか!?」


 しかし、その声は彼女のものではなかった。

 気付けばジュストはベッドから降りてドアの前にいた。


 部屋の中に太陽の光が差し込んでいる。

 跪く彼の前には不安そうな顔のシルクが立っていた。


「あっ……」


 いつの間にか夜は明けていた。

 夢と混同し、シルクを彼女と間違えてしまったらしい。

 ジュストは顔を赤くしながら、すぐに立ち上がって姿勢を正し、謝罪した。


「も、申し訳ありません。起きたばかりで少し混乱してて……というか、なぜあなたがここに?」


 連合輝士団の宿舎に寝泊まりしているのは、基本的に男ばかりである。

 もちろん王女様相手に狼藉を働く不埒な輝士などいないはず。

 とはいえ、女性が気軽に来るべき所ではない。


「お加減が優れないと聞いたので、何かお力になれるかと思って伺いました。ご迷惑でしょうか?」

「迷惑ではありませんが、わざわざ僕なんかのために……」

「ジュストさんは私の命の恩人です。できることがあれば、なんなりとお申しつけください」


 ジュストはうろたえた。

 一介の輝士ごときが他国の姫君に気遣われるなど、分不相応にも程がある。

 しかも女中の真似事をさせたとあっては、気まずいを通り越して、不安さえ覚えてしまう。


「や、やめてください。僕は大丈夫ですから、どうかお気になさらず」

「しかし、ひどく魘されていました」


 思わず言葉に詰まる。

 うなされていたのは事実だろう。

 現実との境がつかなくなるほどの悪夢を一晩中見ていたのだ。

 廊下にまで声が届いていたとしても不思議ではない。

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