568 ▽鉱石人族
「はあああっ!」
気合いと共に飛びかかり、手にした刃を振り下ろす。
敵の体は通常の輝攻戦士でも簡単に砕けないほどに固い。
自身の防御力に絶対の自身があるのだろう。
岩石……いや、鉱石の体を持つ異世界人は、両腕を頭の前で交差させた。
刃が敵に振れる瞬間、聖剣メテオラが白き闇を思わせる光を纏う。
超新星。
速さ重視で撃ったため、多少の手加減はしてある。
並の輝攻戦士が放つ輝粒子のおよそ二〇倍の濃度の輝力を叩き込んでやった。
「オ……?」
鉱石の異界人の体を、名刀でゼリーを裂くがごとく、あっさりと両断する。
断末魔の悲鳴すらなかった。
後に残ったのは、この異界人が決して弱くないことを示す緑色のエヴィルストーン。
「すでに魔王軍に占領されていたのか……」
ジュストは剣を鞘に収めて背後を振り返った。
同行する二人の輝士は怪物を見るような目で彼を見ている。
「町の調査に行こうと思います。ビシャスワルト人がいる可能性が高いと思いますが、お二人はどうされますか?」
ジュストはいちいち気にしない。
それより怖じ気づいた仲間が邪魔になる方が問題だ。
できるだけ彼らの顔を潰さないよう、丁寧な口調で聞いてみる。
「いや、そういうことなら俺たちはここで待機しているよ。もしもの時のために外で見張っている人間も必要だろうからな」
「わかりました」
彼らの態度を臆病とは言うまい。
そもそもは単純な保護任務のはずだった。
魔王軍と戦うことが想定された兵力ではないのだ。
無論、アルジェンティオはある程度こうなる事を予測をしていたはずだ。
だからこそ、最大戦力であるジュストを派遣したのだろう。
「万が一があれば僕のことは構わずに逃げてくださいね」
すでに二人も死んでいるのだ。
これ以上、無駄な犠牲者は出したくない。
ジュストは彼らに念を押し、ひとり町の中へと入って行った。
※
町に入ってまず目に映ったのは、明け方にも関わらず民家から出てくる無数の人々だった。
ビシャスワルト人ではない。
この町の住人と思われる若い男女である。
見たところ三十代より上の人はなく、皆うつろな目でどこかへ向かっている。
そのうちの何人かはジュストに目を向けたが、すぐに視線を逸らして、また移動を開始する。
「すみません、何をなさっているんですか」
一人の青年を呼び止めて訪ねてみる。
随分とやつれた顔をしていた。
青年はうるさそうに言う。
「仕事に決まってるだろ」
「こんな早朝からですか?」
もちろん、明け方から働く人もいるだろう。
しかし、こんな大勢でどこに向かっているというのか。
「……あんた、よそ者か」
「ファーゼブル王国の輝士です。とある任務でやって来ました」
別に極秘任務というわけではないので、ジュストは正直に自分の身分を話した。
この町のどこかにいるはずの保護対象を探すためにも、ある程度は住人の協力が必要だ
「町の入り口にビシャスワルト人が立っているのを見ました。もし魔王軍がこの町を支配しているとしても、もう大丈夫です。僕たちがすぐに――」
「やめろ!」
男は血走った目でジュストを睨んで大声を上げた。
「余計なことをするんじゃない。俺たちはこのままでいいんだ」
「な、何を言ってるんですか……」
「働きさえすれば飯は食える、それだけで十分だ。別に助けて欲しいなんて思っちゃいないんだよ」
彼は心底から何かを恐れている。
この町が魔王軍に占領されているのは間違いないようだ。
しかし、今のところ入り口に立っていた鉱石人以外のビシャスワルト人は見かけない。
人々が労働力として使役されている事はなんとなくわかる。
だが、彼らはどうしてこんなふうに、従順に従っているのだろうか?
ジュストが言葉を失っていると、青年は逃げるように走り去ってしまった。
今の会話も、他の人たちは見て見ぬフリだ。
きっと誰に聞いても同じような反応が返ってくるだろう。
この町で何が起こっているのか、調べないわけにはいかないようだ。
※
町の人たちは全員が同じ仕事をしているわけではなかった。
主に建物の解体と、空き地になった土地の開墾である。
町の半分を潰して耕地を作ろうとしているらしい。
屋根の上に登って見下ろしてみる。
背の高い鉱石人の姿はすぐに見つかった。
彼らは一軒一軒民家を回ってサボっている人がいないか探したり、モタモタと作業をしている人を見つけてはどやしつけたりしている。
どうやらまだ、門番がいなくなったことには気付いていないようだ。
この町にいるビシャスワルト人はすべて鉱石人族である。
数は全部で五体なので、一体ずつ仕留めれば全滅させるのも難しくない。
だが、敵を一撃で屠る威力のある超新星は消耗が激しい。
ヘタに動くよりも、まずは状況を把握することに努めよう。
支配されている人の数はざっと数えた感じで一〇〇人くらいか。
町の規模を考えれば、その倍くらいは住んでいそうな感じだが……
「いやああああっ!」
女の悲鳴が聞こえた。
ジュストはそちらに視線を向ける。
みすぼらしい格好の若い女性が鉱石人に腕を掴まれていた。
向かう先はひときわ大きな建物。
建物ではあるが、人が住む屋敷の類いではない。
石を高く積んだ小屋のような感じで、大きな入り口が開いている。
おそらく鉱石人の居住地だろう。
失態を犯した人を連れて行っているのだろうか。
女は半狂乱になっており、その怯え方はどう見ても尋常ではない。
助けに行くべきか迷っていると、脇の路地から人が飛び出した。
その人物は手にした棒きれで鉱石人に殴りかかった。
ジュストはその姿を見て思わずドキリとする。
飛び出したのがピーチブロンドの少女だったからだ。
彼女ではない。
その人の髪は腰まで届くほど長い。
だが、思わず目にしたその色に、胸が強く締め付けられた。
ピーチブロンドの少女は鉱石人の背を何度も殴りつけている。
が、当然ながらまともなダメージは与えられない。
鉱石の怪物は掴んでいた女を放り投げた。
それに巻き込まれ、ピーチブロンドの少女も折り重なったまま建物の壁に叩きつけられた。
「ちっ!」
ジュストは反射的に駆けだした。
屋根を伝って二〇〇メートルほどの距離を一気に詰める。
その間に聖剣メテオラの輝力を増幅し、一撃必殺の白い闇を作り出す。
屋根から飛び降りると同時に、鉱石人の脳天に刃を突き刺した。
そのまま剣を振り抜く。
敵の上半身が手応えもなく裂けた。
鉱石人族の体は細かい光の粒になって消える。
ジュストが地面に降り立つと同時に、緑色のエヴィルストーンがひとつ路地に転がった。
「くっ……」
さすがに二回連続で超新星を使った消耗は激しい。
疲労は溜まっているが、弱音を吐いている場合ではない。
ジュストは助けた少女たちに向き直った。
「ひいいいっ!」
「あっ」
最初に腕を引かれていたみすぼらしい格好の女性は、一目散に逃げ出してしまった。
追いかけるべきか迷ったが、あの調子では掴まえても話はできないだろう。
それより、落ち着いた様子のピーチブロンドの女性に話を聞こう。
「あの、少しお話を伺いたいのですが……」
「あなたは、もしかしてジュストさんですか?」
目の前で目を丸くして驚いている少女。
それは彼女ではないが、ジュストも知っている人物だった。
ピーチブロンドの髪は聖少女プリマヴェーラに憧れて染めたもの。
鉱石人相手にも飛びかかった勇気は無鉄砲さの表れでもある。
「あ、えっと……シルフィード様、でしったっけ」
「シルクで結構ですよ、ジュストさん」
彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「よかった。チェアーは無事にルティアに辿り着いたんですね」
王族でありながら、城を飛び出し冒険者の真似事をしていた不思議な少女。
ジュストとは前の旅で二階ほど行動を共にした程度の関係である。
それでも彼女にとってはようやく出会えた知り合いなのだ。
新代エインシャント神国の第二王女、シルフィード。
プロスパー島から逃げ出した重要人物とは、彼女のことで間違いないだろう。




