566 ▽荒れた花の都
「却下だ」
食事を終えたジュストはさっそく司令官室に向かった。
輸送隊の護衛に志願するが、あっさりと却下されてしまう。
「何故ですか? このままでは士気にも大きく影響しますよ」
前回と違って、感情のままに怒鳴り込みに来たわけではない。
一介の輝士として意見具申をしに来たのである。
あくまで礼儀を持って食い下がった。
英雄王は大きなため息を吐き、わからない子を諭すように言う。
「自分の立場を理解していないのか? 二重輝攻戦士であるお前は、この連合輝士団の最大戦力なのだぞ。もし不意の敵襲があった時に、お前が戦えるか否かで、戦局は大きく変わってしまう。ひとつ采配を間違えば数万の民を殺す結果になるのだ」
「食料がなければその民が飢えてしまいます。私が無理なら他の者でも構いません。一刻も早くしかるべき護衛をつけた輸送隊を編成しないと」
「そういうことなら問題はない。すでにファーゼブル王国に大規模な補給部隊を要請してある。もちろん、輝攻戦士による護衛付きでな」
それを先に言えよ……
と思ったが、必死に言葉を飲み込んだ。
連合輝士団の司令官という立場なら、考えていて当然だった。
勝手に早とちりして、立場もわきまえず司令官室に押しかけた自分が非常識なのだ。
やはり自分は英雄王の息子という立場に甘えているのかもしれない。
これからは事ある毎にここに来るのはやめよう。
いつか剣を抜いてしまいそうだし。
※
翌日は何の任務も命じられなかった。
基本的には宿舎で待機しているべきだが……
ここにいると、周りの輝士たちからの悪意の目が辛い。
別に耐えられないことはないが、他の輝士たちも自分がいては目障りだろう。
なので、ジュストはルティア内を散歩して時間を潰すことにしていた。
食堂のおばちゃんが言っていた通り、市内の様子は酷いものだった。
かつては花の都とまで呼ばれていたセアンス共和国の中心都市ルティア。
今は資源とエネルギーの節約から花壇を管理する者もいない。
花々は枯れ果て、無残な姿を晒している。
中央広場の噴水は止まり、濁った水が凪いでいる。
剥がれたタイルは修復されることもない。
商店街の店舗は軒並み閉鎖され、人通りもほとんど見られなかった。
昼間はそれでもまだマシだが、夜間は輝工都市の象徴である輝光灯も制限されて、まるで街全体が隔絶街のような雰囲気になってしまう。
工場も稼働していない。
外から物資が入ってこないから経済は完全に停滞してる状態だ。
市民たちはみな家に引きこもって日に二枚だけ配給されるパンで食いつないでいる。
それでも、この辺りはまだいい方だ。
東の端にある隔絶街や、その周辺部の貧民地区はもっと酷い。
そこは魔王軍に占領された輝工都市から逃げてきた者たちが避難民として暮らしているのだが、土地不足のため間に合わせの仮設住宅に押し込まれており、異様な過密状態になっている。
運良く生きてルティアに辿り着けても、難民達は飢えと隣り合わせ
そんな人達の暮らしを思うと本当に心が痛む。
すれ違う人といえば、暴動が起きないよう警邏している国衛軍の憲兵くらいである。
彼らは周囲に鋭く目を光らせており、目が合うと露骨に睨み付けてくる。
「ふん」
憲兵は連合輝士団の記章に気付くと、鼻を鳴らせてそっぽを向いた。
彼らは他国の兵が国内に駐屯することを快く思っていない。
セアンス共和国はもともと内向きの監視が強く、外向きの戦力が弱い傾向にある。
これは発展の時代に王政が打倒されて以来の国柄であった。
魔動乱期も国内のエヴィル退治は冒険者に任せっきりだったと言う。
その代わり、冒険者ギルドには経済発展による潤沢な税金を投入していたようだ。
輝士団は存在していたが各地方ごとに分散され、場所によってはほとんどお飾りレベルだったらしい。
ルティアでは輝士団は国衛軍と名を変え存続しているが、議会都市アンデュスなどでは、先の事件の直前までまともな輝士団すら存在していなかった。
真っ先に壊滅した農業都市リュッシュに至っては、ほぼ完全に軍備を捨てていたらしい。
セアンス共和国内は各輝工都市の自治性が非常に高い。
そのせいで都市ごとにこのような違いが発生するのだ。
ルティアの国衛軍も他の大国の輝士団に比べるとかなり脆弱だ。
輝士団と輝術師団が一元化されているのは他国にはない特徴と言えるだろう。
国民からの徴用なので兵数だけは多いが、その分どうしても個々の兵士の練度が低い。
結果として連合輝士団に頼ならければ国を守れない。
彼らにとっては面白い状況とは言えないだろう。
こんな時こそ国家の垣根を越えて協力し合うべきだと思うのだが、国衛軍は一貫して連合輝士団との合一化を拒否し続けている。
なかなか上手くはいかないものだ。
なにせ、連合輝士団内でも多くの不和を抱えているくらいなのだから。
しばらく街を歩いていると、民衆が集まっている一角を見つけた。
彼らの中心には台上に乗って大声でなにやら演説をしている者がいる。
「諸君らがこのような厳しい状況に陥ったのは一体誰のせいか!? どうすればかつての平和を取り戻せるのか!? それを私は、ここでハッキリと皆さんに進言したい!」
中央議会の議員のようだ。
セアンス共和国では選挙で選ばれた代表議員が都市の方針を決める政治システムを採用している。
たしか、今も議会は開かれている最中のはずだが……
「無論、あのにっくきエヴィルどもを率いる、異世界の軍勢こそが最大の原因であるのは疑いもない! しかし、彼らが攻めてきたのは何故なのか! 我らセアンス共和国の市民たちは常に平和を希求してきた! その崇高な目的に決して誤謬はなく、むしろ他の国々よりも遙かに進歩的だったと声を大にして言えるだろう! 我らが異界の軍勢に敵わなくとも、それは仕方のないことである!」
非主流派の議員が憂さ晴らしに市民に訴えかけているのだろう。
娯楽がない通りがかりの市民たちも退屈しのぎに聞き入っている。
議員の言っていることは支離滅裂だったが、聴衆の中には「そうだそうだ!」と声を上げたり、「ひっこめ!」などとブーイングをしている人もいる。
「ところが、斯様な我らの輝かしい伝統と理想を土足で踏み躙るのはエヴィルだけにあらず! 今も連合輝士団なる輩がこの花の都の一角を占領し、我が物顔でのさばっている! これを侵略と言わずしてなんと言うだろうか!?」
ジュストはぎょっとした。
国衛軍が連合輝士団を快く思っていないのはまだわかる。
だが市民の代表である議員がこのような発言をするとは、さすがに思っていなかったのだ。
この国では言論の自由が法律で保証されている。
市民たちも闊達な議論を交わすことが推奨されている。
だが、命を賭けてセアンスの防衛のため戦っている連合輝士団を侵略者呼ばわりするのは、いくらなんでも言い過ぎではないだろうか?
「諸君らルティア市民が微少な配給で飢えをしのいでいる時、連合輝士団の輩共は酒池肉林の贅沢三昧を尽くしていると聞く! やつらは何一つ我が国のために働くことをせず、先日も流通都市カミオンが陥落して行くのを黙って見過ごした!」
「な……」
これは言いがかりも甚だしい。
連合輝士団が参加した先日の戦いでは、多くの輝士が命を賭けて敵と戦った。
彼の言うことは明らかに嘘であり、悪意ある事柄を過剰に叫んで民衆の怒りを煽っているだけだ。
まさか暴動を誘発させようとしているのか?
だとしたら、割って入ってでも演説を止めるべきか。
しかし、この状況で連合輝士団の一員である自分が止めては、余計に民の不興を買う可能性もある。
ならば憲兵を呼んで……と考えていると、台上の議員はさらに信じられない事を口にした。
「聞くところによると、異界の軍勢によって陥落した輝工都市に住む民は、占領後もそれなりの生活を保障されているらしい! ならば我らも進んで異界の軍勢に降伏すべきではないだろうか? こちらが誠意を見せれば、必ず異界の友もそれに答えてくれるであろう!」
さすがにこれにはジュストも閉口せざるを得なかった。




