552 ▽国策英雄御一行
そして、後日。
ノイは王宮の闘技場に立っていた。
観客席に散らばって座るのは、残りの星帝十三輝士たち。
今回は円卓会議で姿の見られなかった三番星の姿もある。
未補充の十一番星を除いたすべての星輝士がここに勢揃いしていた。
控室へと続く廊下の扉から四人の男女が姿を現した。
例の英雄ご一行様である。
調査を始めてすぐに彼らは見つかった。
どうやら円卓会議の開催中には帝都に入っていたらしい。
街のゴロツキ共ともめ事を起こしていたのを衛兵がしょっぴいたので、適当に罪をでっち上げて脅し、罰則を免除することを条件にここへ呼び寄せたのだ。
「ようこそシュタール帝国へ、犯罪者のみなさん」
幾分かの皮肉を込めてノイは言う。
気にしないフリはしていたが、獲物を横取りされたことに多少の蟠りはあるのだ。
しかし、周囲の客席にすべての星帝十三輝士が控えているという状況にも関わらず、ファーゼブル王国第一王子は少しも気後れをせずにのんきな挨拶を返してきた。
「初めましてアルディです……あ、じゃなかった。アルジェンティオです」
アルディというのは冒険者として活動し初めた初期に名乗っていた名前らしい。
最初のうちは自分が王子であることを隠して活動をしていたようだ。
おそらくは正体が判明した時の演出を狙ったものだろう。
「ったく、ようやくファーゼブル王国の後援を得られるようになったっつーのに、シュタール帝国で犯罪者になってどうすんだよ。もう一介の冒険者じゃねえんだから、ちょっとは自覚してケンカするにも時と場所と相手を選べよ」
大人びた口調でアルディメントを叱責するのは術師服の少年。
新代エインシャント神国の輝術学校を最年少で首席卒業したという天才輝術師だ。
「うるせえグレイロード。お前こそ目上の相手には敬語を使いやがれ」
「やなこった。都合の良いときだけ年上ぶんな」
「まあまあご両人。せっかく誤解が解けたというのに、お偉方の目の前でケンカをしては信用も失うというものぞ」
「ふふっ」
口論する二人を窘める中年剣士。
その様子を眺めて楽しそうに微笑むピーチブロンドの少女。
この二人が何者かは今のところ判明していない。
セアンス共和国やマール海洋王国の関係者ではないかと見ているが、それを調べるのも今回のノイの役目である。
「……ごちゃごちゃ話すのは苦手でね。あなたたちに恨みはないけど、とりあえずやり合おうか」
ノイがそう言うと、四人の空気が変わった。
「ま、そういうことだよな」
アルジェンティオが剣を抜く。
中年剣士も同じく柄に手をかけた。
「街中であれだけ暴れておいて、無罪放免ってわけにはいかないか」
こんな所に連れて来られた時点で、ある程度の予想はしていたのだろう。
事情を聞く前にとにかく戦闘体勢に入るあたり、かなりの修羅場を潜ってきたことが窺える。
それにしても物わかりが良い。
あるいは単に血の気が多いだけか。
この闘技場は屋内にあるので、輝術師の少年が先日使った飛行術で逃げることもできない。
観客席の星帝十三輝士たちも各々武装しており、いざとなればすぐに参戦できる。
人質に取られる可能性も考えて、非戦闘員の文官はひとりもいない。
周りを囲むのはこの国で最強の輝士たち。
こちらを睨み返して剣を構えるアルジェンティオ。
それ以外の三人は、明らかに観客席の方に注意を向けていた。
「勘違いしてもらっちゃ困るけど、彼らには手を出させないわよ」
ノイもまた戦闘モードに移行する。
炎のような輝粒子が彼女の全身から立ち上った。
客席の方に意識を向けていた後ろの三人も、一斉にこちらを向いた。
「あんたたち四人の相手をするのは、私一人だ」
もちろん、公開処刑などというつもりはない。
ケイオスを倒した冒険者たちの実力を試してやるだけ。
ファーゼブル王国と新代エインシャント神国が合同で作り上げようとしている英雄。
その力がいったいどれほどのものなのか、この目で確かめてやる。
「私の名はノイモーント。そちらの自己紹介は要らない。さあ、いくわよ」
並の輝攻戦士の四倍の輝力を持つ、シュタール帝国最強の戦士。
星帝十三輝士一番星が、英雄達の資質の品定めを開始する。
※
「うおおおおっ!」
裂帛の気合と共にアルジェンティオの体が光り輝いた。
輝攻戦士化だが、明らかに普通のそれとは違う。
全身を淡く輝く液体で包まれたかのよう。
非常に密度の濃い特殊な輝粒子だ。
「ほう……」
常人が扱える密度の輝力ではない。
ノイと同様に輝攻戦士の限界を超えた戦士か。
「いくぞ!」
アルジェンティオが飛び掛かってくる。
ノイは軽く身を逸らして剣先をかわした。
予想より踏み込みが速い。
刃が前髪を数本散らす。
続けざまに繰り出される連撃。
三回、四回、五回……
普通の輝攻戦士なら三回めで輝粒子の空白ができるはずだが、それもない。
おそらく輝粒子の濃さは通常の二倍程度。
ただし、常に全身から炎のように燃え上がらせているノイと違って無駄がない。
なるほど、これならケイオスを倒した事も、星帝十三輝士に囲まれてなお余裕を保てるのも頷ける。
少なくとも単なる広告塔ではなかったわけだ。
しかし。
「はあっ!」
ノイは連携の隙間へ強引に割り込んだ。
「っ!」
大砲の一撃を思わせる拳が、アルジェンティオの体を容易く吹き飛ばす。
攻撃自体は当たらなかったが、それでも敵の攻撃を中断させるには十分だった。
ノイの攻撃はその衝撃破だけで並のエヴィルを消し飛ばすほどの威力があるのだから。
アルジェンティオ王子、その異様な力に反して剣技は未熟。
ファーゼブル王国に伝わる聖剣。
おそらくあれが、並外れた輝攻化武具なのだろう。
その力を扱える素質はあっても、十全に発揮できる下地を持っていない。
やはり作られた英雄か。
ノイはわずかな落胆を覚えた。
しかし油断はしない。
追撃を加えるべく腰を落とす。
そこに剣士が横から突っ込んでくる。
「剣舞士ダイス! 一番星殿にお相手願う!」
正体不明の中年剣士。
その動きはアルジェンティオと比べて緩慢。
いや、それどころか輝攻戦士にすらなっていなかった。
舐めているのか?
ノイが輝粒子を拳に乗せて打ち出す。
これが当たるだけで、彼の全身はバラバラになるだろう。
お望みならばそうしてくれる。
カウンターでその剣ごと吹き飛してやる。
「むん!」
ダイスと名乗る剣士が両手で剣を振り上げる。
瞬間、ノイの背筋に悪寒が走った。
「……っ!?」
後方へ飛ぶが、間に合わない。
ダイスの剣がノイの左腕を切り裂いた。
「なんだと……!?」
あり得ない。
痛みを感じるよりも、ひどく混乱した。
並の輝攻戦士の四倍もの輝粒子を常に放ち続けているノイである。
エヴィルの攻撃を食らっても平然と立っていられる程度には硬いと自負している。
間違っても、輝攻戦士化すらしていない剣士の斬撃などを通すような脆い身体はしていない。
なんとか体勢を立て直したノイは見た。
自分が放った炎の輝粒子が、ダイスを避けるよう左右に分かれていく所を。
力で破ったわけじゃない。
術か、あるいは何らかの技なのか。
この男は輝粒子を斬ることができるのだ。
輝攻戦士でないため機動力は極端に低く、攻撃をかわすこと自体はさほど難しくない。
距離をとって戦えば問題は無いが、パワー頼みのアルジェンティオよりもよほど厄介な相手だ。
「氷連矢」
と、背後から氷の矢が飛んできた。
ノイは振り返り様にそれを左腕で防ぐ。
彼女の体に触れると氷はあっさりと氷解した。
が、周囲に突き刺さった氷が一斉に蒸発して視界を塞ぐ。
頭上に影が映る。
「爆炎弾」
オレンジ色の光球が降ってくる。
最初の攻撃と同時に拘束移動で上空に回り込んだようだ。
それは触れれば大爆発を巻き起こし、下級エヴィル程度なら容易く屠る強烈な輝術。
氷の矢は目眩ましか。
しかし、甘い。
「フンッ!」
ノイは拳を振り上げる。
炎の輝粒子が竜巻のように舞い上がる。
その一撃は光球を飲み込み、頭上にいるはずの少年輝術師を撃ち落とす――はずだった。




