536 ▽history of midwolt
【神代】
人間世界ミドワルトの歴史が始まったのは、およそ千年前に遡る。
それは『新世界のアダムとイブ』と呼ばれる神の遣いが地上に降り立った時からである。
それ以前の時代は『神代』と区別され、ハッキリとした歴史は残っていない。
教会が記した『聖典』によってのみ断片的に知ることができる神話の時代だ。
かつて神々は『天界』に住まい、恒久の平和と繁栄を築いていた。
それに対し、地上は終わりのない冬の世界であった。
神々の慈悲の届かぬ過酷な土地。
その片隅で、かつての人類は泥の文明を築いていた。
飢えと苦しみに耐え、獣同様の生活を送りながら……と聖典には記されている。
ただし、今の世にも多く残る古代の遺跡や武具の存在から、かつての人類もまた高度な文明を持っていたと主張する一派も存在する。
これは教会においては異端とする思想だ。
教会の権力が縮小した現代においても、公に語ることは憚られる。
どちらにせよ過去の出来事を正しく知る術はないので、ここは聖典通りの歴史を記しておこう。
やがて、神代にも終わりがやってくる。
天界が悪神と善神に分かれて争い合いを始めたのだ。
その戦いは世界が滅亡するほどの凄まじい総力戦だったという。
やがて、善神の中に『主神ワイドフル』と呼ばれる一柱の神が現れた。
主神は『聖天使ヘルサード』の協力を得て悪神の軍勢に勝利を収め、神々の戦いは終結した。
神々は自らが持つ強大な力を恐れ、この世界を去った。
異なる次元にあるという『神界』へと移り住んだと言われている。
残されたこの世界の新たな担い手として、神々は知恵と良識のある人間を選んだ。
しかし、当時の人間は原始的な文明しか持たない未開の民であった。
神々は己の代行者として、人間とよく似た姿形を持つ一対の男女を遣わせる。
それこそが、新世界のアダムとイブと呼ばれる男女である。
彼らの活躍によって、人類は今に連なる文明を興すことができた。
神代が終わり、人の時代が始まる。
そこから現代に至るまでの時代を、多くの歴史学者は六つの時期に分けている。
【第一期・再生の時代】
第一期は『再生の時代』と呼ばれる。
新代歴ゼロ年から数十年。
神々の争いによって大地は荒廃。
多くの生き物が死に絶えていた時代だ。
泥の文明を築いていた人間もその多くが死んだ。
地上に残ったのは、わずかな幼子たちのみであった。
新世界のアダムとイブは荒廃した世界を巡った。
彼らは人類に生きるための知恵と勇気、そして力を与えていった。
悪しき神々は死に絶えたが、その残滓は多く残っていた。
悪神の残したのは『エヴィル』という魔物。
通常の生物とは根本的に異なる、人間の命を奪うことのみを目的とした醜悪な怪物である。
その脅威に対抗させるため、新世界のアダムとイブは巨大な力を秘めた『輝鋼石』を精製し、六つの地に残したのである。
人類は輝鋼石から力を引き出す術を教わった。
土地の長となった者は『司祭』と呼ばれた。
彼らは『シャイン』と呼ばれる力を操り、民を導いた。
そして輝鋼石のある地を中心に、人々は大きな力を蓄えていく。
【第二期・発展の時代】
第二期は『発展の時代』と呼ばれる。
新代歴三百年ほどまで。
再生の時代との区分は曖昧である。
輝鋼石の周辺では大きな町が作られ、人々は平和な暮らしを享受していた。
しかし、世界の多くはまだエヴィルの生活圏内であり、町同士の交流もほとんど無い。
やがて人口の増大と共に、人々は生活圏の拡大を始める。
シャインはより体系立てられた『輝術』となった。
輝鋼石の力を使って加工した武器はエヴィルと戦う力となっていく。
やがて『輝術師』や『輝士』と呼ばれる者が中心となって大規模な開拓団が組織される。
人類は輝鋼石から離れた場所にも生活の場を拡げることに成功していった。
集落間に交流はまだまだ少ない。
新たな土地に移り住んだ者たちは小規模な自治を行った。
やがて、その流れから各地に小国が乱立することになる。
人類はエヴィルを駆逐しつつ、少しずつ勢力圏を拡げていった。
【第三期・帝国の時代】
第三期は『帝国の時代』と呼ばれる。
新代歴三〇〇年前後から五三八年まで。
地方のとある集団の長が王を名乗り、『スティーヴァ王国』を樹立した時がその始まりである。
スティーヴァ王国は組織的に運用された兵団を中心とした圧倒的な武力を持っていた。
その力を持って、スティーヴァ王国は各地の小国を次々と併合。
やがて、六つある輝鋼石のうち一つを支配下に置いた。
輝鋼石奪取後は『スティーヴァ帝国』を名乗り、かつては繋がりの薄かった他の地方へも積極的に侵略の手を伸ばしていった。
スティーヴァ帝国は輝鋼石の研究によって、より攻撃的な輝術も編み出した。
さらには輝鋼石の力を『輝力』という形で引き出して輝士に注入。
初期の『輝攻戦士』が現れたのもこの頃である。
輝力の注入に耐えられる輝士の数は決して多くなかった。
ただし、無事に作られた輝攻戦士はまさに一騎当千。
帝国の版図拡大と共に数々の英雄伝説が生まれた。
帝国はその圧倒的な武力によって、瞬く間に複数の輝鋼石を支配下に置くことに成功する。
領土の拡大と同時に、長く人類の脅威となってきたエヴィル駆逐にも大いに貢献した。
神代の残滓としてのエヴィルは、この時代の中期頃には絶滅したと言われている。
なお、この時代にはまだ帝国の庇護下にあった教会が輝鋼石の管理を任されていた。
しかし彼らは聖典への解釈への違いから主神派と楽園派に分派。
以降、第五期の末まで対立を続けることになる。
新代歴五○二年。
五つ目の輝鋼石を有する土地に輝士団が進攻する。
その争いの最中に輝鋼石は砕け散り、欠片が世界各地に散らばってしまう。
輝鋼石の欠片は『小輝鋼石』と呼ばれた。
以後、各地でその力を手にした地方領主たちが反乱を開始。
それからわずか三十年ほどで、帝国の栄華は見る影もなく衰退する。
そして新代暦五三八年。
帝国と周辺国家連合軍との間で行われた『ギャイヤ会戦』が勃発。
帝国軍が大敗北を喫したこの戦いを第三期の終焉とする見方が一般的である。
帝国の最大版図は大陸全土にも及んでいた。
現在の新代エインシャント神国を除くほとんどの地域が、支配下に置かれていたのである。
【第四期・戦乱の時代】
第四期は『戦乱の時代』と呼ばれる。
新代歴五三八年から八一九年まで。
小輝鋼石を手に入れた各地の支配者が小国家を乱立。
数多くの国々が互いに領土を奪い合う、戦国時代が始まった。
ただ、常に全土が戦果に見舞われたわけではない。
一定の勢力バランスが築かれた結果、調和が続く地域もあった。
また、帝国のくさびを解き放った教会の権威が最も強くなったのも、この第四期である。
各地に散らばった小輝鋼石は国家の王以外にも強力な力を与えた。
輝攻戦士の力を得られる『輝攻化武具』が作られたのもこの時代。
また『輝術支配者』と呼ばれる高位輝術師も各地に存在していた。
各地域の争いは激化の一途を辿った。
小国は合併支配を繰り返し、次第に大きな国家となっていく。
この時代の終わりには『大輝鋼石』を奪取し、各地域を統べる覇権国家が生まれた。
大輝鋼石とは小輝鋼石に対する呼称で、破壊されたものを除いた五つのオリジナル輝鋼石のことである。
海の男たちによって建国された『マール海洋王国』
周辺の小国による連合体から成り立った『セアンス王国』
第一期より続く長い長い歴史を持つ『新代エインシャント神国』
十三人の輝攻戦士とそれを統べる王が支配地域を拡大した『シュタール帝国』
そして、後スティーヴァ帝国を滅ぼした『光の輝士』と相棒が樹立した『ファーゼブル王国』
長く苦しい戦乱の時代の果てに、現代にも続くこれら五大国体制が成り立った。
一般的に八一九年のファーゼブル王国建国の年を第四期の終わりとする。
【第五期・革新の時代】
第五期は『革新の時代』と呼ばれる。
新代歴八一九年から九四〇年まで。
争いは起こらず、各地方はそれぞれに発展を遂げていった。
前時代に争いの元となった小輝鋼石は五大国によって収拾。
新たに『中輝鋼石』として国内数カ所に固定された。
その周辺に作られた街は『輝工都市』として大いに栄えることになる。
大国も小国も大いに平和を享受していた。
そんな中、とある輝工都市で技術革新が起こる。
輝鋼石の輝力エネルギーを『輝流』として抽出。
それを動力とした『機械』が誕生したのである。
輝術師でなくとも輝術に類する力の使用を可能にした機械。
それによって、人々の生活水準は一気に向上した。
しかし、機械が使えるのは大・中輝鋼石のある輝工都市内のみ。
それ以外の町村、および周辺の小国との技術格差は大きく開くことになる。
そして機械の発展によって輝術師の数は激減した。
輝士団も縮小され、輝攻戦士は世界に数えるほどしか残らなかった
また、小輝鋼石を私的利用する輝術支配者は、完全にミドワルトから姿を消した。
帝国の時代の残滓である貴族階級の解体も進んだ。
セアンス王国では王室が市民に寄って打倒。
民衆の代表者が政治を行う『セアンス共和国』となった。
この革命に付随する僅かな争いを除けば、人間同士の争いは無いに等しかった。
ミドワルトの歴史においては稀である、平和な時代だったと言えるだろう。
主神派と楽園派の争いも、第五期末には一応の決着を見た。
【第六期・魔動乱の時代】
そして、第六期。
新代歴九四○年。
ミドワルトに未曾有の危機が訪れた。
ウォスゲートと呼ばれる異界へと繋がる次元の裂け目が突如として各所に発生。
第三期には絶滅していたと思われたエヴィルが世界各地に再び現れたのである。
当時、ミドワルト全体の武力は著しく低下していた。
輝士は剣の振り方を忘れ、輝士道を語るだけの貴族崩れに。
輝術は一部の好事家のみが学ぶ、半ば廃れかけた技術となっていた。
地方領主はその役目を終えて国家の中に埋没し、独自の武力を持つことすら放棄していた。
世界中に溢れるエヴィルに対し、大国を中心とした各地の輝士団が小規模な抵抗を試みるが、戦争のやり方を忘れて久しい輝士たちは異界の魔物に対して劣勢を強いられた。
さらにウォスゲートの影響か、地上の獣も邪悪化を始める。
凶暴化した獣となってエヴィル同様に人を襲い始めた。
この二つの脅威に対して、人類はまったく為す術がなかった。
ある研究者の調査によれば、最初のウォスゲートが開かれてからの一年間で、世界人口は二割も激減したらしい。
通商も破壊された。
街壁に守られた輝工都市を除く地域では、生きるか死ぬかの過酷な時代が始まった。
輝士団はまったく当てにならず、教会を中心に『神隷輝士団』なども組織されたが、自衛以上の効果は望めなかった。
そんな時代に現れたのが『冒険者』と呼ばれる者たちであった。
ある者は名を上げるため。
ある者は単に日銭を稼ぐため。
ある者は純粋に平和への願いを持って。
危険を顧みず世界をまたにかけてエヴィルと戦う一般人たち。
国家は全力で冒険者のサポートを行った。
冒険者ギルドを設立し、報酬や名誉を餌に彼らを大いに育て上げる
力をつけた冒険者たちは、やがて人類をエヴィルと拮抗させるほどの戦力となった。
それと平行し、大国も本腰を入れて輝士団及び輝術師部隊の育成を開始。
エヴィルを恐れて戦場に出られない馬の代わりに『輝動二輪』を開発するなど、前時代に培われた機械技術も大いに進化していった。
公民ともに戦力が充実し始める。
人類はエヴィルと互角に戦えるまでに成長した。
とは言え、ウォスゲートを通って際限なく現れるエヴィルに対し、未だに問題を根本的に解決するための方法は持たないままである。
とある青年がこのミドワルトの歴史に名を記す、その時までは――
後に『魔動乱の時代』と呼ばれるこの第六期。
英雄譚はファーゼブル王国の王都エテルノから始まる。




