535 ▽偽りの家族
「グレイは失敗したか」
玉座に男が腰掛けている。
片手にグラスを持ち、彼は部下からの報告を聞いた。
「ウォスゲートより現れた異界の島は神都近隣に落下。直接的な破壊は免れたものの、直ちに無数のエヴィルが神都に進攻。現在はほぼ壊滅状態だそうです」
「突入班の残りはどうなった?」
「大賢者様は満身創痍のまま防衛戦に参加。輝力枯渇したのち敵に討ち取られた姿が生き残った兵によって確認されています。突入班は星帝輝士団一番星のみが救出され、残り三名は行方不明です」
「わかった、下がれ」
部下を退出させると、英雄王アルジェンティオは中身の入ったグラスを床に叩きつけた。
暑苦しい仮面を脱ぎ捨て、怒りの形相を露わにする。
「……結局、ダメだったではないか!」
今回のビシャスワルト侵攻作戦は大賢者の発案によるものだった。
アルジェンティオは反対したのだが、結果的に押し切られてしまった形なのである。
神都の上空にウォスゲートが現れることは確定しており、座して滅びを待てとも言えなかったのだ。
代わりに、ちょっとした仕掛けを施させてもらった。
聖剣とその使い手のジュストは無事に回収し、地下牢にぶち込んである。
後に頃合いを見て、ビシャスワルトからの奇跡の生還者として発表することになるだろう。
惜しむらくは魔王の娘である。
素性を隠し、自分の子として長く保護してきたのに。
プリマヴェーラと同じ、ピーチブロンドの髪を持つ少女、ルーチェ。
アルディメントという名でフィリア市に身を隠していた時の、かりそめの親子。
最低限の試練を与えて投入してみたが、やはり期待したほどの成果は上がらなかった。
グレイロードは随分と気に入っていたようだが……まあ、いい。
娘は娘。
プリマヴェーラではない。
親子として暮らしたと言っても、愛情など欠片も持っていない。
手込めにしてやろうかと考えたこともあったが、彼女の代わりにはならない。
「それより、これからだ」
新代エインシャント神国は陥落。
まもなく世界同士の全面戦争が始まるだろう。
魔動乱期を大幅に上回る、空前絶後の争いになるに違いない。
だが、あと一年。
それだけあれば完成する。
邪悪を屠り、魔王すら凌駕する、あの力が。
必要な素材は手元にある。
ファーゼブル王家の血を引く剣士ジュスト。
聖剣メテオラに仕込んだ転移トラップによって、単身帰還した我が息子。
できそこないの輝術師など、もはや必要ではない。
十五年間の記憶を思い出して、英雄王は偽りの家族に哀悼の意を表す。
「さようなら……ルーチェ」
それが彼女に送る最後の言葉。
もはや、かつての娘の顔を思い出すことはない。




