533 流星となって
「はぁい」
馴れ馴れしく笑顔で手を振る夜将リリティシア。
あいつ……私たちの姿が、見えてる?
「グレイはどうした」
カーディの質問にリリティシアはニヤニヤ笑いながら答える。
「あの厄介なやつはバリトスたちに任せて一足先に抜けさせてもらったわ。しかし驚いたわよ。姿が見えなくなるだけじゃなく、位相をずらしてあらゆる物体がすり抜け可能なんて、すごく便利な魔法ね。ヒトが編み出したにしてはたいしたものよ」
「たった一目見ただけで无天聖霊魂玲瓏陣の性質を理解したのか……」
「魔法の研究と応用ならお手の物よ。あなたたちの姿も今はハッキリと見えるわ」
えええええっ!
よ、よくわからないけど……
こいつには透明化しても気づかれるって事?
「逃がさないわよ。お嬢様も、妖将ちゃんもね。特に妖将ちゃんは私のオモチャとして末永く可愛がってあげる予定なんですから」
ヤバい、ヤバすぎるっ!
一人だけとはいえ、将の強さは半端じゃない。
私の攻撃じゃ足止めすらできない。
こいつはカーディよりも速いって本人も認めてる。
その上、透明化した私たちの姿が見えるんじゃ、逃げることも……
いや、まてよ?
「ねえねえカーディ」
「なんだ」
「さっきさ、あいつはばかだから、うまく騙せば逃げられるかもしれないって言ってたよね」
「可能性はあるね。あいつはバカだから上手く口車に乗せれば出し抜けるかもしれない」
「おいコラてめーら、さっきから人のことバカバカ言ってんじゃねーぞ。いい加減にしねーとマジでブッ殺すぞオイ」
すっごい怖い目で睨まれた!
なんか急に口悪くなってるし!
「けど、逃げる必要はないよ」
カーディは背負ったヴォルさんを降ろす。
全身から溢れ出る輝力を雷に変え、バチバチと放電をする。
「次元石さえ破壊すれば、こっちの勝ちなんだから」
雷化音速亡霊。
彼女は虚空から取り出した剣を肩に担いだ。
攻撃する気配を見せた次の瞬間、カーディの姿がかき消えた。
金属が衝突する耳障りな音。
カーディは気づけば次元石の前にいた。
振り抜いた剣は途中で止まっている。
次元石とカーディの間に、さっきまで上で座っていたはずの夜将リリティシアがいる。
夜将はその細い腕で振り抜いたカーディの剣を止めた。
「フフッ、甘く見ないでくれる?」
「ちっ」
再び二人の姿が消える。
金属のぶつかる音だけが何度も聞こえる。
あの二人が戦ってる。
普通の人間には見えないほどの超スピードで。
流読みを凝らすことで、ようやく軌跡が見えるくらいの圧倒的な速度。
ただし、カーディは雷化のために常に全力で輝力を放出し続けている状態だ。
今は互角に見えるけど消耗の激しさを考えれば長期戦は難しいはず。
なんとかしてサポートしたいけど……
「ルーチェ!」
カーディが私の名前を呼んだ。
大丈夫、わかってるよ。
私がやるべき事はカーディを助けることじゃない。
「はあああ……」
全力で黒蝶を展開。
三十三個の、触れれば爆発する蝶を作る。
魔王の血を舐めたせいか知らないけど、やっぱり輝力が上がってる。
それを一斉に……つっ。
また頭がズキッとした。
ええい、今はガマンだ!
作り出した黒蝶を一斉に、次元石めがけて放つ!
「やるわね、お嬢様!」
ところが次元石に辿り着く前に、黒蝶は勝手に爆発してしまう。
たぶん、リリティシアに撃墜されたんだ。
カーディの相手をしながら。
でも、私だって負けない!
突きだした両手に輝力を集中。
一メートルくらいの大きさの閃熱の円を作る。
背中に炎の翅を二重に展開。
爆炎の勢いで突っ込んでいく。
名付けて――
「閃炎流星弾!」
光の尾を引きながら、私は次元石の上部を貫いて……
おわわわわわっ!
勢い余って壁に突っ込んじゃった!
地下室の壁を抜き、地面を掘り抜いて、斜め上へと掘り抜いていく!
やがて、私の身体は地上へと出た。
「ぎゃお!」
飛び出したのは、なんとエヴィルが密集している中庭!
地上に出る時に何匹か巻き込んで消し飛ばしちゃった!
「な、なんだ?」
「石が暴走したのか?」
周囲のエヴィルたちは、何が起こったのか理解できない様子。
とりあえず降りるのは危険なので、このまま空中で待機する。
私が出てきた穴から轟音が響いている。
カーディがまだ戦ってるんだ。
はやく助けに――
「よくやった」
「わっ、びっくりした!」
いつの間にかすぐ隣にカーディが浮かんでた。
背中にはちゃんとヴォルさんを担いでいる。
「次元石は今ので破壊されたよ。バカも逃げ遅れて瓦礫の下敷きだ」
「それはよかっ……」
ズキッ。
う、また……
なんなの、この痛みは……?
「とにかく、あとはバカが這い出てくる前に……」
「うわーっ!?」
カーディの声をかき消すように、少し離れた所で、すごい音がした。
何かが落下してきたみたい。
付近のエヴィルが巻き込まれ打ち上がる。
虎の頭をした白い巨体……あれは獣将バリトスだ。
「グゥゥ……クソォ、ヒト風情がァっ!」
思わず耳を塞ぎたくなるような大音量の咆哮。
その衝撃だけで周囲のエヴィルが何匹か息絶える。
バリトスは上空を睨んでいた。
そこでは二つの光がぶつかり合っている。
片方は淡い翡翠色。
「あれは……!」
先生が戦ってる。
将の誰かと空中戦を繰り広げているみたい。
助けに行かなきゃ……そう思って燃える翅を拡げる。
ところが、私の前にカーディが回り込んで阻止をした。
「どうしたの? もう次元石は壊したんだから、先生を助けに行かなきゃ……」
「行っても無駄だ」
あれが異次元の対決だっていうことはわかる。
けど黙って見てるだけじゃなくても、少しは力になれることはあるはずだ。
「さっきの見たでしょ。なんでかわからないけど、私もパワーアップしてるんだよ。ほら、今だってみるみる力が湧いて……」
「違う、そういうことじゃない!」
強い声で怒鳴られ、私は思わず怯んでしまう。
「おまえが次にやるべきことは、少しでも早く神都に戻って、市民に避難を呼びかけることだ」
「えっ? だって、次元石はもう壊したんだよ」
「あれを見ろ。石は破壊できたが歪みの進行が止まっただけだ。グレイはもうすぐ死ぬ。歪んだ空間はもう元に戻らない。わたしたちは失敗したんだ。まもなく、ここに巨大なウォスゲートが出現する」
後ろを振り向く。
エヴィルの集団から離れた場所を。
カーディの言う通り、空間の歪みはまだ消えていなかった。
むしろ、それどころか歪みは見る間に増大し、膨れ上がっていく。
一瞬の混乱。
時間の感覚がわからなくなる。
意識がハッキリしたとき、一見すると何も変わった所はなかった。
私がいるのは王の居城の中庭。
眼下には無数のエヴィル。
隣にはカーディ。
「すべては、遅かった」
カーディが悲痛な顔で空を見上げていた。
マーブル模様の空は、そこにはもう見えない。
コーヒーにブルーベリージャムを溶かしたような、何とも言えない暗澹とした雰囲気の闇だけが、私たちの頭上でどんどん広がっていく。




