511 大賢者さまの過去
私たちは村にある小さな家に案内された。
今は誰も住んでいない空き家みたい。
「さて、三人が合流するまでしばらく待つが……なにやってんだ」
「がるるるる……」
私は丸テーブルで即席のバリケードを作り、火蝶を周囲に配置して、先生を威嚇した。
「人の腕を生け贄に差し出そうとする先生なんて……」
「しつこいな。問題なく納得してもらえたんだからいいだろ」
そういう問題じゃない!
あんな手段を考えついちゃうって時点で、すっごい怖いんだけど!
っていうかこの部屋、小さなベッドが一つあるだけなんですけど。
まさか先生と一緒に寝ろって言うのかしら?
一応、小さめのソファはあるけど……
横になって寝るのは難しそう。
ともあれ、いつまでも構えていたって仕方ない。
私は恐る恐るテーブルの影から這い出た。
不審の目を向けるのはやめない。
「……ったく、仕方ないな」
先生は肩をすくめて部屋から出て言ってしまった。
あれ、もしかして怒った?
でも私、間違ったこと言ってないもん。
怒って当然なんだからね!
ぷんぷんしながらベッドに寝転んだ、次の瞬間。
「はぁい。ルーチェさん、おひさ!」
ドアが勢いよく開いて、背の高い青髪ポニーテールの女の人が入ってきた。
女の人……っていうか。
「なにやってんですか先生」
「あら冷たい。男と二人っきりは嫌だと思って、変わってあげたのに」
この人はファースさんって言って、私がフィリア市を出たばかりの時に出会った女性。
最初に会ったときはファーゼブルの輝士だって名乗ってたんだけど……
その正体は変身の術で姿を変えたグレイロード先生だ。
性格はうって変わって陽気だし、すっごく自然に女の人らしく振る舞うから、どうみても別人にしか思えないんだけど。
「変身してるのは確かだけど、私とあいつは別人だって思ってちょうだい。前みたくファース、もしくは本名でロードって呼んでね」
「ロード? 誰ですかそれ?」
「グレイの姉の名前」
先生――とりあえずファースさんって呼ぼう――はソファに身体を沈めた。
「いろいろ知りたいことはあるけど、あいつ相手じゃ聞きづらいこともあるでしょ。答えられることがあれば私が代わりに何でも答えるわよ。何度も傷つけちゃってるお詫びにね」
「あなたはグレイロード先生……なんですよね?」
まだ不審な感じではあるけど、私は攻撃的になるのを止め、改めて彼女に尋ねた。
「半分正解、半分ハズレ。私とグレイは知識と肉体を共有しているけど、私はロードっていう一個の人格を持っているの」
「共有?」
肉体を共有っていうと、カーディとラインさんの関係を思い出す。
けどあれは、カーディが一方的に寄生してただけ。
どうもそれとは違うみたい。
「アタシとグレイ……あんたたちが大賢者グレイロードって呼んでる男は姉弟なの」
ファースさんは私の目をジッと見ながら語り始める。
それはずっと昔、先生の子供時代の過去の話。
※
「魔動乱の混乱期ではあったけど、私たちが暮らしていた町はいたって平和だったわ。戦乱なんてどこ吹く風で、あたしたち兄妹とカーディナルの三人は、いっつも日が暮れるまで遊んでた」
「え、カーディと友だちだったんですか?」
「あの娘ってば、何百年も町の時計台に閉じこもりっきりでね。出会ったきっかけは立ち入り禁止だった時計台に私たちがイタズラで忍び込んだことなんだけど、それ以来ずっと仲良くやってたわ」
確かにカーディと先生は昔からの知り合いっぽかった。
けど二人とも、そんなこと一言も喋ってくれなかったなあ。
「けど、ある日。私たち姉弟はつまらない事故に巻き込まれて瀕死の重傷を負ってしまったの」
話を続けるファースさんの表情がフッと陰る。
あまり思い出したくない過去なのか、今までに見たことない暗い顔になる。
「カーディナルは必死に私たちを助けてくれようとしたわ。自分の血を私たちに分け与えることまでして、そのおかげで幸いにもグレイは一命を取り留めた」
「先生にとって、カーディは命の恩人ってこと?」
「そうなるわね」
へえ……
あの二人にそんな過去があったなんてね。
もしかしてそのせいで、今も頭が上がらないとか?
ふふ。
私が二人の関係を想像してにやにやしていると、
「けど、私は再生が間に合わなかった」
笑ってる場合じゃない。
私は表情を引き締めて問い返した。
「死んじゃったって事?」
「うん。まあ、本当にただの事故だから、仕方ないことなんだけどね」
寂しそうに笑って頷くファースさん。
「けど、グレイは諦めきれなかったみたいでね。カーディナルの血を分け与えられたおかげで膨大な輝力を得たあいつは、その力を使って神都の輝術学校に入ったの。そこで必死に勉強したわ。死んだ私を蘇らせるためにね」
そっか……
だから先生はあの時、ベラお姉ちゃんにあんなこと言ったんだ。
先生も私やジュストくんと同じで、望んで力を手に入れたわけじゃなかったから。
「ただ、そう簡単にはいかなかった。創立以来の天才なんて呼ばれても、死者を蘇らす術なんて編み出すことはできなかった。あらゆる手段を試したけど結局は八方手詰まりでね」
それはそうだ。
死んだ人を生き返らせるなんて聞いたことない。
もしそんなことが簡単にできるなら、世の中がメチャクチャになっちゃう。
「そんな時に現れたのが、後に五英雄と呼ばれることになる四人の仲間たちだったの」
「おお」
「紆余曲折はあったけど、グレイはそいつらに着いていくことにしたわ。学内だけじゃ得られない知識を得るため、世界中に旅するって目的でね」
それがきっかけで、魔動乱を終わらせるための戦いに参加したわけですね。
「仲間たちと冒険して、かわきに苦しむカーディを助けて、ビシャスワルトにやってきて、ゲートの封鎖に成功して……そしてその後も色々あって、私をこういう形で蘇らせる事に成功したってわけ」
「肝心なところをはしょりましたね?」
「経過はどうでもいいじゃない。私がどういう存在か知ってもらえたでしょ?」
いや、そうかも知れないけどさ。
五英雄の活躍とか、もっと聞きたかったな。
「……ふふっ」
「なにがおかしいですか」
「グレイのやつはね、あんたに自分の過去を聞いて欲しくて、私に交代したのよ」
「え?」
「なにせあいつ、あんたのこと大好きだから」
はい?
何言ってるんだろうねこの人。
そんなこと言われた私が「わわわ」って慌てると思っているんでしょうか。
ないない、先生に限ってぜーったいにそんなことないから。
嘘を言うならもっとマシな嘘ついた方が良いよ。
ジジッ、とファースさんの姿がブレた。
「……おい、なに適当なこと言ってやが……」
「……いわね。奥手なあんたの代わりに私が親切に……」
「……んじゃねえ。馬鹿が勘違いしたらどう責任をとる気……」
ノイズと共にファースさんの顔が歪む。
髪の色が青くなったり金になったりしながらひとりで言い争いをし始めた。
変身の術が不安定になっているんだってことはわかるけど、傍から見てるとすごいこわいね。




