510 小鬼人族の村
「んがっ、もがっ」
私は一生懸命もがいた。
ようやく口を押さえる手から開放される。
同時に、先生は睨むような顔つきで私に念を押してくる。
「会話は俺が全部やるから、余計なことは何も言うなよ」
「いえっさー」
こんなの怖すぎて従うしかないよね。
聞きたいことは山ほどあるけど、私は疑問を飲み込んだ。
私たちはテン君に先導されて森の中を歩く。
隣には小さなキュオンを抱きかかえた二本角のシャヒちゃん。
彼女はまだ少し警戒してるみたいで、ちらちら怯えた視線を送ってくる。
別に私たちは怖い人間じゃないよって言ってあげたい。
けど、後ろを歩く先生が怖くてできません。
いろんな意味で辛いよう。
広い場所に出た。
「うわあ……」
私は思わず声を上げた。
森の中の拓けた場所に、丸太を積み上げた小屋がたくさん建っている。
中央の広間には背の高い鐘楼台があって、農具を持った子どもがちらほらと歩いていた。
こぢんまりとしているけれど、紛れもなくそこは『村』だった。
ただ、私の知ってる村と違う所もある。
柵に囲われた牛みたいな生き物は全身紫色。
見える限りの子どもたちは、みんな頭に角が生えている。
サイズはまちまちで、二人みたく小さな角を生やした子もいれば、人差し指くらいの長さで内側に向けて曲線を描いている角の人も居る。
「ここは、いったい……」
私の呟きにテン君が応えてくれる。
「オイラたち小鬼人族の村さ」
「こおにびと?」
「ちょっと待ってて、長を呼んでくる」
テン君はそう言ってどこかに行ってしまった。
シャヒちゃんも、ぺこりと頭を下げてテン君の後を追った。
小さいキュオンもその後を追い、村の人達は誰もそれを気にしていない。
「……どうなってるの?」
思わず漏れた呟きに、ようやく先生が答えてくれた。
「あの少年の言った通り、ここはビシャスワルトに生きる部族の村だ」
「ケイオスじゃないんですか?」
「人類側の見方で言えばそれで正しい」
「どういうこと?」
「俺たちと彼らでは、ケイオスの意味が違うってことだ」
私の……というか一般的な認識では、エヴィルの分類はこんな感じだ。
獣や巨大な植物の姿で、人間を見るなりすぐ襲ってくるのは、下位エヴィル。
キュオンやアラクネーとか、ほとんどの残存エヴィルがそれ。
人に近い姿をしているけど、明らかに違いがわかる外見なのは、中位エヴィル。
こいつらは輝術みたいな力を使うけど、知能はあまり高くない。
有名なのはラルウァとかの妖魔型だね。
そして、人間によく似た姿で、言葉を操るのが上位エヴィル。
知能が高く、他のエヴィルたちを統率する事が多い。
これを私たちはケイオスって呼んでいる。
「ビシャスワルト人の言うケイオスとは人間側の言う上位下位の区別とは関係ない。地上侵攻のために選ばれた戦士のことだ。ウォスゲートを通ってミドワルトに攻め込む役目を持った、この世界のエリートの称号なんだよ」
「それじゃ、人間の言葉を喋るのはケイオスだけじゃなく……」
「この世界に無数に存在するビシャスワルト人もみな言葉を操る。戦闘力のあるものからない者まで、様々な種族が住んでいる」
そう言えば、ケイオスってよく自分のことを「我はケイオス」とかって言うよね。
あれって普通に考えたら「我は人間」って言うくらいおかしいことだった。
それが「我は選ばれし戦士」になるなら意味がわかりやすい。
「侵略者たるケイオスはミドワルトの人間とコミュニケーションを取ろうとはしない。そのため人類は長い間その意味を勘違いしたままだった。今でもこのことを知っている人間は多くはない」
「へえ……」
先生の説明が終わったところで、テン君が別の子を連れてきた。
「お待たせ! 長を連れてきたよ!」
そう言って紹介されたのは、どうみてもテン君と同じような十歳前後の子だった。
「長のバラキと申します。あなたたちが人妖族のケイオス様か」
長さんの身長は私の胸くらいまでの高さしかない。
声も見た目から想像できる通り、子どもらしく高い声だった。
テンくんと違うのは、頭に生えている角はサイズが、非常に大きいことくらい。
たぶん二十センチ近くはありそう。
「えっと……」
どうにも答えようがないので先生に任せる。
先生は慇懃な態度で長さんに一礼をした。
「突然の来訪、申し訳ありません。実は不測の出来事がありまして」
「理由は聞かぬ。が、入村を認める前に一つだけ証明をもらいたい。あなたたちが人妖族だという確かな証拠が欲しい」
うわっ、疑われてるよ。
「失礼を承知で申しますが、人妖族の方々は異界のヒトに姿がよく似ておられる。万が一にもあり得ないことではございましょうが、異界のヒトが何らかの目的を持ってこの世界に侵入し、我が村を拠点にしようと企んでいないとは限りませんからな」
大当たりですよ、その万が一ですよ。
ああでも、やっぱり私たち歓迎されてないみたい。
エヴィルの世界なんだから、当然と言えば当然だけどね……
「いいでしょう。おい、ルーチェ」
「はい」
先生は言うが早いか、私の腕を取って袖をめくった。
思わず反射的に腕を払って逃げる。
「なにしようとしてるんですか!?」
「長殿に我々が異界のヒトなどと違うということを見せて差し上げるのだ」
「具体的には?」
「異界のヒトと違い、我ら人妖族は高い再生力を持っている。腕の一本や二本を斬り落とされても無事である所を見て頂ければ、納得してもらえるだろう」
「馬鹿じゃないの!?」
いくら後で治療できるし痛くもないとはいえ、誰が進んで腕を斬り落とされてやるものですか!
「ほう、侍従の分際でケイオスである我に逆らうか?」
「逆らうに決まってんでしょ!」
なんなのそのノリノリの演技。
ただでやられるくらいなら抵抗するからね。
私は炎の四枚翅を拡げて十七匹の火蝶を展開し迎撃の態勢を取る。
「ふん、お仕置きが必要なようだな――炎獣召喚」
対する先生は、掲げた両手から、獣のように口を開けた炎の塊を生み出した。
放っておくとどこまでも追って来て食らいつこうとする凶悪な術だ。
修行の時に散々苦しめられた思い出が甦ってくる。
じょーとーです。
今の私はそう簡単にやられないんだからね。
「わ、わかった! お二人が人妖族だということはよくわかりました!」
一触即発の空気を感じ取ったのか、長さんは私たち二人の間に割って入った。
「だから村の中で争うのはやめて下さい! ケイオス様に暴れられたら、こんな小さな村など、あっという間に消し飛んでしまいます!」
長さんは本気で慌てて私たち二人に頭を下げた。
テン君は数メートル離れた場所でなぜか目を輝かせている。
「す、すっげー! これがケイオス様の魔法かぁ!」
なんかよくわかんないけど、私たちが人妖族だってことは信じてもらえたみたい。
信じてもらえたというか騙せたというか。
「して、ケイオス様は我が村に何を求めておいででしょうか?」
「今夜一晩だけ泊めて頂きたい。それと、できれば数日分の食料を融通して頂けると助かるのだが」
「その程度ならお安いご用です。すぐに部屋を用意させましょう」




