508 緊急脱出
異界の空を銀色のトリが飛ぶ。
私たちが乗るのはテントウ虫型をした古代の乗り物。
不安を煽るマーブル模様の空を、悠々と切り開きながら進んでる。
夜の海のような深い森に影は落ちない。
太陽もなく、空全体がうっすら光っているみたい。
「グレイ、敵の本拠地はわかってるのか?」
「前回来た時にこの世界のデータは取り込んであります。あとは現在位置を割り出せば――」
カーディの質問に先生が答えようとした、その時。
「きゃっ!?」
強い衝撃がトリを襲った。
まるで下から突き上げられたみたい。
私たち五人の間に、強烈な緊張感が走る。
「なんだ!?」
「ちっ、敵襲だ!」
ヴォルさんが叫び、先生はパネルを操作する。
トリが急加速する。
振り向くと、大型のドラゴンが三体こちらに迫っているのが見えた。
三体とも首の辺りに人みたいなものを乗せている。
「ゲートには入らず付近で待機していたビシャスワルト人か。振り切れる?」
「当たり前です!」
さらに速度を上げる。
椅子に沈み込む力がますます強まる。
私たちはほとんど身動きすら取れない状態だった。
「わ、わわわ」
力を振り絞って後ろを向く。
三体のドラゴンはもう遙か後方に遠ざかっていた。
そりゃ、こんなとんでもないスピードで飛べば、追いつけるわけがないね。
黒い森はあっという間に過ぎ去った。
さっきは遠くに見えた岩山が目前に迫っている。
「位置データ確認、ここは――」
山岳地帯に入った途端、また下からの衝撃が来た。
今度はさっきよりもずっと激しく突き上げられた感じだ。
コントロールを失ったトリは槍のような岩山に側面を擦りつける。
ガリイッ。
耳障りな音が狭い機内に響いた。
先生は必死の形相でパネルを捜査する。
なんとか機体の体勢は立て直された……けど。
「一体何なんなのよ! 戦う前に墜落死とかやめてよね!?」
ヴォルさんが声を荒げて文句を言う。
「敵の攻撃だ。しかし、あの速度で飛行中に当ててくるとは……」
「間違いなく待ち伏せされてたね。どうやら、わたしたちが侵入したことはお見通しのようだ」
先生とカーディ、二人の会話を聞いてゾッとした。
エヴィルの世界ってことは、周りのすべてが人類の敵。
そんなところに侵入した私たちの動きがバレているって事は……
いつ大勢のエヴィルに囲まれてもおかしくない。
「どうする、このまま可能な限り飛び続ける?」
「いえ、それは危険です。敵は亜音速飛行中でも正確に攻撃を当てる技術を持っている様子ですし、何より機体へのダメージが酷い。もう一発食らえば撃墜される恐れもあります。ここは隠密行動に切り替えましょう」
「その方がいいだろうね」
先生の横にトリの外観らしい線図が描かれた。
その線画のうち、右側の部分が赤く点滅している。
どうやら、さっき岩山に擦った所に異常があるみたい。
「俺はどこか適当な場所に着陸して機体を隠しておく。お前達は先に降りてくれ」
「どうやって降りんのよ。暢気に止まってたら、またさっきのに狙われるんじゃない?」
不機嫌そうなヴォルさんの質問に、先生は信じられない答えを返した。
「地形情報によると、まもなく小さな砂漠地帯が現れる。そこで一時的に床板を開くから飛び降りて近くの森林地帯に身を隠せ。以後は合流するまでカーディナルの指示に従うんだ」
飛び降りろとな。
マジで?
い、いや確かに、私やカーディは一応、空を飛べる。
ヴォルさんも高い場所から降りても大丈夫かもしれない。
だけど……
「ジュスト、やれるな?」
私の心配を先回りして先生が言った。
たとえ輝攻戦士になったとしても、この速度で飛び降りるのは危険だと思う。
下手したら、落下の衝撃だけで輝粒子が耐えきれず、すべて吹き飛んじゃうかもしれない。
けどジュストくんは間髪入れずに返事をした。
「はい、問題ありません」
おおお、すごい自信。
これは信頼するしかないね。
「あの、今のうちに輝力を送っておく?」
「大丈夫。今の僕にはこれがあるから」
そう言ってジュストくんは、大事に抱えていた剣を見せてくれた。
英雄王さまからもらった剣。
輝攻化武具みたいなものなのかな?
どっちにしろ、ジュストくんが大丈夫って言ってるんだから、私はそれを信じよう。
「カウントを始めるぞ。ゼロになったら射出する、それぞれ無事に着地しろ」
「射出?」
私の疑問は無視して、先生は秒読みを開始する。
十、九、八……
両隣のジュストくんとカーディの身体を押さえていた帯がハズれる。
七、六、五……
座席が横に引っ込んでいく。
「あの」
ヴォルさんも椅子のなくなった場所で腰を屈め、その時を待ち構えている。
四、三……
「ちょっと、先生」
座席が残ってるのは、右側前方の先生の席と、
二、一……
後部中央。
つまり私の席。
「ゼロ!」
床板が左右にぱかりと開いた。
下からものすごい風が吹き付ける。
座席に身体が縛り付けられてなかったら、天井に頭を打ち付けていたかもしれない。
ジュストくんとヴォルさん、カーディが機内から消える。
直後、床板はまた元の通りに閉まった。
静けさが戻ってくる。
「幸運を祈るぞ……」
先生が降りた三人に向かって祈りの言葉を呟いた。
うん、私には向いてないよね。
その言葉。
「あの、先生」
「……」
「私は」
「なんでお前はまだ残ってるんだ!?」
先生はものすごい形相で振り返って私を怒鳴りつける。
というかよそ見、前をみて!
おっきい岩!
「まえ見て、前!」
「ちっ!」
即座に先生はパネルを叩く。
機体が急上昇して、なんとか激突は免れた。
ふう……となんとか一息ついたのも、つかの間のこと。
エヴィルよりもずっと怖い先生の低い声が、私を恐怖のどん底に突き落とす。
「おいルーチェ、心して答えろよ」
「は、ははは、はい」
「お前は何故、俺の命令に従って機体から降りなかった?」
「だって、降りられなかったんです! それは私わるくない! 椅子がずっとこのままだったんだもん!」
ほら見てこの姿!
いや前を見てていいけど!
身動きが取れなかったんだから、仕方ない!
「……」
先生は黙ってパネルを操作する。
そのまま何度か同じようなことをくり返していた。
なんの反応もないとわかると、怒りが抜けていくような深いため息を吐いた。
「故障だ」
「え」
「お前の座席もベルトもまったく反応しない。悪いがずっとこのままだ」
「えええええっ!?」
ちょっと、それって大変なことだよね!?
「どうすればいいんですか?」
「悪いがどうしようもない。戦力ダウンは惜しいがこのままトリごと適当な場所に放置しようと思う、いいか?」
「やだ! ぜったいやだ! 助けて!」
「じゃあ自分で焼き切るしかないな」
「いやいやいや。これめっちゃ身体に食い込んでるんですけど」
「大丈夫。お前、腕が吹き飛ばされても平気な顔してるくらい頭おかしいから。胴体がちぎれたとしても死んでなきゃ俺が治療してやるよ」
頭おかしいってなんだ!
っていうか別に吹き飛ばされて笑ってないし!
戦闘中に仕方なくとかならともかく、自分の身体を焼くとか、すっごいやだ!
「とにかく、適当な場所を見つけて着陸するから……」
先生の言葉が途中で途切れた。
視線が左上を向く。
私もそっちに目を向ける。
なんかドラゴンみたいなのがいるね。
「話は後だ!」
わああ、また加速した!
ドラゴンが炎を吐いてくる。
それよりも早くトリは飛んで逃げる。
瞬く間にドラゴンを遙か後方に引き離した。
「ねえ、ジュストくんたちは!?」
「あいつらなら大丈夫だ! とにかくコイツを隠すのが最優先、三人とは後で合流すりゃいい!」
そ、そうかもしれないけど!
先生、責任もって私を守ってくれるんでしょうね!?
こんなとんでもない所でひとりだけ離ればなれなんて、絶対にいやだからね!?




