501 代表争い
代表候補の人たちは二手に分かれ、現在、力比べをするための場所に向かっている。
ベラお姉ちゃん、あんな風に言ってたけど、どうなるんだろう?
向こうで選ばれる代表者は一人だけ。
ジュストくんかベラお姉ちゃんのどっちか。
あと一応、マール王国の人の可能性もあるけど。
どうせなら、私も含めたみんなの中から、公平に選んだ方がいいと思うんだけどな。
まあ、こっちはこっちでマール王国の人と争わなきゃいけないんだけど。
とか考えていると、
「はあ……」
隣を歩くセアンス共和国輝術学校の校長さまが、露骨にため息を吐いた。
「随分と自信があるみたいですけれど、本当に勝てるんでしょうね?」
う。
なんか急に態度が冷たくなった気がするよ。
「それは……やってみないとわからないですけど」
「わからないじゃ困るのよ。貴女のために共和国はファーゼブル王国に莫大な支援金を支払っているんですからね」
そういえばそんな話だった。
「共和国には英雄王の隠し子や、星帝十三輝士一番星に比肩するような人材はいないの。だから貴女には期待してるのよ。少なくとも、支払った金額の見返りに合う程度にはね」
「それって見栄のためですか?」
「言葉を選びなさい。でも、貴女にとっても悪い話じゃないのよ? 支援金の一部は貴女個人に流れる約束になっているんだから」
別にお金が欲しいなんて思ってないんだけど……
それより、ちゃんと生きて帰れるよう準備万端で挑みたいよ。
マール王国の偉い人もそうだったけど、反攻作戦が失敗するとは考えてないみたい。
「ちなみに、どれくらいのお金なんですか?」
「そうね。満額でこの白の聖城が三つほど立て直せるくらいかしら」
ぶっ!
えっ、なにそれ。
とんでもない金額ですよね?
……ひょっとして、もし負けちゃったら。
そのお金、私が払わなきゃいけないの?
「もちろん、戦後も引き続き共和国の人間として暮らせと言っているわけじゃないわ。望むなら英雄として厚遇してあげてもいいけど、予定では行方不明、もしくは戦死扱いにするつもりだから」
「え、なんですかそれ。使い終わったら私をころす宣言?」
「違う違う。リュミエールっていう架空の人物は死んだことにして、貴女は元のルーチェさんに戻ってもらうだけよ」
そりゃまあ、英雄扱いなんてされても困るだけだけど。
自分の意志と関係ない所でいろいろ決められて、利用されるのは嫌だなぁ。
※
私が案内された場所は、さっき先生と戦った闘技場じゃなかった。
そっちではジュストくんたちが参加枠を賭けて争ってる。
できればそっちを見に行きたかった。
ここはお城の中庭。
尖塔の合間にあるだだっ広いタイル張りの空間。
庭って言うよりも、空き地って行った方が正しいかもしれない。
ちょっとくらい暴れても大丈夫な程度には広い場所。
「これは、いったいどういうことですか!?」
校長さまが怒声を上げる。
この場にいるのは私と校長さま。
それと、セアンス共和国のえらい人がふたり。
マール王国の例の大臣さんと、二十人近い術師服を着たひとたち。
「どういうこともなにもないでしょう。そちらの娘が言ったとおり、真に強い者を決めようとしているだけです」
大臣さんは肩をすくめて反論した。
「こちらも代表を選びかねていましてね。この際だから、これを機にもっとも優れた者を選出しようと考えた次第です」
「こちらの代表はリュミエール一人です、これではあまりに不公平でしょう!」
「ならば、そちらも複数の代表を立てればよろしい。大陸に名高きセアンス国立輝術学校。優秀な生徒は他にもたくさんいらっしゃるでしょう? 互いに代表を集めて勝ち抜き戦でも行えば、その中からもっとも優れた者が見いだせるはずだ」
大臣さんの発言に私は思わず感心しちゃった。
私の名前だけを買ったセアンス共和国。
当然ながら他に代表候補はいない。
どういう決め方にせよ、多くの候補がいる向こうは、数の上では絶対的に有利。
さらに言えば、大臣さんがベラお姉ちゃんたちの方じゃなくてこっちを見に来ていることからも、向こうは捨ててこちらの参加枠獲得に本腰を入れようとしてるのがわかる。
つまり、急遽私から代表を奪うのに全力を尽くすことに決めたってこと。
こっちの件は予定外だったはずなのに、いろいろと考えるもんだなあ。
「だからと言って、このようなやり方は明らかにうちのリュミエールに不利で――」
「あ、私なら大丈夫です」
憤慨する校長さまに私は言った。
「今、なんと?」
「大丈夫です。勝てますから」
校長さまは目を細めて眉根を寄せる。
そんなに睨まないで欲しいな……
「その言葉、信じていいんですね?」
「はい」
さっきはやってみないとわからないって言ったけど。
実際に相手の人たちを見たら、もう大丈夫。
これなら間違いなく勝てる。
「これからエヴィルの世界に乗り込むのに、あの程度の人達を恐れてなんかいられないですから」
私のその言葉はマール王国の人たちにも聞こえたらしい。
にわかに怒りを伴ったざわめきが輝術師たちの間に拡がった。
「……よくぞ言ったものよ。ならば、勝ち抜き戦という形で異存はないな?」
「うーん」
トーナメント製にしても、総当たり戦にしても、時間がかかりそうで嫌。
「面倒だから、まとめてやっちゃいましょう」
「……は?」
「私とそっちの人たち全員で。私が負けたら代表はそっちで選んでいいですから」
さすがにこの発言には、マール王国の人たちも顔色を変えた。
大臣さんなんか真っ青から真っ赤へ変わったよ。
おもしろい。
「ならば、望み通り嬲り殺しにしてくれるわ! 後悔するなよ小娘が!」
口調まで急に悪役になったね。
※
舞台も何もない、だだっ広いタイル。
私の周りを二十人の輝術師たちが取り囲んでいた。
少し離れた所でセアンス、マール両国のえらい人たちが眺めている。
あの人たちは巻き込まないように気をつけよう。
「今からコインを投げる。これが地面に着いた時を試合開始の合図と……」
「あ、そういうのいいんで。いつでも好きなときに始めちゃって下さい」
私は向こうの輝術師の代表っぽい人の言葉を遮った。
早く終わらせてお姉ちゃんたちの方を見に行きたいんだよ。
「……侮るのも大概にせよ。我が名はカリッサ、マール海洋王国随一の輝術戦士ぞ。そして後方に控える輝術師団員たちは、各々が一騎当千の精鋭である!」
「あ、はい」
「愚弄するか、小娘……っ!」
だって別に感想とかないし。
先生とやり合った後じゃ、どうしても……ね。
「後悔するなよ!」
カリッサさんっていう人がサッと手を上げる。
すると、残りの人たちが一斉に輝言を唱え始めた。
一番強い人を決めるって話だったのに、集団戦術に頼ってどうするんだろう。
まあいいや。
とりあえず、試合開始ことで。
「火蝶乱舞」
私は即座に火蝶を展開する。
ひいふうみ……相手は全部で十七人。
ちょうどいいね、それじゃ行きますよ!
輝術師さんたちが輝言を唱え終わるより早く、私は彼らの手を狙って火蝶を放った。
「うっ!」
「ぐわっ!」
避ける人。
まともに食らう人。
術の発動を止めてとっさ防ぐ人。
対処はいろいろだけど、ほとんどが攻撃を中断した。
「ふっ!」
そんな中ひとり、私に向かってくる人がいた。
カリッサさんだ。
火蝶を素手で弾き、そのまま突っ込んで来る。
「閃熱陣盾!」
私は閃熱の盾を前方に置いた。
ばちっ!
激しい音が響く。
カリッサさんがはじき飛ばされる。
「えっ……」
いま、思いっきりぶつかったけど、大丈夫……?
閃熱に生身で触れたら高熱で溶けちゃうんだけど。
「なんの!」
はじき飛んだカリッサさんは地面を削りながら踏み留まる。
よく見ると、彼は全身に淡い輝粒子を纏っていた。
さらに両手は眩いばかりに光っている。
この人、輝攻戦士だ!
それにあの手……
たぶんだけど、閃熱の光。
両手に纏わせることで、減衰させず威力を維持してるみたい。
これは迂闊に近づけないかな。




