50 東国
拾い集めた荷物をビッツさんがまとめて肩に背負う。
ばら撒いた責任を取りたいとのことで私の分も彼の皮袋に詰めて一緒に持ってもらった。
山賊たちをこのままにしておくのは心残りがあるけれど、夜になる前に山を抜けるには少し急がなくっちゃいけない。
「さあ出発するぞ」
「うん」
私は頷き再び歩き出そうとしたその時。
「待てよ」
突然背後で声がした。
ビッツさんはすばやく振り向いて私を庇うように背に隠した。
「いつの間に……」
低い声で呟く。
どうやら今度は彼も気付かなかったらしい。
荷物拾いに夢中になっていたとはいえまったく気配を感じなかった。
ビッツさんの背中には山賊から隠れていたとき以上の緊張が満ちていた。
肩越しにのぞくと、声の主が山賊の傍に立っていた。
さっきまで影も形もなかったのに私たちが荷物を拾っている間に音も立てずに近づいた人物は……って、
「あーっ、あなた!」
その顔には見覚えがあった。
大きめの外套を纏った若い男の子。
まだ少年と言っていいくらいの年齢でボサボサの髪は吸い込まれるような黒。
昨日ノルドの町で私を助けてくれた……もといバカにした男の子だ!
「ん……ああ昨日の女か」
首をひねってたっぷり考えた後、黒髪の少年は感慨もなさそうに言った。
「なにやってるのこんな所で!」
少年は私の質問を無視して頭を掻きビッツさんと私を交互に見た。
「悪いけどちょっと荷物を置いていってくれよ」
「はぁ?」
なにそれコイツもひょっとして山賊?
「さっき荷物を盗まれちまってな、すってんてんなんだよ」
「だからって今度は私たちから奪おうって言うの? そんなの山賊と変わらないじゃない!」
「仕方ねーだろ。金も食うもんもねーんだから」
はあっ? 何なのその理屈!
勝手なこと言わないでよね!
「盗まれるあなたが悪いんじゃない。こっちにまで迷惑かけないで!」
「ルーチェ」
とんとん。ビッツさんが私の肩をたたく。
「ちょっと良いか?」
はっ。私ってば大声出して……
やだ男の人の前ではしたない。
けどあいつの顔をみていたらつい。
「彼はノルドの町にいた少年だな」
そういえばビッツさんはあの時のやりとりを見てたんだっけ。
「おう。そこの女がチンピラに手を出して絡まれてたから助けてやった」
「あなたは自分が暴れたかっただけでしょっ」
助けたって言ってもその後は散々バカにしてくれたし。
私がお礼をできないと知るとさっさと食堂のおじさんについてっちゃったじゃない。
「そっちのオマエ。そいつのツレか?」
少年はビッツさんを挑戦的な目つきで睨みつけた。
どう見ても年上なのに目上の人に対する態度じゃないよね。
「一応今はそういうことになるな」
「なるほど。いざとなれば男が助けに入るってわかってたからあんな無茶ができたんだな」
「ち、違うもん。ビッツさんとはあの後に会ったばっかりなんだから!」
「ふむ。君がこの少年に対して隔意を持っているのはわかったが、そろそろ私にも喋らせてくれぬか? どうやら彼は私に言いたい事があるらしい」
「ご、ごめんなさい」
「はは。怒られてやんの」
「うるさいばか!」
なんなのコイツ!
いくら助けてもらった恩があるっていってもいい加減に腹立つ!
「まあいいや。とにかく荷物を渡してもらおうか」
そういって少年は腰から鞘ごと剣を外した。
「いやだと言ったら?」
「力づくで奪うまでさ」
少年はビッツさんを挑発するよう人差し指をチョイチョイと振って見せた。
「こらーっ。なにを勝手なこと言ってるのっ! そんなの私が許さないんだからねっ」
「どうした、その剣は飾りじゃないんだろ?」
また無視して!
もう私なんか目に私は入っていないとでも言うのか!
確かに昨日のコイツは強かったよ。
戦い方はメチャクチャだったけど自分よりずっと大きな大人を軽くあしらってたし。
けれど。ビッツさんだって山賊をあっという間にやっつけたんだから。
きっと調子に乗ってるんだ。
ビッツさんの強さを知ったら驚くんだから!
「その髪の色、東国の人間か」
ビッツさんは少年を見ながら言った。
「東国って?」
「ミドワルトの東部に広がる未開の地。暗闇の森よりも東の地域のことだ」
私の質問にビッツさんは少年から視線をそらさずに答える。
「長い間ずっと人の住む場所ではないと言われていたが、最近になってミドワルトとは異なる文化を持った奇妙な民族が住んでいることが明らかになった」
へー。学校じゃ習わなかったけどそんな場所があるんだ。
「奇妙って言うなよ。オレから見ればオマエらの方がおかしいんだからさ」
「そうか」
「で、どうするんだ? 素直に荷物を置いていけば乱暴はしないぜ」
「無意味な争いは避けたいが荷物を奪われるわけにはいかない」
ビッツさんは低い声で言いかばんを私に渡して剣の柄に手をかけた。
そのままの姿勢で少年を真っ直ぐ睨み返す。
「いいぜ、かかってこいよ」
「挑んできたのはそちらではなかったか」
ビッツさんの声色にも緊張感が漲る。
ダイが単なる子どもじゃないことは彼も知っている。
油断するつもりはないみたい。
「そーだったな」
少年はにやりと笑い右手を剣の柄にかけた。
二人の間の空気が張り詰める。
「ビッツさん……」
「さがっているがいい」
私は頷いて彼から離れた。
二人が本気になっている以上ジャマはしちゃいけない。
ジリジリと距離が詰まる。
正面に武器を構えるビッツさんに対して少年は剣を鞘に納めたまま無造作に突っ立っている。
「どうした抜かないのか」
「へへっ」
少年は馬鹿にしたように笑った、直後。
地面を蹴って勢いよく突っ込んできた。
いけない!
ノルドでチンピラの剣を折ったときのことを思い出す。
少年はビッツさんの懐に飛び込み剣の柄に手をかけた。
目にも留まらない速度で少年が剣を抜く。
乾いた音が響いた。
すれ違いざまに剣を抜いて相手の武器を叩き折る。
あの技を思い出したときにはすでに目の前に同じ光景が再現されて――
「抜刀と同時の攻撃とは恐れ入るが、少し踏み込みが足りないな」
「くっ……」
いなかった。
二人が剣を交差させて睨みあっている。
どちらの武器も破壊されてはいなかった。
ビッツさんが自分から間合いを詰めて鍔元で受け止めたみたいだ。
「やるじゃねーか……《一ノ太刀》を止められたのは久しぶりだぜ」
少年が剣を跳ね上げる。
二人は再び距離を開いた。
そして、駆ける。
少年が薙ぐ。ビッツさんが受ける。
ビッツさんが突く。少年は避ける。
金属のぶつかり合う音。音。音。
目まぐるしく二人が入り乱れる。
凄い。速い。強い。
二人の姿を目で追うので精一杯だった。
互いにどんな攻撃をしているのかもわからない。
それくらい二人のレベルは高い。
フィリア市にいた頃に街の剣術試合を見に行ったことがある。
腕自慢の大人たちが戦っているのも何度も見た。
けど二人の戦いはまるで次元が違う。
フィリア市を脱出する時に輝士相手に暴れまわったナータも凄かったけど、そのレベルを遙かに超えている。
達人同士の真剣勝負。
私が知っている中でこんな動きができるのはベラお姉ちゃんかジュストくんくらいしかいない。
一歩も譲らない激戦が目の前で繰り広げられる。
その勝負に変化が訪れた。
二人の剣が何度目かの交わりを果たした時。
甲高い音を立てて折れた刃が宙を舞った。
瞬間、飛び跳ねるように距離を置いて剣を構えなおす二人。
刃が折れていたのは――黒髪の少年の方。
「その剣、ただの銅剣じゃないな」
「護銅剣という。切れ味こそ無いに等しいが輝工精練が施されており強度は鋼鉄にも勝る」
「見た目に騙されると痛い目を見るって事か」
少年はくくくっとあくびをかみ殺したみたいに笑う。
剣を折られているのに動じている様子はない。
勝負は着いているのにどうしてこんなに落ち着いているのかわからない。
「売れば金になりそうだし折れた剣の代わりにそいつもいただくぜ」
「何を言っている。もう勝負は着いたはずだ」
そ、そうだそうだ。
剣を折られたんだから負けているのはそっちじゃないの。
なのに少年は余裕の表情を崩さない。
折れた剣を放り投げ羽織っていた外套を翻す。
そして腰にぶら提げていたもう一本の剣を引き抜いた。
それはさっきの折れた剣よりも一回り短い反りのある片刃の剣。
「東国の剣か」
「作ったのはこっちの人間だけどな」
少年が無造作に剣を一振りする。
ビッツさんは油断なく剣を構え少年の次の行動を伺った。
「コイツはちょっと特別だぜ」
少年が片目を閉じてニヤリと笑った次の瞬間。
「何!?」
少年の周囲を細かい光の粒が舞った。
飛んだ。
地面スレスレを滑空するような飛翔。
大きく開いていた距離を一瞬にして詰め目にも留まらぬ速さで剣を振う。
乾いた金属音が響く。
その出所はビッツさんの護銅剣。
「勝負アリだぜ」
ビッツさんの銅剣は先端が折られて一回り短くなっていた。
イタズラが成功した子どものように少年は薄く笑う。
後方のはるかに離れた場所で。
あの一瞬であれだけの距離を移動しすれ違いざまに簡単には折れないはずの護銅剣を叩き折った。
人間技じゃないその動きは、まるで――。
「輝攻……戦士?」
少年の体を纏うのは薄青く輝く光の粒。
それはあの日のジュストくんと同じ輝攻戦士の証だった。




