486 ▽長い付き合い
結局、カーディナルたちは、船に戻って待つことにした。
ヴォルモーントは相変わらず自室と定めた船室に籠もっている。
連れてきた兵士たちは島護保安隊と一緒にケイオスの捜索を開始した。
さて、夜になるまでやれることはない。
幼少モードで適当に紅茶でも飲みながら寛ぐとしよう。
もちろん、有事の際の乗り物であるラインには側で待機を命じておく。
夕方頃になって、情報を持った兵士が戻ってきた。
「集落と反対側の岩場で保安隊員の死体が二つ発見されました。うち片方は輝攻戦士です」
カーディナルは即座にラインと同化して飛び出し……もとい、飛び出させた。
輝攻戦士を殺せるほどの敵が出没した。
これは間違いなく当たりだ。
「姿を変えて島民の中に紛れてるかと思ったけど、単純に見つかりにくい場所に潜んでただけみたいね。島の特異さを利用して裏をかいたつもりなのでしょう。あなたのメチャクチャなやり方が功を奏したわけですが、とにかく犠牲者が出ている以上は急がないと!」
星輝士であるラインはもちろん輝攻戦士になれる。
家の屋根を飛び繋ぎ、岩山を越え、十分後には島の反対側に辿り着いた。
船を停泊させた集落側とは違い、遠くまで岩礁が続く入り組んだ地形になっている。
集落からの道は通じていない。
やってくるには険しい岩山を超えるしかない。
用がなければ、まず足を踏み入れる人間もいないだろう。
現場には保安隊が一〇名ほど集まっていた。
ぽっかりと開いた洞窟の前で喧々囂々と言い合いをしている。
その傍らには布きれを顔に被された、二つの屍骸が横たわっていた。
「仲間を殺されて怖じ気づいてるのかな、かえって好都合だね。くっ……」
冷静に状況を判断するカーディナル。
それに対して、ラインは怒りを露わにした。
直情的ですぐ熱くなるところは彼の欠点でもある。
「そこの保安隊の方々!」
「なんだお前は」
ラインは躊躇なく彼らのところへ向かい、堂々と名乗りを上げた。
「新代エインシャント神国より命を受け派遣された、シュタール帝国星帝十三輝士十三番星ラインです! ここは僕に任せていただきたい!」
「しゅ、星帝十三輝士?」
保安隊の面々は遠く離れたシュタール帝国の輝士がこの場にいる事に戸惑っているようだ。
どうやら潜んでいるケイオスが帝国の裏切り者ということは知らないらしい。
彼らはしばし相談し合った結果、調査を引き受けるというラインの提案に従った。
「わかりました。かの高名な星輝士様なら安心してお任せできます。どうか、我々の仲間の仇を取って頂きたい」
「信用してくれてありがとうございます。それで、状況は?」
若い保安隊員が説明をする。
「最初に二人の死体を見つけたのは自分です。すぐ他の仲間に連絡しましたが、偵察に向かった同僚が一人いて、まだ洞窟の中に入ったまま出てきません」
「早く助けに行かないといけませんね……」
「気をつけて下さい。中にいるのは恐らく、相当な化け物です」
「ありがとう。あなたたちは早く、斃れた仲間を弔ってあげて下さい」
簡単な引き継ぎを済ませ、洞窟の中へと入っていく。
ラインは完全に頭に血が上っている。
カーディナルは軽く注意した。
「もう少し待ってからの方が良いよ、今は敵も警戒してるだろうし。待てません、こうしている間にも先に入った保安隊の方が危険に晒されているんです」
やはりラインの後先を考えない性格は問題である。
正直に言って、いくら彼でも単身でケイオスに勝つのは無理だ。
ましてや相手は彼よりも遙かに強い、二番星を相手に深手を負わせた猛者だ。
せめてカーディナルが戦える夜まで待つべきである。
だが、こうなったラインは非常に頑固であることも知っている。
「カーディさんは僕から分離して、安全なところで夜まで待って下さい。もし僕が戻って来なかったら……その時は、よろしく頼みます」
普段は押しが弱いくせに、こういう時だけは絶対に譲らないやつなのだ。
今回だって完全に巻き込まれた形なのに、嫌な顔ひとつせず危険に飛び込んでいく。
「……仕方ないな」
彼と同化してずいぶん経つ。
宿主と寄生種の関係とはいえ、付き合いも長い。
まもなくお別れといっても見殺しにするのは目覚めが悪い。
「わたしも一緒に行ってやる。その代わり、エルデを見つけても戦闘は避けるんだ。保安隊員の捜索が第一だよ。いいね? カーディさん。おまえが死んだらわたしは戦えないんだよ。それにモタモタして赤毛に先を越されるのも癪だしね」
どう考えてもリスクの高い悪手である。
まったく、子どものお守りも楽じゃない。
「……ふふ。本当は僕を見殺しにしたくないくせに、素直じゃないですね。なにか言った? いたたたたっ! で、電撃は止めて下さい! いいから行くと決めたらさっさと行くよ」
日暮れ前に出せる力なんて軽く痺れる程度。
とはいえ、ラインに電撃を浴びせれば中にいる自分も痛い。
馬鹿なやり取りは止め、一心同体の二人は洞窟の中へと入っていった。
※
岩場が波で削られて作られた奥深い洞窟である。
水路にはうち捨てられた小舟がいくつか係留してあった。
灯りを確保しながら進むうち、潮の香りとは別の匂いが漂ってくる。
「これは……」
ラインが呟く。
カーディナルは何も言わなかった。
魔動乱中に飽きるほど嗅ぎ慣れたこの匂い。
紛れもなく、血の匂い。
それも、死の香りが漂う、とびきり濃厚な。
「急がないと!」
弾かれたようにラインが走り出す。
直後、岩の出っ張りに足を躓いてしまった。
「わわっ! バカ、気をつけろ! すみません!」
とっさに輝攻戦士化して転倒を回避。
そのまま低空飛行で匂いの元へと向かった。
角を曲がった所で彼らは見る。
水路から外れた、少し広くなった空間だ。
バラバラに引き裂かれた人の死体が散乱したいた。
その中心に、貪るように死肉を食らっている銀髪の男がいる。
「エルデ様……いや、裏切り者、エルデ!」
「なんだ、また新しい客か?」
銀髪のケイオス。
彼は発見されたことに対する焦りも見せない。
鷹揚に立ち上がると、食いかけの肉片を壁に投げ捨てた。
死者を冒涜するその態度に、ラインが拳に力を込める。
「おい、逸るなよ。わかっています……!」
ラインは息を深く吸い込んだ。
怒りを抑える程度の分別はあるようだ。
エルデはニヤニヤしながらこちらを眺めている。
「どうしたんだい? 突っ立っていないで、僕に用があるなら――」
「せいっ!」
その横っ面に、ラインの先制攻撃が決まった。
「お……」
腰に巻いた鞭を一瞬にして解放。
離れた所にいるエルデの顔面を打った。
普段は気弱な青年だが、鞭使いとしての彼の技量はたいしたものである。
相手に攻撃の気配を悟らせずノーモーションで攻撃を与えたのだ。
輝粒子の込められた鞭は岩盤さえ削り取る。
普通のエヴィルなら十分に致命傷になる一撃だ。
しかし、エルデがダメージを受けている様子はない。
「人類戦士か……この生ゴミよりは腹が膨れそうだね」
吐き捨てた肉片を踏み躙りながらエルデが近づいてくる。
ラインの顔が怒りに歪んだのは一瞬のこと。
彼は踵を返して来た道を引き返した。
「おや、怖じ気づいたか?」
警戒せずに追ってくる銀髪のケイオス。
不用心な敵を待ち構えていた罠が襲う。
「真緑蔦束縛!」
ラインはフロアに入る前に罠を仕掛けていた。
四方八方から光る緑色の蔦がエルデの小柄な身体を絡め取る。
それらが四肢に巻き付くと、瞬く間に全身を縛り上げ、その場に固定してしまった。
「お……?」
「もう動けませんよ!」
攻撃輝術は苦手だが仲間のサポート技には長けている。
この術は最近身につけた、彼が使える唯一の五階層の術である。
直接的な威力はないが、人間大の敵なら確実に捕らえ、動きを制限できる。
東国の斬輝使い相手に、仲間の誰ひとり手も足も出なかった苦い経験。
その時の反省を活かして彼が必死に習得した、とっておきの束縛術である。




