473 ▽聖剣
「そんな……」
当然、知っているものと思っていた。
知っていて語らないだけなのだと。
天然輝術師は多くの国で存在していないことになっている。
かといって、英雄プリマヴェーラの娘と公言できるわけがない。
だから彼女は『聖少女の力を継ぐ者』などという、曖昧な表現で誤魔化しているのだとばかり……
もしかしたら自分は、彼女に余計なプレッシャーを与えていたのではないか?
ルーチェは別に英雄の使命感に燃えてあの旅を乗り越えたわけじゃない。
自分や仲間を護るため、必死で戦っていただけなのだ。
これじゃ、アルジェンティオと同じじゃないか。
彼女を利用していたのは、自分もだ。
「今さら悔やんでも意味ないぜ。あいつは俺たちの目論見通り、旅を通じて大きく成長した。戦闘力だけなら今やグレイロードにすら迫る輝術師だ。もう反攻作戦から外すわけにゃいかないんだよ」
「平和のためと言えば、何も知らない少女を利用してもいいって言うのか……!」
「そうだ、使えるものはなんでも使う。もちろんお前も例外じゃない」
アルジェンティオが立ち上がる。
ジュストは思わず剣の柄に手をかけた。
英雄王は薄く笑い、部屋の奥へと歩いて行く。
そして、壁に立て掛けてあった一振りの剣を手に取った。
柄部分に円形の飾り。
その中に青い宝石が埋め込まれている。
それ以外は特筆すべきところもない、普通の剣だ。
英雄王はそれをジュストに差し出した。
「王家に伝わる由緒正しき古代神器、『聖剣メテオラ』だ。これをお前に貸してやる」
「聖剣……?」
ジュストは躊躇いつつ剣を受け取った。
触れた瞬間、それが普通の武器ではないと気づく。
「凄まじい輝力を感じる……これは一体?」
「輝攻化武具の一種だよ。つっても、そこらの古代神器とはわけが違うぜ。通常の輝攻戦士を基準にした場合、およそ五十倍のエネルギーを秘めている」
「五十倍!?」
「そうだ。こいつを使えば、誰の力も借りずに二重輝攻戦士になれる」
輝攻化武具は、それ自体に莫大な輝力を秘めている。
手にした者は輝攻戦士の力を得られる、伝説級の武器だ。
ジュストも以前に使ったことがあるが、輝攻化武具による輝攻戦士化は隷属契約によるものと同様、輝鋼石の洗礼を受けた正式な輝攻戦士と比べて特に違いがあるわけではない。
ひとつの輝攻化武具から引き出せる力には限界があり、それだけで二重輝攻戦士になれるわけではなかった。
「あるいはそれ以上も可能かもしれん。もちろん、お前の体が耐えられるならだが……くくくっ」
「……なぜ、これを僕に渡すんだ。あなたが使えば良いじゃないか」
自分を利用するくらいなら、英雄王自身が先頭に立ってエヴィルの世界に行けばいい。
なにせ、十数年前に実際に行って帰ってきた五英雄本人だ。
ジュストが行くより、よほど戦えるだろう。
多少の皮肉を込めて込めてそう言ったのだが、
「そうしたいのは山々だが、残念ながら俺はもう剣を握れない体なんでな」
アルジェンティオの右腕はよく見ると小刻みに震えている。
そういえば、先ほども剣をずいぶん重そうに持ち上げていた。
よほどの重量なのかと思ったが、ジュストの手に収まったそれは羽のように軽い。
ジュストは思い出す。
魔動乱の後、英雄王が隠棲した理由を。
「重症で療養していたというのは、嘘じゃなかったのか」
「一時はスプーンを握ることすらできなかったんだぜ。日常生活を送れる程度には回復したが、エヴィルと戦うだけの力は、もうないんだよ」
「だからって僕に託すのか。こんな怖ろしいものを」
「それがあれば、今度こそお前自身の力でルーチェを守れるぜ」
「……」
それは、とても魅力的な言葉だった。
ジュストの輝攻戦士の力は、所詮は借り物だった。
天然輝術士から力を借りる輝攻戦士は奴隷輝士と揶揄されることもある。
この王家の聖剣があれば、彼女の力を借りずに、彼女のことを守ることができる。
「でも、これだってやはり借り物の力では……」
「五英雄の英雄王アルジェンティオは、ただ輝力を扱うのが上手いだけ」
アルジェンティオはジュストの目をまっすぐに見ながら低い声で言う。
「その人間離れした力は、すべて王家に伝わる聖剣のものだった……とばしのゴシップなら二流だが、厳然たる事実だ。でもそれがどうした? 俺だけがそいつを扱えた。その剣を使いこなせたから世界を救えたんだ」
理屈はわかる。
強大な力を使える。
それは才能なのだろう。
「たまたま才能を持って生まれただけの僕たちに、世界の命運を背負えというのか」
「お前らしかいねえんだよ」
弱気になるジュストを、英雄王は強い口調で煽る。
「お前もルーチェもまだまだ未熟だ。精神力だけならそこらの輝士にすら劣る。だがな、エヴィルと闘うのに最も必要な要素はなんだと思う? それはパワーだ。エヴィルの世界に行けるのはたった五人。戦術なんてあったもんじゃねえ。たった一人で戦局を変えうるような、化け物みてえな戦士こそが最適なんだよ」
「化け物……」
歯に衣着せぬ物言いだ。
だが、不思議と腹は立たなかった。
おそらく、彼の語ることは正しいのだろう。
いくら心身を鍛え上げた立派な輝士でも、それだけでケイオスに敵うわけではない。
しかし、二重輝攻戦士になったジュストは違う。
力だけで敵を圧倒することができる。
達人による長年の経験や努力すら霞んで見えるような、圧倒的な力。
それをジュストやルーチェは持っている。
かつての五英雄と同じように。
「まあ、最終的にメンバーの選抜をするのはグレイロードだ。お前が必要かどうかを決めるのはあいつ次第。ものは試しだ、そいつを持って新代エインシャントに戻ってみろ」
聖剣メテオラの柄を掴み、強く握り締める。
薄壁一枚隔てた向こうに凶暴な猛獣が潜んでいるようだ。
そんな錯覚を起こすほどの底知れない力が、この剣には宿っている。
どうするべきか。
未熟な自分の頭では判別がつかない。
目の前の英雄王こそが、自分たちの平穏を脅かす巨悪にすら思える。
ただ、一つだけハッキリしていることがある。
絶対に魔動乱を繰り返させてはいけない。
エヴィルは倒さなくてはならない。
平穏な日常を一瞬にして打ち砕き、ローザの命を奪ったエヴィル。
もう二度とあんな悲劇を起こしたくない。
それがジュストが村を出た理由だ。
何より優先すべき、僕の正義。
「……礼は言いませんよ」
「それでいい。俺に対する憎しみもすべて、クソッタレなエヴィル共にぶつけてやれ」
「勝手な言いぐさだ」
すべてが終わったら、このふざけた父親をぶん殴ってやろう。
そう心に決めて、ジュストは踵を返した。
もう、ここには居たくない。
※
「なんてことだ……!」
学生宿舎の屋上にて。
ジュストは戦慄していた。
手にした力のあまりの強大さに。
液状の輝粒子が体を包んでいる。
このまま走ればこの身はどこまでも駆けられる。
剣を振れば、この手は凄まじい破壊をもたらすだろう。
今までは二つ以上の要素が揃って、初めて成功していた二重輝攻戦士化。
それが今は自分の意思だけで、こんなあっさりとなれてしまうとは。
しかも、聖剣メテオラに秘められた力はまだまだこんなものじゃない。
街中で試す気にはならないが、全力を出せばあの一番星と同等。
いや、瞬発的な力だけなら、彼女を上回るかもしれない。
この手の中にすべてがある。
その気になれば、目の前に広がる景色を……
街をメチャクチャに破壊することだってできる――
「……くっ」
身が竦む。
なんと怖ろしい想像をしたんだ。
もちろん、ジュストにそんなつもりは毛頭ない。
だが、可能であるということが、こんなにも怖ろしいとは。
これが、力を持つ者のさだめ。
ルーチェはこんなものをずっと背負っていたのか。
城壁の向こう、山々の稜線が赤く色づいていく。
生まれ故郷であるクイント国のある方角だ。
数日後にはそのさらにずっと向こう、遙か遠く新代エインシャント神国に戻らなくてはならない。
人類の存亡を掛けた戦い。
そんなことを言われても実感はない。
しかし、この手にはそれを為すとまでは言わずとも、一助になれるだけの力がある。
自分のすべきことはなんだろう。
旅を始める前にも一度は考えたことだ。
あの優しい少女を守るために全力を尽くしたい。
最初は任務のためと思っていたが、長く接していれば愛情もわいてくる。
なのに、半年も側に居ながら、情けないことに自分は今日まで何もわかっていなかった。
「今の僕は彼女のことを、どう思っているんだろう……」
自問するように呟いた。
彼女に真実を伝えるべきか?
君は聖少女プリマヴェーラの娘だと。
君の育ての親であるアルディは、正体を隠した英雄王だと。
そして、僕たちは腹違いの兄妹だと。
これまでの旅はすべて仕組まれたもの。
英雄王が君の成長を促すために行なっただけ。
……言えるわけがない。
あの優しい少女を傷つけたくない。
それは、自分のエゴなのかもしれないけれど。
ジュストは少なくとも、今はまだ隠しておくべきだと思った。
代わりに、彼女のことは命に代えても守ろう。
人類の敵も、世の中の不条理も。
彼女と一緒ならきっと乗り越えられる。
日は沈み、夜の帳が落ちる。
まぶたを閉じると彼女の姿が浮かんでくる。
かけがえのない人を、今度こそ絶対に失わないと。
ジュストはそう強く誓った。




