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閃炎輝術師ルーチェ - Flame Shiner Luce -  作者: すこみ
第7章 旅の終わり - divine kingdom -
467/800

467 変わるということ

「な、がぁ……!? 我の、腕が……!」


 ケイオスが驚愕の顔で目を見開く。

 混乱している隙に私は敵の懐に飛び込んだ。

 右手には閃熱の剣を、周囲には十七の火蝶を纏いながら。


 片腕がない以上、回避するしかないケイオスは、大きく後ろに飛んで距離を離した。


「お、おのぉ、れぇ!」


 細かった目が極限にまで開かる。

 その瞳には赤暗い光を宿している。


 残された左手が変化を始めた。

 気色悪く伸びた肉体の一部が形を変える。


 胸の間あたりに、もう一つの腕が出現する。

 伸びた部分が鋭く尖った一本の剣となり、新しい手の中にすっぽりと収まる。


「もう許さんぞ、貴様の身体をズタボロに切り刻んでやる。絶対に楽には殺さん。たっぷりと時間をかけて、生き地獄を味わわせた上で――」


 月並みな脅し文句は最後まで言わせなかった。

 ケイオスが手にした剣が半ばから折れる。

 中間部が消失し、残骸が落ちていく。


 とっておきがあっさり台無しになったケイオスは、呆然とした表情でその光景を見ていた。


「な、なんで……?」


 たぶん、ただの剣じゃなかったんだろう。

 コイツにとっては必勝の切り札だったはずだ。

 ものすごい攻撃力を持った武器だったのかもしれない。


 ただし、耐久度はたいしたことなかったみたい。

 ケイオスの剣を溶かしたのは、真っ白に発光する閃熱の蝶。


 閃熱白蝶弾(フラル・ビアンファルハ)


 高威力だけど減衰が激しく、ほとんど射程の出せない閃熱(フラル)

 威力はそのままに、長射程、超高速で撃ち出す術だ。

 流読みで狙いを定めれば当てるのは難しくない。


「この、小娘がぁっ!」


 一瞬にして反撃の手段を奪われたケイオスだけど、まだ逃げようとは考えないみたい。


 わかってないのかな?

 あの攻撃、頭を撃たれてたら、すでに死んでたって事。


 ケイオスは異常にプライドが高い。

 人間とまともに会話なんてしようとしない。

 住処に攻め込んだ時も、いつも尊大な態度で待ち構えていた。


 こいつらにとって人間は見下すべき相手。

 逃げるなんて選択は絶対にできないんだろう。

 たとえ、目の前にいるのが自分より遙かに強い相手でも。


「死ねえーっ!」


 叫びながら、ケイオスは一直線に私に向かって飛びかかってくる。

 折れた剣を捨て、申し訳程度の輝力を左手に集中。

 あまりにも哀れな捨て身の突撃。


 私は慌てることなく、正面に閃熱の盾を展開した。


「ごぎゃあーっ!」


 閃熱陣盾(フラル・スクード)


 円形の防御陣。

 ただし、触れたものを消し炭に変える超高熱の攻性の盾。

 間抜けにも正面からぶち当たったケイオスは、体を仰け反らせながら絶叫を上げた。


 左手に溜めた輝力が霧消する。

 その顔に始めて恐怖の色が浮かぶ。


 私は即座に閃熱陣盾(フラル・スクード)を解除。

 炎の四枚翅を全開にして、敵の正面に飛び込む。


「や、やめ……っ」


 怯えた顔のケイオス。

 その腹部に拳を押し当てる。

 私は躊躇せずトドメの一撃を放った。


爆華炸裂弾(フラゴル・アルティフィ)!」


 拳の先からオレンジ色の光球が飛び出す。

 それはケイオスの体を押し上げながら、もの凄い勢いで空へと上昇していく。


「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ……」


 ケイオスの断末魔の叫びが遠ざかる。

 やがて、声が聞こえなくなるほど、遠くに打ち上がった頃。

 遙か上空で光り輝く大輪の華が咲き、少し遅れて天が割れたような大爆音が響いた。




   ※


 戦闘を終えた私は地面に降り立った。

 住宅街の中、ケイオスの消えた空を見上げる。


 そそて視線を落とし、自分の手を見つめる。


 私はケイオスを倒した。

 ううん、殺した。

 この手で。

 あっさりと。

 やめてって言おうとした声を無視して。


 あのケイオスは敵。

 人間を見下す話の通じない悪。

 無数のエヴィルを指揮する邪悪な異界の指揮官。


 けれど、ジャンジャという名前を持っていた、ひとつの命。


 ずっと前、輝術師としての修行をしていた頃……

 力を振り絞ろうとすると、非常に攻撃的になる自分に気づいた。

 しまいには意識が飛んでしまって、守るべき人を傷つけたこともあった。


 あの時はそんな自分が怖かった。

 まるで自分の中に違う何かがいるみたいで。

 誰かはそれを「もう一つの魂」なんて言ってたような気がする。


 長い旅を経て、たくさんの修行をして、そういうことは今じゃもうなくなった。


 今は意識を保ったまま冷静に戦える。

 そんな自分を怖いとは思わない。

 当たり前のように、敵を倒せるようになったことを。


 拳をぎゅっと握り締める。

 この手は半年前と変わらない。

 でも、あの頃とはもう違っている。


 最初に気づいたのはセアンス共和国。

 ヴォルさんと一緒にたくさんのエヴィルと戦った時。

 戦いの高揚感に任せ、抵抗せずに怯えてるエヴィルを消滅させた時。


 身を守るためにやったわけじゃない。

 人類の敵とはいえ、私はあの時、間違いなくひとつの命を奪った。


 神都での試験の時も本当はわかっていた。

 この手に宿る力は、世界の命運を左右するほどに大きいんだって。


 信じたくなかった。

 私はまだ、普通の女の子に戻れるんだって思いたかった。


 別の誰かなんていなかった。

 もう一つの魂なんて存在しなかった。

 ただ力があって、振り回されていたそれに慣れただけ。


 煤けたように頼りないジルさんが悲しかった。

 変わり果てた姿になったターニャを見て辛かった。


 けれど、それと同じように、私もまた変わってしまっていたんだ。

 ファーゼブル王国に天然輝術師は存在しちゃいけない。

 たぶん私はもう、この街にはいられない。


 だったら、先生の元で一番みんなのためになることをしよう。

 もう二度とターニャみたいな悲劇を繰り返さないために。

 こんな私でも、誰かの役に立てるのなら。


 夕暮れ色に染まり始めた空を見上げる。

 荷物を取りに家に戻ろうと思い、振り返ると。


「ルーちゃん?」

「あ……」


 目の前にナータがいた。

 彼女は何も言わずにこちらを見ている。

 もしかして、私が降りてくるの、見てたの?

 空の上で戦っていた所も、全部?


「見てたの?」


 私は問いかける。

 ナータは少し困ったような顔をして、二呼吸ほど間を置いて、頷いた。


 そっか、見てたんだ。

 ナータは眉根を寄せ、複雑な表情で重たげに口を開く。


「ルーちゃん、なの?」


 それは、さっきも聞いたセリフだった。

 久しぶりに会ったときに彼女が言ったのと同じ。

 だけどその言葉の意味は、さっきよりもずっと重い。


 私は同じようには答えられない。

 だって、当然そう思うはずだから。


 だから私はこう答えた。


「もしかしたら、違うかも」


 あなたが知っている私とは。

 そんな意味を込めて。


 私はナータの顔を見ないよう、背中を向けて飛び立った。


「待って、ルーちゃ――」


 ナータが何かを叫んでいたけれど、燃える翅の音にかき消された。


 ごめんね。

 でも私は、もう……

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