464 いない間に起こった事件
さて、改めてご紹介しましょう。
私の大親友にして、フィリア市が生んだ奇跡。
世界一の超絶美少女、ご存じインヴェルナータちゃんです!
「え、な、何?」
「なんにも言ってないぽよ」
「そう。そ、それより、悪かったわね。さっきは取り乱しちゃって……」
カフェのテラスで私とナータは向かい合って座ってる。
彼女はちょっと恥ずかしそうにコーヒーカップに視線を落とした。
目元には涙の跡が残っているけれど、なんとか普段の落ち着きを取り戻してる。
「う、ううん。私も会えて嬉しかったし」
いきなりでびっくりしちゃったけど、再会を喜んでくれたんだよね。
しかし、こうして改めて向き合ってみると……
ナータって本当に信じられないくらいの美少女だよね。
彼女がそこに存在しているだけで、周囲が輝いて見えるほど。
圧倒的な存在感を放ちつつも透き通る白雪のような儚さも併せ持つ。
その姿はまるで暗黒の世界に夜明けを告げる神話に語られる聖なる女神のよう。
もし彼女がその気になれば、世界中の男をひれ伏せさせることも用意だと確信を持って――
「ちょっと、ルーちゃん? どしたの?」
ナータが私の顔の前でひらひらと手を振っている。
しまった、ナータに見とれて我を忘れていた。
怪しまれないよう言い訳しなきゃ。
「ナータに見とれて我を忘れてた」
「ひ、久しぶりに会ったってのに、からかわないでよ」
ナータは顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
別にからかってるわけじゃないんだけどな。
「そうだ、お土産があるんだよ」
私はカバンをテーブルの上に乗せ、中から大量の紙束を取り出した。
「はい、お手紙!」
旅の途中で書いた近況報告の手紙。
結局、これまでフィリア市に送るような手段はなかった。
なので溜まる一方だった手紙を、ここでお土産として一気に渡してしまおうってわけだよ。
「それからこれも」
続いて取り出したのは農耕用具。
鉄製の柄にボタン一つで刃が飛び出す、inver社製の高級鉈。
名付けてインベル鉈!
旅をする上で武器のひとつつくらいは携帯しておかなきゃと思って買ったんだけど、結局一度も使わないままカバンの奥に放置しっぱなしだったのですよ。
「とどめだ!」
積み上げるのは神都で買ったお菓子。
テーブルの上に所狭しと置かれたお土産の山。
私は得意顔になって「さあどうぞ」とばかりに両手を拡げた。
そしたら。
「う」
「う?」
ぽろ、ぽろり。
「ううっ……あ、ありがと……すごく、うれしい」
「あれっ?」
ナータは予想外のリアクションをした。
「ちょ、ちょっと、なんでまた泣くの?」
「だって、ルーちゃんが私のことを、こんなにいっぱい想っていてくれてたから」
「うっ」
そんな風に感動されると、なんだか罪悪感がわいてくる。
お菓子はともかく、手紙や鉈はジョークみたいなものなのに……
まさかこんないい加減なもので喜んでくれるなんて思わなかった。
もっとちゃんとしたもの買ってくれば良かったよ。
ナータは手紙を胸に抱いて涙を流してる。
どうしよう、すごく気まずい。
何か話さなきゃ。
「わ、私がいない間、学校はどうだった?」
「……ん」
ナータは目を開けると、うつむきがちのまま私を見た。
けれどなぜか、何も言ってくれない。
「ジルさんとかターニャとか、みんなも元気かな。できればみんなにも会いたいと思ってるんだけど」
「それは……」
「えっ、ルーチェ?」
ナータが何かを言おうとした瞬間、後ろから名前を呼ばれた。
振り返ると、そこには花束を抱えた長身ショートヘアの女性が立っていた。
「あ、ジルさん!」
「えっ、まじでルーチェ? 本物?」
「本物だよ!」
うわあ、久しぶり。
お別れもできずに街を出ちゃったからなあ。
ジルさんは私の頭越しにナータに視線を向けて尋ねた。
「なのか?」
「みたい」
断片的な言葉だけで意思疎通する二人、仲良いね。
「さっき帰ってきたばっかりなんだよ。ちょうどこれから会いに行こうと思ってたんだ」
「そ、そうなのか」
ジルさんは再びナータの方を見る。
何も聞いていないのにナータは短くこう答えた。
「まだ」
なにがまだなんだろうね。
ところでジルさん、なんで花束を抱えてるんだろ。
私が帰ってきたことをお祝いしてくれるってわけじゃないと思うけど……
「ねえねえ、ターニャは元気?」
せっかくなので、もう一人の友だちのことも聞いてみる。
私、ナータ、ジルさん、そしてターニャはクラスの仲良しグループだったからね。
「あ……」
ジルさんの顔がみるみる曇っていく。
どうしたんだろうって思ってナータを見る。
そしたら、彼女もすごく悲しそうな顔をしていた。
な、何かまずいこと言っちゃった?
もしかして、ケンカ中とか?
だったら仲直りして欲しいけど、とりあえずせっかく再会したんだし、とりあえずは別の話題にしておいたほうが良いかも。
「えっと……花束なんか持って、ジルさんはこれからどこに行くつもりだったの?」
自然に話を変えたつもりだったけど、ジルさんの暗い表情は変わらない。
彼女は私の目を見て、そして言いにくそうに小声で質問に答えた。
「……病院」
「え、誰かのお見舞?」
口にした後で、猛烈に嫌な予感がした。
「うん。ターニャの……」
※
病院に向かう道すがら。
私はようやく異常に気づいた
街の中心部にあるルニーナ街。
そちらに近づくにつれ、半壊した建物や、ひび割れた道路が目立つようになった。
輝動馬車での移動中、ナータからフィリア市で大きな事件があったことを聞かされる。
若い少年少女たちが暴動を起こしたこと。
王都から輝士団が派遣されるほどの大事件だったこと。
少なくない犠牲者が出て、その黒幕にケイオスがいたこと。
南フィリア学園がそれ以来ずっと休校中なこと。
そして、ターニャが暴動を起こした人たちの中心に近い立場にいたこと。
やってきたのはフィリア市でも一番大きな病院だった。
小さい頃に一度だけ骨折したクラスの子のお見舞いに来た記憶がある。
怪我や大きな病気とはずっと無縁だった私には、ほとんど関わりのない場所だった。
無機質で飾り気のない、真っ白い建物。
入口の前に立つとお城とはまた違った威圧感がある。
受付で手続きをする。
長々した文章が書かれた紙にいくつもサインをする。
面会理由を書き込んで、全員分の身分証明なんかも求められた。
なぜか私の生徒手帳をナータが持っていたから無事にパスできたけど、面会手続きをするだけで十五分以上もかかってしまった。
近くのベンチでしばらく待つように言われる。
ジルさんもナータもそんな待遇に文句一つ言わない。
この面倒くさい手順は二人とも初めてじゃないみたいだ。
お見舞って、こんなに面倒なの?
と思ったけど、これが普通じゃないことはすぐにわかった。
五分ほど経って、腰に剣を下げた重装備の輝士さんが、ゾロゾロと三人もやって来た。
彼らは私たちの前で止まり、名前と用件を確認された上でついてくるように言う。
向かった先は、地下。
そこは一階とまったく雰囲気が違った。
むき出しの灰色の壁に囲まれた狭い通路が奥へと続く。
どう見ても病室があるって感じじゃない。
これは、病院って言うより……
「牢獄だよ」
ジルさんが憎しみの込もった声で呟く。
彼女が堪えている怒りを察して私はゾッとした。
「ターニャだって犠牲者なのに、こんな所に閉じ込めて……!」
「お前の気持ちはわからないでもない。が、彼女を他の病人と同じように扱うわけにいかないことはわかるだろう」
顔全体を覆う仮面の下から、くぐもった声で輝士さんが答える。
なんとなく何が起きているのかわかってきたけど、どうしても認められなかった。
だって、想像もつかないよ。
あの優しいターニャが暴動を先導したなんて。
やがて、私たちの行く手に鉄格子が現れた。
その向こうにはさらに重々しい鉄のドアがある。
輝士さんたちが鉄格子の戸を開ける。
私たちが中に入った時点で外から鍵を閉められた。
彼らは格子の隙間から、やたら無骨な別の鍵を差し出した。
「面会可能時間は一〇分までだ。何かあったらすぐに大声で呼べ」
「わかってるよ!」
ジルさんはひったくるように鍵を奪った。




