461 大空の旅
ヴォルさんに空飛ぶ絨毯をもらった、翌日の午後。
私たちはそれぞれの荷物を持って昨日の広場に集合した。
「二人とも、準備はいい?」
「うん」
ジュストくんが言い、私とフレスは同時に頷いた。
とりあえず、パンパンになったカバンを、絨毯の真ん中にどさりと置く。
中身はほとんど今日の午前中に買った新代エインシャント神国のおみやげ。
せっかくこんな遠くまで来たんだから、なにか記念になるものが欲しいと思ったら、気づいたらこんな大荷物になっちゃった。
フレスは家族のためにお菓子を少し。
ジュストくんは普段通りに自分の荷物だけ。
浮かれてこんなに買っちゃったのは私だけみたいだよ。
「ラインさんは本当にいいんでしょうか」
フレスは心配そうに街路の方に目をやった。
メガネの元星輝士さんは今日までずっと行方不明のまま。
カーディに連れ去られた後、先生に会えたのかどうかはわからない。
「いいんじゃないかな。そもそも私たちとは目的が違うわけだし」
なにもわざわざファーゼブル王国にまで同行させる理由もない。
ちょっと薄情かもだけど、このままさよならでも仕方ないよね。
「よし、それじゃ行くよっ!」
私は手を叩いて気合いを入れた。
一番乗りで絨毯の上に乗って膝立ちになる。
フレスとジュストくんも後ろに乗ったのを確認。
力を加減しつつ、ゆっくり掌から輝力を送り込んでゆく。
ふわり。
絨毯が地面から離れた。
端にまでしっかり輝力を行き渡らせ、それを維持する。
口で言うよりかなり難しいけど、昨日さんざん練習したからもう完璧!
「ちゃんと掴まっててね」
「うん」
「お願いします」
私は絨毯を発進させた。
地面からわずかに宙に浮いたままゆっくりと進む。
三人分の体重と荷物を乗せていても、ほとんど抵抗感はない。
街路に出た。
……
おっと、目の前に人がいるよ。
ぶつからないよう迂回しなきゃね。
「あのさ、ルー」
「な、なにっ」
できれば操縦に集中したいから、話しかけないで欲しいんだけど!
「もうちょっと高く飛べないの? 昨日は建物より高く飛んでたけど」
「それに、このペースじゃ歩いた方が速いような気が……」
ふたりに文句言われた!
だって、これ以上高いと怖いし!
スピード出すと人や建物にぶつかっちゃうし!
低い位置でゆっくり進んでる私たちが不思議なのか、周りの人たちから注目集めまくってるけど!
「あの、良かったら操縦変わりますよ?」
「えっ」
フレスが遠慮がちに提案する。
「上手くできるかわかんないですけど……」
言うが早いか、彼女は絨毯に手をついた。
ま、待って、これって始めてやって簡単にできるものじゃ――
「ひああああっ!」
風に吹き上げられたように急上昇する。
そのショックで私は思わず手を離してしまった。
ヤバい、と思った次の瞬間には、もう周りの建物は遙か下。
絨毯はそのまま落下……しない。
かなりのスピードで前に進んでいる。
「う、うそ……?」
フレスはきちんと操縦していた。
空飛ぶ絨毯に触れるのは初めてのはずなのに。
私なんて、昨日前に進むだけで二時間くらい練習したのに。
やっぱりフレスさんって呼ぼうかな。
っていうか、たかい!
こわい! さむい! 風つよい!
「このままスピードを上げるのは危険ですね」
「そうだね! だから早く降りようね!」
「――空間」
フレスが輝術を唱える。
強烈に吹いていた風がぴたりと止んだ。
正確に言えば、私たちの周辺の空間が、外部の影響を受けなくなった。
その手があったか。
フレスは機転が聞くなあ。
完全に一人前の輝術師だね。
私が尊敬の眼差しで見ていると、彼女はちらりとこっちを向いて優しく微笑んだ。
「はじめてルーチェさんに勝てた気がします」
「えっ」
「なんでもないですよ、ふふっ」
よくわかんないけど、フレスがいてくれてよかった。
本当に頼りになる仲間だよ。
とりあえず、気分が落ち着けば周りを見る余裕も出てくる。
荷物に掴まって下を見ないよう気をつければ怖いこともない。
遠くの山並みが後ろに流れていく。
空間のおかげで風を切る感覚はないけれど、ものすごい速度で前に進んでいるのがわかる。
やがて、前方に海が見えてきた。
本当に速い!
行きに乗ってきた列車もかなり速かった。
けど、この空飛ぶ絨毯はそれ以上のとんでもないスピードだ!
これなら本当に、二日もあればファーゼブル王国に着いてしまうかも知れない。
「ねえ、あのさ」
ジュストくんは絨毯の端から下を見ている。
よくそんな怖いことできるね。
私にはとてもできない。
「な、なに? っていうか危ないから、もっと真ん中に来なよ」
「気のせいかも知れないんだけどさ……」
「うん」
「高度、下がってない?」
「えっ」
すでに絨毯は海上に出てる。
遠くにはかすかに陸地が見える。
当たり前だけど、落ちたら大海原のど真ん中。
「ねえフレス、ジュストくんがこんなこと言ってるけど……」
私はフレスに視線を向けて、背筋が凍った。
フレスは額に大きな汗を浮かべている。
まるでエヴィルを前にした時のように、ものすごく真剣な表情をしていた。
「ルーチェさん、とても言いにくいんですけど」
「はい」
「輝力が尽きそうです」
それってヤバくない?
ねえ、それってヤバくない?
「どう考えてもヤバいよね!?」
「あの、偉そうなこと言ったのは謝りますから、操縦を替わって貰えませんか」
声は落ち着いてるけど、フレスは涙目だった。
別に偉そうなこと言われた覚えはないけど、とにかく、このままじゃ海に真っ逆さまだ!
「くうっ!」
絨毯に手をついて輝力を送り込む。
斜め上に進路を変更、一気に加速する。
「うわああっ!」
端っこにいたジュストくんが叫んだ。
後ろを見る余裕はないけど、落ちてないよね!?
こわい……でも、頑張んなきゃ!
と、絨毯に触れる私の手が温かい何かに包まれた。
「ルー、頑張って」
恐る恐る顔を上げる。
ジュストくんが私の手を握っていた。
「大丈夫。僕はルーならできるって信じてるから」
「ジュストくん……」
よかった、落ちてなかったんだね。
「わ、私も」
フレスが反対側の手を握る。
「空間はなんとか維持しますから、思いっきり飛ばしちゃってください」
二人分の応援を受けて、心があったかくなる。
力がわいてきたぞ、よおし。
落ち着いて考えれば、速度自体は全力の火飛翔二回がけとそんなに変わるものじゃない。
吹き付ける風はフレスが防いでくれている。
落ち着いて操縦すれば、絶対に大丈夫なはずなんだよ。
そう、これは私が飛んでるの。
落ちたりとかない。
ぜったいない。
信じる。
……うん、安定してきた。
これならいける!
「あの、ルーチェさん」
話しかけてくるフレスに、私は顔を伏せたまま応える。
「なにですか」
「前を見ないと危ないと思うんですけど」
「そういうの無理なんで。高い山とかあったら教えてもらえますか」
「あ、はい」
だって無理!
顔あげるとか本当に無理だから!
「大丈夫だよ、ルー」
左手にぎゅっと力がこもる。
「僕たちが支えているからさ。だから顔を上げよう、本当に危ないから」
「わ、わかりました」
ジュストくんの優しい声と温もりに励まされ、私は恐る恐る顔を上げた。
そして、目の前に広がる景色に、思わず声を上げる。
「わあ……」
どこまでも拡がる大地。
遙か遠くに連なる山並み。
海のように深く広い緑色の森。
青々とした草原と小麦色の田園地帯。
そんな自然の所々に点在する、色鮮やかな町や村。
それらが次々と流れていく光景は、怖さを忘れるほどの絶景だった。
「これが、僕たちの歩んできた道のりなんだね」
時には歩いて。
時には輝動馬車に乗って。
半年かけて旅をしたミドワルトの大地。
こうして空から見下ろしていると、何とも言えない感慨がわいてくる。
「無理はしないでいいからね。ルーの調子に合わせて、適度に休みながら行こうよ」
「ある程度回復したら、私がまた代わりますから」
「うん。ありがとう、二人とも」
もう怖くなくなった。
今はいない人たちも含めて、いろんな仲間たちに支えられて、ここまでやってきた。
自分を信じて、仲間を信じれば、何も怖いことなんてない。
取り乱していた自分をちょっぴり恥ずかしく思う。
私は照れ隠しに俯き、視線を遙か下の地面に――
「こわい! おりる!」
ごめんやっぱり絶対無理!
いくらなんでも高すぎ!
落ちたら必ずしぬ!
「ちょ、ちょっとルー!」
「落ち着いてくださいルーチェさん!」
あうううう。
さっさと終わんないかなあ、この空の旅。




