46 銀髪の好青年
ああもう、腹立つ!
なんだってこう悪いことが続くんだろう!
早々に荷物を盗まれるわ、乱暴者は暴れるわ、嫌なヤツと口げんかになるわ。
……はあ、もう疲れちゃったよ。
フラフラと導かれるように道の端っこに向かい、その場でぺたりと座り込んでしまう。
これからどうしよう。
いい加減歩き疲れたしお腹も減った。
精神的にも限界。
タダでさえ慣れない土地で不安なのにもうヘトヘト。
……やっぱりごはん、ごちそうになっておけばよかったかな。
何よりもまずは今晩寝るところを探さなきゃ。
もうヤドに泊まるのは諦めたけれど都合の良くタダで寝られる場所があるとは限らない。
下手なところに忍び込んで衛兵に捕まったら目も当てられない。
そういえば私、フィリア市以外の町に何があるかってまるで知らない。
どんなお店があってどんな施設があるのかとか。
そもそも機械がないのにどうやって生活が成り立っているんだろうかとか。
「そこの少女」
ふと声が聞こえて顔を上げる。
背の高い男の人がこちらを見下ろしていた。
腰に届くほど長い銀髪、彫りが深く高い鼻。
青を基調に黄色い刺繍で模様の入った旅の吟遊詩人を思わせる服装。
すごく綺麗な男の人だった。
「こんなところでどうしたのだ? 具合でも悪いのだろうか」
「ご、ごめんなさいっ。邪魔ですよね、いまどきますから――あっ」
ぐううっ。
タイミングの悪いことにお腹の虫が盛大に鳴ってしまった。
私は顔を赤くしながら慌てて立ち上がる。
「あの違うんです、これはそのちょっとした手違いで」
自分でもよくわからない弁明をしていると、綺麗な男の人はおかしそうに笑いながら言った。
「腹が減っているのだな」
※
「えっと、その……」
商店街の小さな喫茶店。
私はなぜか先ほどの男性――ビッツさんと言うらしい――と向かい合って座っていた。
テーブルの上にはサンドイッチがある。
ビッツさんが私のために注文したものだ。
「どうした遠慮せずに食べると良い」
「いやでも奢ってもらうなんて悪いですし」
「小さな英雄殿に対するささやかな気づかいと思ってくれればいい」
このビッツさんという人、先ほどのやりとりを見ていたらしい。
「私は何もしてないですよ。あいつらをやっつけたのは黒い髪の男の子だし」
「君は勝てない相手とわかっても危険を顧みず盗賊たちに向かった。その勇敢さは讃えられるべきだよ」
いや、あの、実は思いっきり勝つつもりだったんですが。
でもなんでこの前は輝術を使えたのに今回は使えなかったんだろう。
「じゃあいただきます……」
勘違いとは言え彼が好意的に見てくれているのはわかるので、私は素直にごちそうになることにした。
もぐもぐ。
卵サンドは少し味付けが薄いけれどお腹が減っていたのでものすごく美味しく感じた。
「そなたは一人で旅をしているのか?」
「あ、はい。ちょっと人を探してて」
「どこから来たのだ?」
「フィ……もっと東の町なんですけど」
あぶないあぶない。輝工都市育ちだって知られたらまたカモにされちゃうかも。
ご飯を奢ってくれるくらいだからいい人なんだろうけどまずは疑うことから始めなきゃ。
ええと、なんでもいいから理由をでっちあげて。
「実は私、彼を追って生まれた町を飛び出したんです。彼は婚約者なんですけど結婚するまえにどうしても輝士になりたいって剣を磨くために町を出ちゃって。待っているように言われたんですけどやっぱりジュストくん……って言うんですけど、その人と離れたくなくてこうして私も町を飛び出してきちゃったんです。この町に入るまでは別の旅人の方たちと一緒だったんですけど、それもさっき別れちゃって」
……自分でも嘘が下手だと痛感する。
しかもどさくさに紛れて、こ、婚約者っ……とか言っちゃったっ。
恥ずかしさも頂点に達した頃ちょうど紅茶が運ばれてきた。
わーい喉が渇いてたんだ。いただきまーす。
「そうか……それは大変だったな」
うわ。信じてくれちゃった。
この人ぜったいいい人だ。
「その彼はこの町にいるのか?」
「わかりません。少なくとも少し前には来ていたと思うんですが」
「だったら町役場で聞いてみたらどうだ? 旅人は代表の名前で町の出入りの許可を取るので名前が残っている可能性もあるだろう」
えっ? そんなこと調べられるの?
「役場は東門のすぐそばだ。よければ行ってみるといい」
「あ、ありがとうございますっ!」
私はビッツさんにお礼を言って紅茶代を払おうとサイフを探して……
「あっ」
荷物を盗まれていたことを思い出した。
「どうした?」
「あの実は……」
私は荷物を盗まれてしまった事を正直に話した。
「なるほど……許せんな。人の弱みに付け込んで金銭を騙し取るとは」
「それであの、紅茶代なんですけど」
「よい。最初から私が払うつもりであった」
うわあ紳士だぁ。
けどなんか申し訳ないよ。
「あ、ありがとうございます。お金が戻ってきたら必ず倍にして返しますから」
「気持ちだけいただいておくよ」
※
ビッツさんのおかげで町役場はすぐに見つかった。
慣れない町で一人きりじゃないっていうのはやっぱり心強い。
町役場は三階立てで町のはずれにあるひときわ目立つ建物だった。
中には受付があってけっこう人が並んでいる。
時間がかかるのは仕方ない。
それでも休日のフィリア市役所よりずっとましだ。
入出管理と書かれた札の所に並び順番を待つこと二十分。
ようやく自分の番が回ってきた私はジュスティツァという人がまだこの町にいるかどうかを係の人に尋ねた。
「ジュスティツァ……ジュ、ジュ……あ、ありました」
「いるんですか!」
「あ、いいえ。二日ほど前に町を出ています。もうノルドにはいませんよ」
私はがくりと肩を落とした。
二、三質問を重ねたけれど身分証明ができない人に詳しく教えることはできないと断られてしまった。
私はしつこく食い下がったけど次の人に急かされたので係の人にやんわりと追い払われてしまった。
「その様子では入れ違いになったようだな」
「二日も前に出ていっちゃったらしいです」
「なに、間違いなく足跡が残っていただけでも見つけものだと思うと良い」
役場の待合室で待っていてくれたビッツさんが優しく励ましてくれる。
彼の気持ちはありがたいけど、これからどうしよう。
「どこへ向ったのかはわからないのか?」
「教えてもらえませんでした」
どっちにせよ行く先がわかったところで追いかける手段がない。
輝動二輪はあげちゃったしお金がないから馬車に乗る事もできない。
歩いていくとしたら今からじゃ次の町へ着く前にたぶん夜になってしまう。
「ところでそなた、今晩の宿はどうするつもりだ?」
「うう……それは」
さらに厳しい現実が突きつけられた。
考えたくなくって先延ばしにしていたけれど、もう空は夕焼け色に染まり始めている。
今晩の寝床は重要な問題だ。
「もしよければ私が宿泊している宿に来ぬか? ああ心配するな。同室などとは言わぬ。ちゃんと別に部屋を借りてやろう」
「えっ? わ、悪いですよ。そんな迷惑」
別に変なことをされるとか思ってるわけじゃなく、食事に続いて宿泊代まで出してもらうのはさすがに気が引ける。
「困っている少女を見捨てては夢見が悪い。私を薄情者にさせないでくれ」
うーん、そうだなぁ……




