454 輝攻戦士の隙
淡く輝く輝攻戦士の証は紛れもない本物。
その攻撃的な輝きは、剣先に行くほど密度が高くなる。
決して手加減なんかしないっていう相手の気迫がピリピリと伝わってくる。
『さあ少年、早く輝攻戦士化したまえ!』
『準備はできていると言ったはずだ』
『なにぃ……?』
アサドーラさんの気迫をさらりと受け流す。
ジュストくんは半身を引いて剣先を相手に向けた。
バカにされたと感じたのか、アサドーラさんの声に険が混じった。
「なぜ、あの少年は輝攻戦士化しないのだ?」
私から少し離れた場所で、疑問の声を上げる白の生徒がいた。
「大賢者に教えを受けた白の生徒が、まさか生身の剣士ではあるまい」
「あるいは輝術剣士か? 短杖どころか宝具すら身につけていないようだが……」
「相手の隙を誘うため、輝攻戦士化を渋っているのではないだろうか。対戦相手を殺せないルールを逆手に取っているのだ」
なんか周辺の人たちを交えて批評を始めちゃったよ。
うう、そのどれも違うんだよ。
確かにジュストくんは自分の力で輝攻戦士になれないし、輝術も使えないけど……
輝攻戦士になればものすごく強いんだからね!
「あの男の言うとおりなら、舐めてるとしか言いようがないな。いざ戦闘モードに入ったアサドーラは無防備な敵に手加減をするような甘い相手じゃない。油断を誘っているつもりが、気づいたときには腕の一本でも斬り落とされてるかもな」
スチームもまた嫌なこと言ってくるし。
ジュストくん、お願いだから無茶しないでねえええ。
『大賢者様。彼はこのように言っていますが、戦い始めても?』
ため息を吐いて先生に尋ねるアサドーラさん。
けれど、彼の言葉に応えたのはジュストくんだった。
『グレイロード様はさっさと始めろと仰ったぞ』
『なんだとぉ……?』
挑発混じりのジュストくんの言葉を受け、アサドーラさんは剣を握った拳をぶるぶると振るわせた。
先生はアサドーラさんの質問に答えず、黙って二人から離れた。
表情はハッキリ見えなかったけれど、心なしか笑っていた気がした。
『どうやら世間知らずの少年には再教育が必要なようだ。望み通り体に叩き込んでやる!』
試合開始の合図はない。
二人の剣士が舞台に立った時から、すでに試合は始まっている。
アサドーラさんが身を沈めて地面を蹴ると、二人の距離が一瞬で縮まる。
スピーカーからカカカン、と三度立て続けの金属音が響く。
「わ……」
思わず声が漏れる。
闘技場の二人が離れた。
直後、地面に片膝をついたのは……
アサドーラさんの方。
『な、に……?』
少し離れたところでは、ジュストくんが油断なく剣を構えている。
「なんだ、何が起きたんだ?」
批評家の一人が訝しげな声を上げる。
うふ、ちゃんと見てなかったね?
ジュストくんの超絶技を!
「輝術? いや、暗器を隠し持っていたか!」
スチームまで見当違いのこと言ってる。
ちょっとだけ胸がスッとしたよ。
「……三段防御からのカウンター」
周囲が呆気にとられている中、一人の男が低い声で言う。
「初撃を剣先で逸らし、二段目を左手の小盾で払い、三撃目をわざと胴で受けつつ、七番の輝粒子が途切れた瞬間にカウンターを叩き込んだ。輝力の流れを完璧に読んだ見事な技術だと言えるだろう」
ただ一人、正しい分析をしたのは、紫色の術師服を着たとんがり帽子の背の高い男の人。
スチームが要注意人物だって言ってた輝術師だ。
「そんなことが可能なのか……?」
説明を受けても信じられない様子で批評家の一人が問いかける。
「無論容易ではない。生身の人間が輝攻戦士と正面からぶつかれば、普通はまず当たり負けをする。絶妙なタイミングで相手の技を見切れる技量があって始めて可能となる技だ。よほど輝攻戦士の動きを見慣れていなければまず不可能だろう」
輝攻戦士の強さは生身の人間と段違い。
身体を護る輝粒子の守りはどんな刃も通さない。
その動きは野生の獣よりも素早く、力は大木すらなぎ倒す。
だから、どうやっても敵うわけがないっていうのが一般的な常識だ。
弱点はないわけじゃないけど、普通の人間が狙えるようなものじゃない。
私もそう思っていたから心配したんだけど……
ジュストくんは輝攻戦士相手に、見事に反撃を通してみせた!
「ま、まぐれに決まってらあ。んなことできるわけねえっての」
「偶然かどうかは次を見ればわかること」
批評家さんたちを横目に、私はもう一度闘技場の方に視線を向けた。
アサドーラさんは脇腹を抑えてゆっくり立ち上がる。
瞳には怒りの色が滲んでいた。
『も、申し訳ありません大賢者様。とんだ失態をお見せしました』
スピーカーから聞こえてくる声に応える先生の言葉はなかった。
先生は腕を組んで悠然と二人の剣士を……
ううん、ジュストくんを見ている。
『次で仕留めてご覧に入れる!』
完全に悪党の下っ端みたいになっているアサドーラさん。
彼はもう一度ジュストくんの懐に飛び込んだ。
カカン。
今度の金属音は二回。
『あぐ、お……!』
そして、アサドーラさんが再び崩れる。
「すごい、すごい!」
思わずはしゃいでしまう私。
対照的にシンと静まり返る、周りの白の生徒達。
今度の攻防は、さっきよりもハッキリとジュストくんの凄さを見せつけた。
一撃目を剣先で払うのは一緒。
今度は続く二の太刀を紙一重でかわす。
ほんの少し遅ければ、頭が割られてもおかしくないギリギリの見切りだ。
その後、大きく踏み込んだジュストくんは、余裕を持って三撃めを左手の小盾で払う。
そして、反撃の剣を相手の腹部に叩きつけた。
刃のない輝鋼精錬された銅剣とはいえ、敵は輝粒子が消えた直後。
しかも、輝攻戦士の力に頼っているせいか、アサドーラさんは鎧も着けていない。
衝撃に耐えきれず、彼はお腹を押さえて蹲った。
『馬鹿な、馬鹿な……』
信じられないと言いたげな視線とうめき声。
隙だらけでも、ジュストくんは追い打ちをかけない。
ただ黙って剣を構えたまま、相手が立ち上がるのを待つ。
『なんなのだ、貴様はっ!』
起き上がって剣を振り上げるアサドーラさん。
その動きにはもう輝攻戦士らしいキレがなかった。
流読みを使わなくても動作が見えるほどに乱れている。
当然ながら、ジュストくんにも再三の反撃を許してしまう。
攻撃を防ぐ金属音はまたも二回。
そして聞こえてきたのは、アサドーラさんの握っていた剣が空中で回転し、地面に落ちる音。
アサドーラさんは折れた腕をだらりと垂らし、両膝を地面に着いた。
『まだ、やりますか?』
ジュストくんがアサドーラさんに剣先を突きつける。
しばしの間を置いて、諦めきった細い声がスピーカーから響いた。
『降参……だ』
※
サーチさんの後ろのドアからジュストくんが帰ってくる。
待機室の中は静まりかえっていた。
信じられない大金星を上げたジュストくん。
そんな彼をどう迎えるべきかみんな迷っているみたい。
そんな中、静寂を破る音が聞こえてきた。
紫の術師服を着た三角帽子の長身男性が手を叩いている。
「見事な試合だった。同じ白の生徒として、貴公の技に敬意を表す」
それに釣られ、周りからもまばらな拍手がおこる。
私は気分がよくなって、駆け足でジュストくんの側に近寄った。
「お疲れさま、すごかったね!」
ジュストくんは少し照れくさそうに頬を掻いた。
「運が良かっただけだよ」
「そんなことないよ。まさか生身で輝攻戦士をやっつけちゃうなんて!」
私の知っている限り、そういうことができる人はひとりだけいる。
けど、彼は別にその人みたいな特殊な技を使ったわけじゃない。
ジュストくんは輝攻戦士の特性を理解した上で、神業みたいな技術で勝ってみせた。
それは私の力を借りなくても、彼が十分に強いって言う証明だ。




