452 大賢者さまのテスト
聞き捨てならない台詞に、私はスチームの方を向いた。
「それって、まさか……」
「お前らは運がいいんだぜ。到着がギリギリだった分、洗礼を受ける時間が極端に短かったんだからな」
「もしかして、あなたが他の白の生徒を!?」
「おっと、勘違いするなよ。俺だけがルール違反をしてるわけじゃないからな。さっきも言った通り、これは自主選別だ。多少の数が減ることくらい大賢者様も黙認してるんだよ」
白の生徒同士で、互いに蹴落として合っているってこと?
いくらテストがあるからって、そんなのが認められていいの?
「ひとつだけ、善意から忠告しておいてやる」
私が複雑な気持ちになっていると、スチームは小声で付け足した。
「あそこのトンガリ野郎には気をつけろ。テストの内容は知らねえが、あいつと直接争うようなことがあったら、即座に棄権するんだな」
立てた親指でスチームが指し示す方向には、紫色の術師服を着た背の高い人がいる。
その呼び方の通り、ものすごくとんがった三角形の帽子を被っていた。
帽子は術師服と一体化して覆面のように顔をすっぽり覆ってる。
目元まで隠れているので、性別もわからない。
「試験番号三二番。自主選別で最も多くの白の生徒を行方不明にしたやつだ」
「ふうん」
「あいつ以外も、残っているうちで番号が若いやつらは自主選別から身を守り抜いた猛者ばかりだ。自分の力量に自信がなけりゃ、今のうちに棄権しておいた方がいいと思うぜ。くくく……」
そんな危ない人はテスト以前に衛兵が逮捕すべきだと思う。
けど、それより私が気になったのは、スチームが何気なく言った単語。
もしかして、いまからでも棄権ってできるのかな?
なんか危ないっぽいし早めにしちゃおうかな。
でも、ジュストくんはやる気だしなあ。
とか考えているうちに、私たちは大きな扉の前にたどり着いた。
「こちらへ」
誰も手を触れてないのに、扉が勝手に左右に開く。
その向こうはちょっとしたステージみたいになっていた。
半円状に、いくつもの長椅子が並んでいる。
部屋全体が階段になっていて奥に向かうほど段が低くなっている。
一番奥は全面ガラス張りになっていて、そこから屋外が見えるようになっていた。
「うわあ……」
思わず嫌なため息が漏れた。
だってガラスの向こう側にあるのは、平べったくて大きな石の舞台。
いかにも『闘技場です』って感じの場所なんだもん。
「白の生徒の皆様には、あちらで第一の試験を受けて頂きます」
ああ、やっぱり戦わせられるのかな。
嫌だな。
「そのまま少々お待ち下さい」
タキシードさんは階段を降りてガラスの方に近づいてく。
半分くらいの人は彼を追って下の方に向かい、もう半分は立ったまま遠目で様子を見ている。
中には部屋の隅っこでどかりと座る自由な人もいた。
私はジュストくんと一緒に並んで近くの椅子に座った。
そこから見下ろす闘技場、そこに空から人が降りてきた。
「あ……」
見覚えのある真っ白な術師服。
遠目からでもハッキリとわかる鋭い眼光。
姿を見るのは半年ぶりだけど、見間違えるはずもない。
あれは――
「お待たせしました。まずは白の生徒すべての師であり、我が新代エインシャント神国の偉大なる大賢者様より――」
「グレイロードォっ!」
思わず耳を塞ぎたくなるような怒声がタキシードさんの声をかき消した。
そちらを見ると、なんと腰の剣を抜いたゴツイ男の人がガラスに飛びかかっていた。
「てめえ、ようやく見つけたぞこの野郎!」
「おうおう! ようやく姿を表しやがったかァ……!?」
「ククク……ここで会ったが一〇〇年目。今こそが我が宿願を果たす時!」
それに続くように、我関せずって感じで座っていた人も立ち上がる。
また、別の人は早口で輝言を唱え始めていた。
なにこれ、なんなの?
テロリスト?
けど、彼らの暴力はすべて目の前のガラスに阻まれた。
叩きつけた剣では傷一つつかず、跳び蹴りをした男の人ははじき返され、放たれた火矢は拡散して消えた。
『あー、言っておくが……』
後ろからひび割れた声が聞こえた。
真っ黒なスピーカーが天井近くに備え付けてあることに気づく。
よく見ればガラスの向こう、石舞台に上がった先生はマイクのようなものを持っている。
『その強化玻璃は並の攻撃じゃ破れねえぞ。聖城の素材科と技術研究科が三年かけて精錬したものを俺が自ら仕上げの強化をして設えたモンだからな。ちなみに、それ一枚でそこそこの規模の町が丸ごと一つ買える』
「ガタガタ言ってねえで出てきやがれこのクソ野郎がっ!」
『いいからちょっと話を聞け。資格剥奪すんぞ』
えっと……
つまり、いま暴れた人たちはテロリストなんかじゃなく、普通に白の生徒で……
もしかしなくても、先生ってかなり恨みを買ってる?
うん、わかる、わかるよ暴れたひとたち!
でも私なら絶対にやんないね!
あとが怖いから!
『つーわけで、これから試験を始める。何のとか今さら聞くなよ。聞いても答えねえけどな』
相変わらずだなあ、先生は。
傍若無人っていうか唯我独尊っていうか。
それが許されるようなすごい人なのは確かなんだけど。
とりあえず、他の人に目をつけられても嫌だから、目立たないようにじっとしてよう。
『まず、お前らにはここで殺し合ってもらう』
「はあ!?」
あ、やば。
目立たないようにって誓ったばっかりなのに。
でも、大声出してもおかしくないのよ!?
なんでいきなり殺し合わなきゃいけないの!?
「くっくっく、わかりやすくていいじゃねえか……」
「当然、生き残ったやつがあのクソ野郎とやり合えるってわけだよなぁ」
しかもなんかみんな乗り気だし!
注目を集めないで済んだのはいいけど、なんなのこの人たち。
白の生徒って、もっと理想的な冒険者とか、そういう立派な人なんじゃないの?
あのスチームといい、おかしな人ばっかりなんですけど。
『てめえらがまじめに自主選別してないせいで、意外に多く残りやがったんでな、もう少し絞り込みをさせてもらう。ちなみに、お前らは今日から白の生徒じゃねえからな。これまで諸々与えてきた特権はすべて無しだ』
「なぁにぃー!?」
誰かが悲痛な叫び声を上げた。
よっぽど特権の廃止が悲しいらしい。
私は普段から使ってなかったから別にいいんだけど。
というか、特権なんてあったの知らなかったし!
なんで先生はちゃんとそういうことを言ってくれなかったの!?
……もしかして、証を見せたら宿屋にタダで泊まれたりとかしたのかな?
はあ、なんか疲れちゃった。
もう帰っちゃダメかな?
きょろきょろ、周りを見回す。
誰も私に注目してないことを確認した上で、こっそり入口の方へ向かってみる。
「どうしたの?」
ジュストくんに気づかれた。
「あ、うん。なんでもないよ」
「もしかして緊張してるの?」
緊張っていうか……
さっきの先生の発言を何とも思ってないのかな。
「ねえねえ、ころしあいって言ってたけど」
「大賢者様はいつも冗談がキツいよね」
ああ、そういう認識なのね。
私もまさか本気でころされるとは思っていない。
だけど、似たような状況は待ってると思うんだよね。
『んじゃ、早速始めるぞ。今から適当に二人ずつ番号で呼ぶから、呼ばれたやつはサーチに従ってこっちに来い』
ほら、やっぱりね。
絶対あそこで戦わせるつもりだよ。
嫌だからね、呼ばれたら適当に戦ったフリしてすぐに降参しちゃお。
「頑張ろうね、ルー!」
やる気になってるジュストくんには悪いけど。




