442 空から降ってきた女の子
風を切ってどこまでも進む!
「ひゃっはー!」
つい声を上げたくなるような速度。
アクセルを捻れば捻るほど輝動二輪は加速する。
もちろん、それに牽かれているみんなが乗った輝動馬車も。
「おいピンク、あんまり調子に乗ってると事故るぞ」
カーディが具合の悪そうな声で声をかけてくる。
すこし日も傾き始め、今はラインさんの体から抜け出ている。
つまり、本当の姿よりも小さくかわいい、幼少モードで具現化してる。
そんなかわいい子に話かけられたら、運転中でもつい振り向いちゃうよね。
「こっちに来れば良いのに。お姉ちゃんの背中につかまるといいよ」
「誰が行くか誰が姉かいいから操縦中は前を見ろ馬鹿ピンク」
相変わらず辛辣だね。
私は彼女に手を振ると、前を向いて運転に集中する。
今は私が輝動二輪を操縦する御者係。
左右の景色がどんどん後ろに流れていく。
こんなふうにスピードを出しても大丈夫なのは、私たちが現在進んでいるのが、ひたすら走りやすい直線道路だから。
石畳の道路と違って白一色で、まったく凹凸がない。
いくら速度を上げてもほとんど縦揺れがない。
普通の街道をこんな勢いで走ったら、馬車の中がぐっちゃぐちゃになる。
もしくは操縦している私が振り落とされるかどっちかだ。
だけど、この道は全くそんなことがない。
「街道の輸送率を上げるための舗装道路ですね。これだけの道を作るには多くの輝術師と技術者が必要でになるでしょう。さすがは輝術大国の新代エインシャント神国と言うべきでしょうか」
メガネの元星輝士ラインさんが相変わらず聞いてもいないのに解説を始める。
カーディと同じく声は辛そうなんだけど、無理しないで休んでいればいいのにね。
そういえば、この島に着いて港町を出てから、ここまで一度もエヴィルと遭遇していない。
この速度でもし出会っても、あっという間に振り切っちゃえそうだけどね。
かかってこいエヴィルめ!
「けどルー、あんまり速度を出すと危ないよ。目的地が近づいて逸る気持ちもわかるけど、万が一のことがあったら大変だ。もしよければ僕が操縦を代わろうか?」
「そしたら迷子になるだけでしょ。ジュストは真っ直ぐな道でもまともにたどり着けないんだから、いい加減にわきまえなよ」
「うるさいなあ。段差に乗り上げた衝撃でフレスだけ振り落とされれば良いのに」
後ろでジュストくんとフレスさんが険悪な雰囲気になってるような気がするけど、風の音でよく聞こえないからたぶん気のせいだね。
「あ、何か見えてきた!」
黄色と黒の壁が道路の右側に併走してる。
ぶつかる心配はなさそうだけど、心持ち速度を落としてやり過ごす。
壁の向こうには、なにやら真っ直ぐに伸びている道ようなものが見えた。
いくつもの薄い木の板が敷かれていて、その左右に鉄っぽい二本の棒が伸びている。
「あれは軌条ですね」
「きじょう?」
ちょっと気になったので、説明したがりメガネさんの声に耳を傾ける。
「輝動列車という、馬車よりもずっと大きくて力のある機械車両のレールですよ。最大で一〇〇人以上が同時に乗れて、輝動二輪に引かせる必要もありません。輝工都市間の輸送手段としては魔動乱以前から各国で検討されていましたが、実際に敷設するには多くの障害があって、大陸では未だに実用されている国はありませんね。新代エインシャント神国が実験的に導入を開始したとは聞いていましたが、まさかここまで完成しているとは……うえっぷ」
気持ち悪いのによく喋るね。
列車かあ。
そんな乗物があったら、輝工都市同士の交流も楽になるね。
ファーゼブル王国で採用されたら、フィリア市から王都まで日帰りで行けたりするのかな?
「速度を上げるのは構いませんが、間違っても軌条に突っ込まないでくださいね。国家プロジェクトですから、もし破壊してしまえばどれだけ莫大な賠償金を要求されるか……」
「大丈夫だよ」
舗装道路と軌条の間は輝動馬車一台分くらい離れてる。
よそ見さえしなければ、よっぽどの事がなきゃぶつかるとかあり得ないから。
例えば空から何かが振ってきて、それを避けようとしてハンドルを取られたとかじゃない限り。
「空から何かが降ってくるぞ!」
ジュストくんが叫んだ。
真面目な彼らしくない冗談だね。
こんな何もない場所で、空から何かが降ってくるなんてあるわけないのに――
「どういうこと!?」
見上げると、空から何かが降ってきていた。
逆三角形の何かが滑空しながら少しずつ高度を下げる。
しかもそれは、明らかにこっちに向かって突っ込んで来ている。
このままじゃぶつかる。
私は慌ててブレーキをかけた。
「うわっ!」
馬車の中が思いっきり揺さぶられる。
派手な音と悲鳴が上がる。
みんなごめん!
どすん。
軽い衝撃があった。
馬車本体にダメージ全くない。
金属がこすれる嫌な音がして止まった。
直後、後方で大木が倒れるような派手な破壊音が響いた。
「あーあ……」
三角形の何かは、黄色と黒の壁に突っ込んで大破していた。
木組みの骨と布でできているらしく、見る影もなくグチャグチャになっている。
「なんなの、あれ」
「どうやら空を飛ぶ道具らしいですね。風を掴まえて飛行していたようです。制御を失って墜落したようですが」
ラインさんが淡々と説明する。
空を飛ぶ道具ってことは……
「じゃあ、アレには人が乗っていたってこと?」
あんな勢いでぶつかって、無事で済むとは思えない。
もしかして、あの残骸の下に埋もれているんじゃ……
「いえ、おそらくですが、ここに」
ラインさんは人差し指を立てた。
私は馬車の中に入って上を見る。
幌の屋根がわずかにへこんでいる。
何かが馬車の上に乗っかってるみたい。
とりあえず、様子を見てくることにした。
外に出て、飛翔の術を使い、屋根の上を確認する。
人が倒れていた。
不自然な二色の長い髪。
うつぶせで顔は見えないけど、たぶん女の子だ。
頑張れば抱えて下まで降りるのも無理じゃないと思うけど……
私たちの馬車にいきなり突っ込んできた人だしなあ。
「えっと、下に落としていいかな?」
「待って。僕も屋根に上がるよ」
ジュストくんが馬車の骨組みを伝って屋根の上に昇ってくる。
手入れ中なのか、いつもの鎖帷子は着ていない。
身軽な動きで屋根の縁に立った。
「あれ、この人……」
「う、ううん」
ジュストくんが何かを言おうとした直後、気絶していた女の子が小さいうめき声を上げた。
身じろぎする彼女をそのまま観察していると、やがておもむろに顔を上げた。
「ここはへぶっ」
立とうとするけど、足元は不安定な幌の上。
バランスを崩して顔から倒れ込んだ。
「と、とりあえず下に降ろそう。ルーも手伝ってくれる?」
「別にいいけど……」
まあ、このままじゃ話が進まないし。
私は女の子の服を掴んで炎の翅で浮かび上がる。
すると、彼女はとたんに腕の中で暴れ出す。
「な、何をする気ですか! 離しなさいこの無礼者!」
「やっぱり落としていいかな」
「気持ちはわかるけど落ち着こう。僕が先に下に降りて支えるから、ルーは縁まで運んでくれれば良いよ」
とりあえず言うとおりにするけどさ。
こんな人がジュストくんに抱きかかえられるのとか嫌だなあ。
女の子を馬車の縁から落とし、下でジュストくんとラインさんが二人がかり受け止めた。
輝攻戦士化したラインさんが抱き留めて、ジュストくんはそれを支える形。
よかったよかった。
「いきなり何をするんですか!? こ、怖かった! すごく怖かったです!」
「あぐあっ」
可哀想に、ラインさんは暴れる女の子に肘撃ちをくらっていた。
女の子は警戒しながら二人から距離を取り身を縮めた。
そんな彼女をジュストくんが宥める。
「落ち着いてくださいシルクさん。僕たちは敵じゃありませんよ」
「え、なぜ私の名前を……」
「あら。あなた、以前にお会いしましたよね?」
フレスさんが馬車の中から顔を出して言った。
どうやらジュストくんとフレスさんはこの人のことを知っているみたい。
「誰?」
炎の翅を消して私は尋ねる。
少なくとも、私は会ったことがないと思う。
こんな綺麗なブロンドの髪を、半分だけ不自然なピンクに染めた変な人なんて。




