441 近づく終着点
海風が髪を揺らす。
やわらかな日差しが心地いい日だった。
冬の盛りを過ぎた時期に、一足先に訪れた早春の陽気。
旅が始まって何度目かになる船での移動は、これまでと比べて随分と平穏だった。
思い出してみれば、船に乗っている時はいっつも散々な目に遭ってた気がするよ。
ドラゴンに襲われたこともあったっけ……
そんなことを思い出すのは、もうすぐこの旅が終わりに近いからかも。
私たちはいま、新代エインシャント神国のあるプロスパー島へと向かっている。
島って言っても、地図を見た限りじゃファーゼブル王国と同じくらいには広いんだけど。
大陸から離れた別の陸地。
そこには文明が生まれたときから続く、最古の国がある。
輝術師の国。
神様の奉られる国。
そこが私たちの旅の終着点。
ついに、ここまでやって来たんだなあ。
胸の奥に深い感慨が……
「うあああっ!」
感傷を吹き飛ばす声が聞こえてきたよ。
「おい、いい加減にしろおまえ。さっさとこの不快さを止めないと殺す。そんなこと言ったって無理ですよう。だから船旅は嫌だって言ったじゃないですかぁ。船酔いが酷い体質なら先に言え。くっ……真昼じゃなきゃこんな体、ずたずたに引き裂いてやるのに。うえっぷ。余計に気持ち悪くなること言わないでください」
折りたたみチェアに腰掛けながら悶えているラインさん。
誇り高き鋼鉄の国で十三人しかいない星輝士の一人に選ばれていた(過去形)、とっても偉くてすごいメガネの人。
同じ口で言い争っているのはカーディ。
別名を『黒衣の妖将』カーディナルと言う。
その正体はケイオスで、現在わけあってラインさんに寄生し、ひとつの体の中に一緒に入ってる。
一心同体なので、どうやらラインさんの船酔いを共有するハメになってるらしい。
なんだか嫌な予感がするので、私はその場を離れることにした。
「お、ピンク。ちょうど良いところに――」
「用事を思い出したわ。急がなきゃたいへんだわ」
「おいっ」
カーディの恨みがましい声が背中に届くけど、追ってくる様子はない。
次の修行の時に酷い目に遭わされるかもしれないけど……
とりあえず今は関わりたくないよね。
「あ」
船室に入ろうとしたところで、ジュストくんにばったりと会った。
「どうしたの、鎧なんか着て?」
「見回りだよ。船上とは言え、どんな事件が起こるかわからないからね。不審な人物が乗り込んでいる可能性もあるし、前みたいにドラゴンが襲ってくるかもしれないから」
「そうだね」
ジュストくんがさっきの私と同じ事を考えていたと知って、なんだか嬉しくなる。
軽装の鎖帷子を着込み、腰から剣を下げた、輝士見習いのジュストくん。
私がこの旅をしているのは、彼との出会いが始まりだった。
「もうすぐ新代エインシャント神国だね」
私はジュストくんの隣の壁に寄り掛かった。
彼はこちらを見て少し間を置いてから短く答えた。
「うん。旅の終着点だ」
「ジュストくんは、新代エインシャント神国に着いたらどうする予定?」
「できることならウォスゲートを阻止するための作戦に加わりたいと思う。だけど僕は正規の輝士じゃないからね、とりあえずはルーを無事に送り届けることに全力を注ぐよ」
「そっか」
私を守ってくれるって彼の言葉に、思わず頬が熱くなる。
「ルーはやっぱり、大賢者様の手伝いをするんだろうね」
「うーん」
私たちはそれぞれ違う目標を持って旅をしている。
道中では目的を達成した、もしくは失った仲間との別れもあった。
ジュストくんの目的は、私を無事に新代エインシャント神国に連れて行くこと。
それが彼の輝士見習いとしての任務でもあるし、先生から与えられた修行の一環でもある。
じゃあ、私は?
ジュストくんに守られながら新代エインシャント神国に着いて……
その後、私はどうするんだろう?
私にとってはこの旅そのものが目的だったと思う。
ジュストくんや、他の仲間たちとも一緒にやってきた、長い旅。
フィリア市から出たこともなかった私にとって、それは驚きとドキドキの連続だった。
覚えた輝術を練習して強くなれるのは嬉しかった。
だけど、具体的に何をするためっていう目的はないんだよね。
先生にのせられるまま、何となく「エヴィルと戦って世界を救うぞーっ」って感じでミドワルトを横断しちゃったけど、思えば随分と遠くまできちゃったもんだなって思う。
「先生次第かな。私も別にちゃんとした輝術師じゃないし。この前みたいな突然の事件ならともかく、輝士団の人たちに混じった大作戦とか、参加させてもらえるとは思わないし」
「ルーならきっと輝術師団の先頭に立てるよ」
「買いかぶりだって」
自分でも、この旅でずいぶん輝術師として強くなったとは思う。
全盛期には程遠いらしいけど、あのカーディとも最近じゃ良い勝負ができてるし。
でも私は、半年前まで何の訓練も受けたことがない、ただの学生だった。
聖少女の再来だなんて言われても、世界を救うような活躍ができるとは思ってない。
精々、行く先々でちょっとした事件を解決するのに役立てたかなってくらい。
「着いてみないとわかんないよね。もしかしたら、修行が足りない! って先生に怒られて追い返されるかもしれないし」
ジュストくんはおかしそうに笑う。
「そうだね。とりあえず、今は無事に到着することだけを考えよう」
私たちは並んで水平線の先を眺めた。
もうすぐ近づく、旅の終わり。
そこで何が待っているのかはわからない。
最後まで気を抜かないで精一杯がんばってみよう。




