437 ▽浪費される命
ガキン。
神殿ピロティ部に響く金属質な音。
金髪の少女、その腕から弾かれた光を放つ武器は遠くに飛んでいく。
持ち主の手を離れると、同時に武器は光を失い、短い柄部分だけが転がった。
「触れてもいないのに痺れが残るか、不思議な武器だな」
レガンテは攻撃を防いだ右半身に若干の違和感を覚えた。
だが、支障はない。
わずかに薄まった力は、すぐに回復して元通りになった。
「え、あ……」
金髪の少女が不思議そうな顔でレガンテを見る。
まだ若いが、とても美しい少女だ。
「悪いが、まだターニャを失うわけには訳にはいかないのでね」
あと少しだけな、とレガンテは心の中で付け加えて、少女を蹴り飛ばす。
「ぎゃっ」
かわいらしい容姿に似合わない、潰れた蛙のような声をあげて金髪の少女が転がっていく。
そして次にレガンテは、グローブを嵌めた強気そうな短髪少女に目を向けた。
「お、お前が、ターニャをこんなふうにした原因か!」
少女は気丈にもレガンテを睨みながら問う。
「そうとも言えるし、違うとも言える」
曖昧に答えつつ、予備動作なしで蹴りを放つ。
しかし短髪の少女は素早い動作で攻撃を避けた。
「ほう」
少しは戦闘勘があるようだ……だが。
レガンテは輝攻戦士化して改めて彼女の腹を蹴り上げた。
「が、はっ……」
「半端な力は、苦しみを長引かせるだけだ」
レガンテは先ほどの彼女たちの戦いを上空から見ていた。
この短髪少女はターニャの攻撃を見切り、輝粒子の薄まった部分にカウンターを叩き込むという、およそ常人ではあり得ない素晴らしい反撃をしてみせた。
ただし、それはターニャが輝攻戦士の力を得ただけの戦いの素人だから可能だったこと。
真の輝攻戦士であるレガンテに言わせれば、この程度の格闘家は普通の人間と変わりない。
「さて……」
残ったメガネの少女に視線を向ける。
「じ、ジル、ナータ……」
どうやら抵抗する様子はないようだ。
倒れた二人の少女を心配げに見ている。
「なんだあいつ、飛んできたぞ」
「王宮の輝士様か? じゃあなんで、女の子たちを……」
周囲には一〇〇名ほどの市民がいるが、無視しても構わないだろう。
もし攻撃を加えてきたら。まとめて灰にしてやるだけだ。
さて、そろそろ本題に入るか。
「ターニャ」
「な、なによ」
この数日で急激に大人びた彼女の容姿。
その目元に小さなしわが刻まれているのをレガンテは見逃さなかった。
レティも酷いことをする。
ターニャやフォルテに与えた力は、他の操り人形共とは確かに違う。
それは正式な輝攻戦士や輝術師の力ではない。
人間が本来持っている生命力を、使える輝力へと強引に変える力だ。
ケイオスであるレティのみが使える邪法中の邪法。
そんな力を酷使すれば、当然ながら彼女の命は削られていく。
放っておいてもターニャの命はそう長くないだろう。
だが、せっかくの輝力を無駄に消費するのは惜しい。
「俺と隷属契約をしろ」
「はっ……?」
ターニャは眉根を寄せた。
輝鋼石を使わず、高位輝術師から他者に力を与える契約。
今のターニャなら、その隷属契約も、擬似的にではあるが可能だろう。
レガンテはすでに輝攻戦士である。
王宮の大輝鋼石の洗礼を受けて得た、正式な力だ。
複数の輝鋼石から力を借りることは本来できないが、隷属契約なら重ねがけが可能と言われている。
今のレガンテではベラに敵わない。
同じ輝攻戦士なのに彼女の方が圧倒的に強い。
だからレガンテはレティにより強力な力をくれるよう頼んだ。
そしたら、彼女は言った。
――ターニャの輝力を使えばいいじゃない。
と。
「い、嫌よ。何で私があなたと……」
ターニャは首を横に振る。
その顔には嫌悪の色が浮かんでいた。
輝攻戦士契約の方法は知っているのだろう。
普段はあんなに乱れきっているくせに、フォルテ以外には貞淑を貫きたいようだ。
「頼む。手強い敵が近づいているんだ」
「なら私も協力して戦うわ」
レガンテは苛立ちを隠しつつ説得を続ける。
「それでは勝てない。それに、君を危険にさらすことになる」
「今さら危険もなにもないでしょお? というか、普段はあんなに偉そうにしているくせに、あなたは私ひとり守りながら戦えないのかしらあ」
できれば無理強いをしたくない。
そんな仏心を無視するターニャの態度にレガンテはつい声を荒げた。
「いい加減にしろ、フォルテの仇を討ちたくないのか!」
その言葉が届いた瞬間。
ターニャは驚愕に目を見開いた。
「……いま、なんて?」
なんだ、知らなかったのか?
市役所を抜け出した直後、レガンテは目撃した。
正門の前で無様に頭部を切断されていたフォルテの死体を。
おそらくはアビッソにやられたのだろう。
別にレガンテはそれを見てもなんの感慨も無かった。
最後まで身の程を弁えない馬鹿なやつだったな、と思っただけだ。
愛する男の仇討ちと思えば、彼女も力を貸してくれるだろう。
そうレガンテは考えたのだが……
「フォルテを殺したやつがここに向かっている。並の輝攻戦士では勝てない強敵だ。しかし、君の力を俺に上乗せすれば――」
「嘘よ! うそ、ウソ嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘っ!」
レガンテの言葉を遮り、ターニャは叫ぶ。
「フォルテ君が死ぬわけない! フォルテ君は強いんだから、私と一緒にずっといようねって誓ったんだから! ほら、ほらほらほらっ、あれ、あれ、なんで、なんで見えないの?」
頭を抱えて俯くターニャ。
おそらく遠視をしようとして上手くいかないのだろう。
レガンテは舌打ちをしつつ、ターニャの頭を掴んで強引に振り向かせた。
自らの遠視でフォルテの死に様を映し出す。
その映像を直接彼女の脳に投影してやる。
ターニャの動きが停止した。
今、彼女の網膜にはフォルテの首なし死体が映っているはずだ。
「理解したか? さあ、フォルテをこんなふうにしたやつを協力して殺すため――」
「いやあああああああああああああああああああああああああああっ!」
言うことを聞くどころか、ターニャは半狂乱になって泣き叫び始めた。
かと思うとレガンテの手を振り解き、正門の方に向かって駆け出そうとする。
「待て、どこに行くつもりだ!」
「フォルテ君を治さなきゃ! レティさんに頼めばきっと生き返らせてくれるんだからっ!」
「いい加減にしろ、死んだ人間は何があっても生き返らない! それよりも、どうすれば彼が浮かばれるかを考えて――」
「邪魔するなっ!」
ターニャは閃熱を纏った拳で殴りかかってくる。
レガンテはとっさにかわしたが、危うく腹を貫かれるところだった。
「……っ!」
カッとなって、頭に血が上る。
レガンテはターニャの頬を殴りつけた。
輝粒子を纏った手加減のない一撃は、彼女のガードを簡単に貫く。
「優しくしてやっていれば、つけ上がりやがって……!」
倒れたターニャの髪をひっつかんで無理やり立たせる。
どうせ老い先短い命、最後に好きな男の仇討ちの機会を与えてやろうとしたのに。
レガンテは強引に彼女の唇を奪い、ターニャの生命力が変化した輝力を吸い出していく。
「ん……んあ……」
腕の中でターニャが老化を始める。
口元に皺が刻まれ、髪の色はみるみる薄くなる。
それと対照的に、レガンテの身体には迸るほどの力が漲っていた。
「ん、あっ……か、かえせっ」
力を吸いきる直前、ターニャの唇が離れた。
レガンテは口元を拭って、目の前の老いた少女を睨みつける。
「かえせ、かえせ、私の力を、かえせっ!」
彼女の全身から怒りを体現したような炎が吹き荒れる。
残りカスのような体をさらに絞り上げる、強引な輝力の本流。
命を燃やし尽くした最後のあがきをレガンテは薄笑いを浮かべながら眺めた。
彼の周囲には液状の輝粒子が漂っている。
その溢れ出る力は、ターニャが放つ最後の輝きよりも遙かに眩い。
そうだ、この力だ。
これこそまさに輝攻戦士を越える、伝説の二重――
「――っ!?」
脇腹に軽い衝撃が走った。
それ自体はたいしたことはなく、痛みもほとんどない。
しかし、攻撃を受けたその部分から、溢れんばかりの輝力がみるみる抜けていく。
「貴様……っ!」
「へ、へへっ、油断大敵……よ」
レガンテの真横に立っていたのは、最初に蹴り飛ばしたはずの金髪の少女。
彼女はほとんど力もなく光の棒をレガンテに当て、それを服のベルトの隙間に強引にねじ込んできた。




