430 ▽児戯
「くっ……なんなのよ、それは……」
ターニャは拳をわなわなと震わせていた。
いかなる手段を使ったか、彼女が手に入れた輝術という力。
それがベラと魔剣ディアベルの前では一切通じないと宣告されたのだ。
その怒りと歯がゆさは想像に堅くない。
「うわーっ!」
と、横からフォルテが飛び込んできた。
先ほどのベラのアドバイス(?)に従い拳を振り抜く。
しかし、あまりにも大ぶりな動きのため避けるのは造作もなかった。
「ぶっ!」
勢い余って壁に突っ込んでしまうが、元気の良いことに即座にこちらを振り向いて、
「ターニャっ! こいつは全力を出さない! インヴェルナータさんから、お前を殺すなって言われたからなっ! 舐めてかかってる今が倒すチャンスだ!」
そんなことを大声で叫ぶ。
「おれがガンガン攻めるから、後ろから小技で援護してくれっ」
「っ、うんっ! わかった!」
ベラはやれやれと肩をすくめた。
敵の善意をアテにするなど、子供のケンカもいいところだ。
しかも、相手に聞こえるよう大声で作戦のやり取りをするとは……
まあ、ナータと約束したから殺す気はない。
こんなやつら、手加減しながら戦っても十分だしな。
「よかろう、少し稽古をつけてやろう」
彼らが納得いくまで、遊びに付き合ってやる事に決めた。
※
フォルテの動きは本当に雑の一言だ。
せっかくの輝攻戦士の機動力をまるで活かせていない。
攻撃には無駄な力が入りすぎているし、動作にもとにかく無駄が多い。
「くらえーっ!」
攻撃のたびに叫んだり余計なポーズをとったりするので簡単に避けられる。
「秘伝・超破壊キック!」
必殺技らしき名前を叫んだ時は念のため身構えたが、ただのジャンプキックだった。
「このっ、うろちょろと逃げ回るんじゃないよ!」
ターニャは火矢で狙撃してくるが、この程度なら魔剣の力に頼るまでもない。
もしかしたら、わざと弱い術を吸収させ、カウンターを狙おうとしているだろうか。
「氷矢」
弱い術なら、相手の攻撃を見てから反対属性の術で相殺するのも容易である。
いろんな属性の術を使われたり、ちゃんと前衛と連携したりすれば多少は厄介にもなるだろうが、どうやらそういった考えはないらしい。
ずっと一か所に突っ立ったまま、フォルテの攻撃が途切れる時に火属性の弱い術を撃つだけだ。
どちらも戦闘に慣れていない素人同然の戦術である。
要は強力な武器を持っただけの子どもと同じだ。
相手が普通の人間なら、力だけで圧倒することもできるかもしれない。
だが、ベラは正式な王宮輝士で、しかも輝攻戦士である。
はっきり言って、まるで相手にならない。
「うおおっ! いい加減にしろっ!」
攻撃を避けるたび峰打ちで軽く頭を叩いていたら、フォルテがついにキレた。
といっても特別なことをするわけでなく、今まで以上に乱雑、かつガムシャラに暴れるだけである。
ベラは鼻で笑いながらその手を魔剣の柄で払っていく。
その影でターニャが少し異なる動きを見せた。
「どいて、フォルテ君っ!」
こちらに向かって一直線に走ってくる。
多少の肉体強化はしているが、速度はほとんど常人の範疇である。
あまりにも隙だらけの行動にベラは何らかのカウンター狙いかと疑うが……
「閃熱断蹴っ!」
彼女はベラの数メートル手前で跳躍する。
同時に、つま先が真っ白な光を放つ。
「ほう、体の一部に閃熱を付与し、減衰を防いでいるのか」
触れれば人間の体など簡単に溶かせる必殺の一撃。
しかし、その攻撃はベラに当たることなく止まった。
ベラがターニャの足首を掴んだのだ。
空中で足を掴まれたターニャは、後頭部から地面に落下する。
「いったーいっ!」
当たれば確かに一撃必殺。
しかし、扱うのは肉体的に常人と変わらない少女である。
動きを見切って攻撃を防ぐなど、本物の輝攻戦士には造作もないことだ。
頭を抱えて痛がっているターニャのすぐ鼻先の地面に、魔剣の刃を突き刺してやった。
「ひっ!?」
「さて、もういいか? 満足したなら質問に答えろ」
調子に乗った少年たちの鼻っぱしは完全にへし折った。
同時に輝力を回復するだけの時間も稼いだ。
遊びの時間は終わりでいいだろう。
「お前たちのその力は、いったい誰から与えられた?」
「あ、あ……」
「答えろ」
完全に怯えてしまっているターニャの腹を蹴りつける。
「げっ、がはっ! いたい、痛ーいっ!」
「ターニャっ! くそっ、この野郎っ!」
大げさに痛がってみせるターニャ。
彼女の姿を見たフォルテが激高する。
どうみても同情をひくための演技だろうに。
こいつはこの調子で騙され続けてきたんだろうな。
目の前まで来てから拳を大きく振りかぶるという、相変わらず反省のない行動をするフォルテ。
ベラは愚かな少年の横っ面を思いっきり殴りつけた。
「ぐべっ!?」
フォルテは派手に床を転がり、その動きが止まると、頬をおさえながら怯えた目でこちらを見る。
「そういえば、お前のことは殺すなと言われなかったな」
「ひっ、ひいっ!」
ターニャの頭を踏みつけながら、刃の切っ先はフォルテの眼前へ。
どちらも完全に怯えて戦意を喪失したようだ。
一応は警戒しつつ、ベラは質問をする。
「もう一度聞くぞ。お前らのその力は誰にもらった? 答えなければ――」
「俺だよ、ベラ隊長」
男の声がベラの声を遮った。
部屋の入り口を見ると、予想していた通りの人物が立っていた。
「俺がそいつらに力を分けてやったんだ。理想実現のための駒として利用するためにな」
「レガンテ……!」
グローリア部隊副隊長にして、今回の事件の首謀者と目される男。
ベラが最も頼りにしていた部隊の片腕。
レガンテである。
※
最初に話を聞いた時、悪い冗談だと思った。
こんな時代に反乱を起こしただと?
よほど頭の悪い馬鹿か、でなければ結果を考えない狂信者か。
間違っても高い地位と聡明な頭脳を持つ一流の輝士がしでかすような事件ではない。
「何故だ、レガンテ。どうしてこんな馬鹿なことをした」
「馬鹿なことか、くっくっく」
レガンテはたいして可笑しくもなさそうな含み笑いをしてみせる。
「確かにお前の言うとおり、馬鹿なことをしてしまったよ。俺はケイオスとの利害を読み違えた」
「何?」
「本当はもっと上手くやるつもりだった。誰が好き好んでこんな愚かな反乱なんて起こすものか。もっと静かに、しかし気づいたときにはこの都市が丸ごと俺のものになっているはずだった。それが王宮に呼び出されているわずかな間に、部下の勝手な行動でぶち壊しにされるんてな!」
「えっ、それって……」
フォルテが愕然とした顔でレガンテを見上げる。
「ああ、心配するなよフォルテ。別にお前を恨んじゃいない。俺はこう見えて前向きなんだ。こうなったら仕方ないし、一度は出し抜かれたとは言え、俺にはまだレティの力が必要だ。お前たちが望む通り俺は王になる。これまで以上に働いてもらうことになるから覚悟しておけよ?」
「は、はいっ!」
哀れなことだ。
この少年はこの期に及んでもまだ、自分が利用されていることに気付いていないのだろう。
「で、どうするつもりだ?」
ベラはゆっくり後ろに下がりつつ剣を構える。
この男はフォルテやターニャとはまるで次元が違う。
本物の実力者、気を抜いて戦えるような相手ではない。
「ふん、そうだな。とりあえず二人とも、ここは俺に任せて外を手伝ってやってくれ」
「わかりました! 行くよターニャ!」
「あ、ちょっと……」
フォルテは元気よく返事をして立ち上がる。
彼はターニャの手を取って強引に起き上がらせるた。
そして、ナータたちが出て行ったドアの方に向かって走って行く。
「レガンテ国王、後は頼みます!」
「……絶対、いつか殺すっ」
下手な敬礼の真似をするフォルテと、恨みの籠もった目を向けて来るターニャ。
二人は足早に市長室から出て行った。
「さすがに淑女だな。彼らを見逃してくれてありがとう」
「ぬかせ。二人に注意を向けたら、即座に斬りかかったろう」
レガンテと戦うとなれば、たとえあの程度の異物でも、気にしていては致命的な問題になる。
どっちにせよ、彼が現れた時点でターニャたちを捕らえるのは不可能になった。
場合によっては魔剣に残った炎で焼き尽くすことも考えたが……
今は何よりレガンテの始末が先だ。
「……君とは戦いたくなかった。だが、俺にはどうしてもその魔剣ディアベルが必要なんだよ。念のため聞くが、それを譲って俺の配下に加わる気はないか?」
「寝惚けるのも大概にしろ。野望を持つなとは言わんが、妄想は頭の中だけに留めておけ」
「そうか。残念だよ」
レガンテが剣を抜く。
もはや闘いは避けられない。
天輝士選別会の時に実現しなかった戦い。
今になって、彼と雌雄を決する時がやってきたのだ。




