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閃炎輝術師ルーチェ - Flame Shiner Luce -  作者: すこみ
6.5章 都市騒乱 - figlia city crisis -
408/800

408 ▽地下道場

 ターニャはピャットファーレ川にかかる橋の近くにいた。


 この川の源流はフィリア市西部にある。

 小高い山に端を発し、市域から一キロほど西で支流と合流。

 街壁の下を潜って市内北部を東西に流れ、やがて海へと至る河川である。


 橋の北側には旧市街や北部衛兵詰所がある。

 そこから折れて東へ進めば隔絶街がある。


 隔絶街から湾を挟んだ反対側の海沿いには、輝鋼石から送られた輝力を機械(マキナ)の動力となる輝流エネルギーに変換させるための輝流精製所がある。


 もうもうと煙を吐き出す三本の煙突が、ここからもよく見える。

 しばらく水面に目を向けていたターニャだが、近づいてくる足音に気づいて顔を上げた。


 アルマたちバレー部の面々だ。

 一人も欠けることなく集まっている。

 彼女たちの英断にターニャは満足の笑みを浮かべた。


 バレー部員たちは何も言わない。

 訝しげな表情でターニャを見つめている。


「ついてきて」


 ターニャは橋を渡り、北へと向かって歩を進めた。


 あなたたちにも分けてあげる。

 意味深な言葉に釣られてやってきたアルマたち。

 だが放課後の一件以来、ターニャに対して良い感情は持っていないだろう。

 背中に感じる視線は、疑いと期待が半々といったところか。


 歩きながらターニャは『遠輝眼(スピーア・オクルス)』と名付けた、自分の目とは異なる視界を得る輝術を使用していた。


 アルマたちの動向を気にしているわけではない。

 彼女らが襲い掛かってきても撃退する自信はある。


 ターニャが気にしているのは、周囲の民間人だ。

 こいつらはまだ、メンバーになると確定していない状況である。

 一緒に歩いている姿を誰かに目撃されたら、もしもの場合にしにくくなる。


 遠くにフォルテの姿を見つけた。

 彼も数人の少年を引き連れ、同じ場所に向かっている。

 周囲に気を配っている様子はないが、周りには部外者の姿もない。

 あっちはあっちで上手くやっているのだろう。


 ターニャたちは人気の少ない地域に足を踏み入れた。

 もう何年も人が住んでいない、朽ち果てた灰色の小屋が立ち並ぶ。

 街全体が薄暗く、人を寄せ付けようとしない陰気な雰囲気を放っている。


 輝鋼精錬技術が建物に応用されて、間もない頃に建築された区域。

 隔絶街と隣接しているため、人が住みつかなかった街区である。


 今は隔絶街と繁華街を分け隔てる空白地帯。

 輝士兵舎の近くにありながら、監視の目が届きにくく、非合法な商店もある。

 ターニャはある建物の前にたどり着くと、周りに人がいないことを確認して、重い鉄の扉を開けた。


 窓のない建物の中は非常に薄暗い。

 輝光灯を点けなければ数歩先も見えないくらいだ。

 このような様式が市民のニーズに合わなかったことも、区画が放棄された原因の一端である。


 ターニャは手探りで輝光灯のスイッチを入れた。

 人工の明かりに照らされた、灰色の廊下を奥へと進む。

 そして、通路を曲がった先にある階段から、地下に降って行く。


 降りきった所に現れた扉を開くと、室内の熱気が漏れてきた。


 窓一つない殺風景な部屋。

 しかし非常に広く、建物の敷地面積の地下いっぱいに広がった大部屋だ。


 ここはターニャたちが『道場』と呼んでいる施設である。

 学校の体育館の半分ほどの面積に、二十数名の男女が集まっていた。


 室内の少年少女たちの行動は、大きく分けて二種類にわかれている。

 男子を中心とした大部分は二人一組にわかれ、格闘技の演武を行っている。

 緩やかで無駄が多く、決まった型などないように見えるが、彼らの目は真剣そのもの。

 よく見れば、彼らの体はうっすらと光を放っているのがわかるだろう。


 女子を中心とした数名は、部屋の端に集まってぶつぶつと呟いている。

 彼女たちの一人が立ち上がり、短く言葉を叫ぶ。


イグ!」


 前方の空間に火が灯り、勢い良く燃え盛った。


「なんなんだよ、ここは……」


 ターニャの後ろを着いてきていたアルマがそう呟いた。

 来てはいけない場所に足を踏み入れてしまった。

 そんな不安が感じられる声だった。


「あ、カスターニャさん!」


 演武を行っていた少年の一人が、ターニャに気付いて話しかけてくる。


「おはようございます。その人たちは新入りですか?」

「ええ。まだ決まったわけじゃないけれどね」


 ターニャは振り向きアルマたちに視線を向ける。

 彼女はびくりと肩を震わせた。

 他のバレー部たちも同様。

 帰りたそうにそわそわしている者もいる。


 階段を下ってくる複数の足音が聞こえた。

 どうやらフォルテたちも到着したようだ。


「ターニャ、おはよう」

「おはよう、フォルテ君」


 フォルテはターニャと挨拶を交わし、横をすり抜けて室内に入っていく。


「よっ、元気でやってるか?」

「フォルテさん!」

「まってましたよ、アニキっ!」

「お疲れーっす!」


 演武を行っていた少年たちが、フォルテの姿を見るなり、一斉に駆け寄って来て挨拶をする。


「マジメにやってるな。その調子でがんばれよ」

「はい!」


 偉そうに声をかけるフォルテ。

 彼は非常に満足そうな表情をしていた。

 心酔しきっている少年少女たちを微笑ましい気持ちで見やり、ターニャはアルマたちバレー部員と一緒に、彼が連れてきた少年たちを眺めた。


「では皆さんは私についてきてください」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ」


 階段を上ろうとするターニャをアルマが呼び止める。


「なんなんだよ、ここ。それにこいつら、一体何をやってるんだ?」

「来ればわかります」


 ばっさりと言い切って、ターニャはいま来た道を引き返した。

 他のバレー部員やフォルテが連れて来た少年たちも同様。

 疑いの眼差しをターニャの背中に向けている。


 彼らもわかっているはずだ。

 もう後戻りはできないと。




   ※


 新入りたちを二階に案内する。

 教室くらいの広さの部屋にはレガンテとレティが待っていた。


「ようこそ、未来を担う少年少女たちよ」


 長四角のテーブルの奥に座るレガンテが、人の良さそうな笑顔で彼らを迎えた。

 ターニャはアルマたちに席を薦め、自身は部屋の入り口に移動する。

 もちろん彼女たちを途中で逃さないためだ。


「それじゃ、続きは後でね」


 レティが立ち上がり、部屋を出ていく。

 入り口のターニャとすれ違う瞬間、二人は互いに笑みを交わした。


「自己紹介をするね。私の名はレガンテ。グローリア部隊のフィリア市分隊長を務めている」


 レガンテは輝士証を取り出し皆に見せた。

 グローリア部隊の名を知らない者は今の王国にいないだろう。

 アルマたち学生からしてみれば、いきなり大スターが現れたようなものだ。

 しかも輝士証を見せられては疑いようもない。


「失礼するわね」


 レティが人数分の紅茶を注いで戻って来た。

 彼女は着席した少年少女たちの前にカップを置いて廻る。

 それが終わるのを待って、レガンテは神妙な面持ちで話し始めた。


「さて、前途有望な君たち若者に、ぜひ聞いてもらいたい話があるんだ」

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