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閃炎輝術師ルーチェ - Flame Shiner Luce -  作者: すこみ
6.5章 都市騒乱 - figlia city crisis -
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394 ▽体育の授業

 廊下に騒がしい足音が響く。

 何人かの生徒が何事かとそちらを振り返った。

 しかし走っているのがジルだとわかると、みなその姿を微笑みで見送る。

 彼女が慌ただしく廊下を走っては教師に怒られるのは、もはや日常茶飯事である。


 しかし今日はいつもと少し様子が違っていた。

 ジルの表情が常にない不安に彩られていることに少数の生徒が気づく。

 なにかあったのでは……と本人に聞くでもなく、少女たちは周りの生徒と話題を膨らませる。


 教室にたどり着いたジルはドアを豪快に開けて叫んだ。


「ターニャ!」


 教室内の視線が自分に集中するが気にしない。

 素早く周囲を見回し、その中に幼なじみの顔を見つけて、ホッと息をはく。


 ターニャは読んでいた本から顔をあげ、驚いたような顔を向けた。


「よかった、無事だったんだ」


 ジルは安堵しながら教室に入った。

 ターニャは本を閉じ、頬を赤くしながら文句を言った。


「あのさ、恥ずかしいから大声で呼ぶの止めてもらえる?」


 冷たい物言いもいつも通りだ。

 ジルは昨晩からの肩の荷が下りた気分だった。


「ごめん、ごめん」


 形だけの謝罪をして、ジルは彼女の斜め前の席に腰を下ろした。

 昨晩、先に帰らせたターニャのことが、あれからずっと気になっていたのだ。


 幼馴染であるフォルテに彼女を送り届けるよう頼んだが、あいつに任せるのは不安があった。

 途中で戻ってきたナータが言うには、二人はターニャの家に向かったらしかったが……


 昨日、ジルは家に帰るなり、疲れてすぐに眠ってしまった。

 今朝も遅刻ギリギリで起きたので、今の今まで安否を確認する暇がなかったのだ。


 あのフォルテがターニャに変な事をする度胸があるとは思えないが、やつもあれで男だ。

 万が一変なことをしていたら、ピャットファーレ川の底に沈めてやるつもりだった。

 幸い、ターニャに変わったところは見られない。


「ごめんな、昨日は大変なことになっちゃって」

「別に。あの後すぐに帰ったし」

「フォルテのやつに変なことされかったか?」


 ターニャは一瞬きょとんとしたような顔をしたが、すぐに微笑みを浮かべて言った。


「親切にしてもらったよ」


 どうやらフォルテはしっかりとジルの命令を遂行したらしい。

 ターニャの機嫌を損ねるようなこともなかったようだ。

 あいつも少しは使えるようになったじゃないか。


「ジルたちの方こそ、大変だったんじゃないの」

「ああ、うん。まあね」


 ジルは苦笑いしながら適当に流した。

 衛兵から逃げ、ナータが窃盗した輝動二輪で輝士とデッドヒート。

 最後は二人で隔絶街に逃げ込んで海を見ていたなんて言ったら、ターニャはどんな顔をするだろうか。


 ちなみに、盗んだ大型輝動二輪は、ナータと一緒に都市西部の林に捨ててきた。

 持ち主には申し訳ないけれど、返そうとして捕まっては元も子もない。

 結局、家に帰った時には四時をまわっていた。


 そういえば、ナータはまだ来ていないな。

 もう塞ぎ込んでいないハズだが、ただの寝坊だろうか?


「ふわ~あ」


 安心したらなんだか眠くなってきた。

 ジルは自分の席に座り、そのまま一時限目の終わりまで机に突っ伏して眠った。




   ※


「いつまで寝てんのよ」


 休み時間にジルを起こしたのはナータだった。

 朝は遅刻で、一時限目の間に登校していたようだ。


 二時限目は体育である。

 すでに周りの生徒たちは体操着に着替えている。

 ジルも慌てて着替え、急いで校庭に出た。


 今日の授業はサッカーだ。

 運動部を中心にクラス二組に別れ、前後半十五分ずつのミニゲーム。

 南フィリア学園にサッカー部はないから、自然に運動部の人間がチームの中心になる。


 大半の生徒は戦術も何も考えない。

 勝つためにはボールに群がる生徒たちをうまく指揮するしかない。


 Aチームのキャプテンは、バスケ部主将のジル。

 普段からチームプレイには慣れている上、ずば抜けた身体能力を持っている。

 彼女がキャプテンを務めることに誰からも異論がなかった。


 そのかわり、Bチームの方が全体的に運動部の数が多い。

 剣闘部のナータをはじめ、テニス部やラクロス部などのエースが七人もいる。


「負けないわよ」


 試合前に、ナータに背中を叩かれた。

 すっかり元気になったようで安心したが、試合となれば別だ。

 種目がなんであれ、球技で負ける気はない。


 ホイッスルが鳴った。


 ジルは素早くボールを奪う。

 前線めがけて先制のキラーパス。


「きゃー」


 しかしゴール付近にいた味方生徒は、パスを受けるどころかボールから逃げてしまう。

 Bチームのテニス部キャプテンがこぼれたボールを拾う。

 すぐさまドリブルで上がってきた。


「ちっ」


 ボールを奪い返すべく、ジルは突進する。

 近づく前に相手はパスを出し、ボールはナータに渡った。


 軽そうな胸でトラップ。

 そのまま地面に落ちる前にシュート。

 味方のキーパーは一歩も動けず、Bチームに先取点が入った。


「よっしゃあ!」


 仲間たちと手を叩いて喜び合うナータ。

 その姿を横目で見ながら、ジルはセンターサークルに戻った。


「えい」

「でりゃあ!」


 チームメイトにボールを蹴ってもらい、ジルは即座にロングシュートを放った。


 先制点を取られたうっぷんを乗せたシュートは、キーパー頭上のゴールバーすれすれの軌道を描き、相手チームのゴールネットに突き刺さる。


 今度はAチームから歓声が上がった。


「やったわ、さすがジルさんね」

「すごいわね。私たちもがんばらなきゃ」


 チームメイトがジルの周りに集まってくる。

 ジルは笑顔で一人一人と手を叩き合った。

 よし、士気は上がった。


「卑怯よ、あんなの!」


 ナータが指さして文句をつけてくる。

 確かにあれは大人げなかったかもしれない。

 しかし、これもチームをやる気にさせるためだ。


 実際、Aチームの仲間たちはこの一発で動きが良くなった。

 といっても、ほとんどボールにじゃれつくよう、バラバラに走っているだけだが。


 運動部にボールを奪われそうになると、ジルが即座にフォローにまわる。

 おかげでみんなのびのびと動いてくれる。


 取りやすいパスを心掛け、チームメイトにシュートを打たせてあげる心配りも忘れない。


 試合は互いに一点同士のまま後半戦に突入した。


 全体的にBチームが優勢なのだが、フォローに回るジルの動きが他の生徒とはかけ離れているため、完全には攻めきれないのだ。


 幼いころから父や兄に拳法を仕込まれているジル。

 その体力と判断力は、並の運動部エースの比ではない。

 サッカーは専門ではないとはいえ、相手がプロじゃなければ運動量だけで翻弄できる。


 まともに食らいついてくるのはナータくらいだろう。

 だが基本的に個人プレーしか頭にないナータは、正面から突っ込んでくるしかできない。

 結果、パスを多用するジルに翻弄され続けてるハメになる。


 試合時間が残り三分を切ったところで、ジルの動きが変わる。

 ここまでは仲間を楽しませることに集中していたが、最後は勝ちに出た。

 ドリブルで相手チームを抜き去り、自ら前線へ向かうジルを止められる生徒はいない。


「左右から! パス警戒して!」


 ゴール直前でナータを中心とする運動部四人に囲まれた。

 それぞれ所属する部活ではレギュラー級の選手。

 ジルとの体力差も他の生徒と比べれば少ない。

 一対四で抜き去るのは流石に無理があった。


 残り時間は一分を切っている。

 ジルはさっと視線を前方に走らせた。

 ノーマークのチームメイトが視界に入る。


 ターニャだった。

 彼女は試合開始と同時に、自らコートの隅に移動した。

 積極的に動くどころか、これまでほとんどボールにも触っていない。


 ターニャは昔から体が弱い。

 体育ではあまり目立たないよう振舞っている。

 そのことをジルは知っていた。


 だからジルもターニャにはパスを回さない。

 こんなギリギリの状況でパスを出したら、彼女に恥をかかせてしまうかもしれない。


 たとえ、ターニャの位置から見て、ゴールがガラ空きだとしても。


「おりゃ!」


 ジルはボールを蹴り上げた。

 破れかぶれのシュートだと見たのか。

 ナータは勝ちを確信した獰猛な笑みを浮かべる。

 その隙に、ジルは彼女の横をすり抜け、マークを外す。


 くるりと後ろを向き、ジャンプ。


「まさか!?」


 ナータの驚き顔が逆さまに見えた。

 ジルは空中で地面に背を向け、落ちてきたボールをゴール目がけて蹴り込んだ。

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