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閃炎輝術師ルーチェ - Flame Shiner Luce -  作者: すこみ
6.5章 都市騒乱 - figlia city crisis -
388/800

388 ▽気になる男の子

「そうだおまえら、これ貸してくれよ!」


 ジルがゴミ捨て場に倒れたフォルテの小型輝動二輪を起こしあげる。


「ばっ、ふざけんなっ、汗水たらして働いてやっと買えたんだぞ!」

「ケチケチすんなよ。こっちはピンチなんだからさ」

「してねえ! つーか、なんで衛兵なんかに追われてるんだよ!?」


 二人が口論している間にも、衛兵は近づいてくる。


「わかったよ。じゃあ、あの二人を安全な場所まで乗せてってくれ。衛兵はこっちで引き付けておくから」

「二人って……」


 ここで初めてフォルテはターニャがいることに気づいたようだ。


「あ、こんちは」

「……」


 フォルテが小さく頭を下げる。

 ターニャは無言でお辞儀を返した。


「挨拶はいいから。ターニャ、こいつの後ろに乗って」

「え」

「きみはこいつを」


 ジルは背負っていたナータを降ろし、長髪の少年の輝動二輪の後部座席に乗せた。


「えっ、あ」


 いきなり美少女を背負う形になった少年は顔を赤くして戸惑った。

 多分だけど、ギターを背負っていたことを後悔しているだろう。


「はやく、乗って!」

「う、うん」


 ジルに急かされる形で、ターニャは輝動二輪の後部座席に跨る。

 フォルテの後ろに。


「カスターニャさんまで……いったい、何がどうなってるんだよ」

「ごめんなさい、失礼します」

「あ、いや」


 互いにぎこちない態度になってしまう。

 実はターニャはフォルテとほとんど喋ったことがない。


 中等学校時代。

 ターニャは男子と会話するのが苦手だった。

 フォルテにとっても自分はジルの友だちくらいの認識しかないはずだ。


 嫌われてはいないと思う。

 けど、あまり親しいわけでもない。

 その証拠に彼はターニャを愛称でなく本名で呼ぶ。


「できるだけ遠くに逃げて。追手が来ないところまで来たら、あたしの家の前に集合」

「わかったよ。とにかく、衛兵から逃げればいいんだろ」

「任せたよ。ターニャに変なことしたらブッコロスからね」

「しねーよ! 妙なこと押しつけておいて、その言い草はねーだろ!」


 フォルテが文句を言うのも当然である。

 だが、一応逃走の手助けは引き受けてくれるらしい。

 相手が幼馴染とはいえ強引に過ぎるとターニャは思ったが何も言わなかった。


 逃げたいからではない。

 ドキドキしてるから。

 目の前に憧れの彼がいるから。

 彼の肩に、手を触れていられるから。


「きみも巻き込んでごめんな。それ、あたしん家の前についたら、適当に路上に捨てといていいから」

「あの、この人ってもしかして、南フィリア学園のインヴェルナータさんじゃ……」

「頼んだよ!」

「あっはい」


 長髪の少年はジルの勢いに押されて素直に頷いた。


「ちっ、しかたねー。カスターニャさん、しっかりつかまっててね!」

「は、はい」


 ターニャはフォルテの腰に手をまわした。

 彼の体の温かさが伝わる。

 心臓が跳ね上がる。


「行くよっ」


 掛け声とともに、輝動二輪が走り出す。


「わっ……」


 後ろに引っ張られるような感覚に思わず腕に力を込める。

 二台の小型輝動二輪は風を切って夜のルニーナ街を走った。




   ※


 瞳を閉じると空を飛んでいた。

 どこまでも、どこまでも、まっすぐに。


 頬に当たる風が心地よい。

 この手に触れるぬくもりも偽りではない。

 初めて乗る輝動二輪は、まるで夢想が現実になったような感覚をターニャにくれた。


 現実で風を切って飛ぶことが、こんなに気持ちいいなんて。


 旧家に育ったターニャの両親は機械マキナに懐疑的だ。

 産業の発達が人類に歪んだ進化を……と、いつもよくわからない文句を言ってる。

 機械マキナ技術の最先端である輝動二輪や映水機は特に嫌っており、絶対に家での所有を認めない。


 そのくせ空調機は使うし、輝動馬車は利用するんだから、ただの好き嫌いだろう。


 小型の輝動二輪は個人所有の乗り物として最近になって出回り始めた乗り物である。

 大型と比べれば安価ではあるが学生の小遣いで気軽に買えるようなものではない。

 乗ってみたいと思ったことはあるが、実際には無理だろうと諦めていた。


 でも、今こうして、私は風を切っている。

 それも、あのフォルテ君の後ろに座って……


「カスターニャさん、大丈夫!?」

「あ、はい!」


 風の音がうるさい。

 自然に大声になってしまう。


「ごめんね。怖いかもしれないけど、絶対に事故ったりしないからしっかりつかまってて!」


 怖くなんかない。

 だって、あなたのそばにいるんだから。


「……はい」


 心の中で呟いたことが恥ずかしくなる。

 ターニャは彼の言葉を免罪符に、体を密着させた。


「う、うわっ」

「きゃっ」


 フォルテが叫ぶ。

 輝動二輪の動きがぶれた。

 ターニャは慌ててフォルテの服を掴んだ。

 すぐに安定を取り戻したが、いったいどうしたんだろう?


「あ、あの。胸」

「え?」

「い、いや、なんでもないよ」


 声が上ずっている。

 彼が背中で私を感じてくれている。

 単なる男の子特有の反応なのかもしれないけど……


 ターニャは少しだけ嬉しかった。


「うわっ!」


 と、後ろを走る長髪の少年が叫んだ。


「どうした!」

「こ、この人がっ」


 ターニャは視線を後ろに向ける。

 長髪の少年の頭がガクガクと揺さぶられていた。


「戻れコラ」


 どうやらナータが目を覚ましたようだ。

 運転手である少年の首を絞めて何かを要求している。


「む、無理ですよっ。衛兵が追ってきてるんですから」

「いいからさっきの場所に戻れっつってんのよ」

「戻ってどうするんですかっ? せっかく、さっきの人が逃がしてくれたのに……」

「ジルを迎えに行くのよ。そっちのあんたはターニャを連れてさっさと逃げなさい」


 相変わらず酔いは覚めていないようだ。

 どこまで状況を理解しているのかはわからない。

 しかし、ジルが逃がしてくれたことだけは認識しているようだ。


「……どうなっても知りませんよ!」


 長髪の少年がブレーキをかける。

 輝動二輪が速度を落とし、Uターンをする。


「フォルテ、また明日な」

「おう。気をつけてな」


 軽い挨拶を交わし、黒髪の少年は来た道を戻っていった。


「さてと……カスターニャさんの家は、ジルん家の隣でいいんだよね」

「あ、はい」


 さっきから「はい」しか言っていない。


「一応、家まで送って行くから。もうちょっと我慢してね」

「はい……ありがとう」


 肩越しに振り返ったフォルテ。

 彼はニカッと親しげな笑みを見せてくれた。

 暗がりの中なのに、その表情がとても眩しく見えた。

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