383 ◆あの頃と今と
その日から毎日。
あたしは必死に勉強をした。
参考書を買い、図書館へ通った。
毎晩、寝る間を惜しんでがんばった。
「インヴェ、最近付き合い悪いじゃん?」
「氷の女王が勉強なんて似合わねー!」
「ま、せいぜい頑張んなよ」
友人たちはひやかしながらも応援してくれた。
学校に居る間は、できるだけ彼女たちと話すようにしている。
目標があるといっても、せっかくこっちで見つけた友人を失いたくはない。
黙ってばかりだったあの時とは違うんだ。
けど、もう隔絶街へ出向くことは、なくなった。
※
勉強漬けの毎日が続いた。
でも、それなりに楽しくやっていたと思う。
ただひとつの問題を除けば。
「インヴェルナータちゃん、晩ご飯は……」
「あとで」
「でも、早く食べないとスープが冷めちゃうわ――」
「あとでいいっつってんだろ!」
あたしが受験を決めてからは、ますます親との関係が悪化した。
真面目になったとは言え、家を出て行くための努力をしてるんだから当然だ。
あたしは気にしないフリを続けた。
中学時代は結局、一度もフィリア市には戻らなかった。
輝動馬車に飛び乗って会いに行くこうと思ったことも何度もある。
でも、それをしてしまったら、新しい親との最後の一線を越えてしまいそうな気がして、踏み切れなかった。
理解はしてくれなくても、あの人たちのことは決して嫌いではなかったから。
せめて一流の学校に受かって、誇れる娘を育てたと自慢させてあげよう。
それがあの人たちにできる、精一杯の親孝行だと信じて。
瞬く間に一年半が過ぎた。
あたしは見事に南フィリア学園に合格した。
※
「ルーちゃん!」
「わあっ! やめて!」
背後から抱きつくあたしを、ルーちゃんはうっとおしそうに振りほどこうとする。
「いいじゃないのー。アイシアウどうしなんだしー」
「誤解を招くようなこと言わないでっ」
あたしはまた、ルーちゃんと同じ学校に通えるようになった。
でも、前とそっくり同じと言うわけにはいかなかった。
離れて過ごした三年間。
あたしがあたしの時を過ごしたように、ルーちゃんもルーちゃんの時を過ごしていた。
初等学校からそのまま進級してきたルーちゃんは、この学校には最初からたくさんの友人がいた。
彼女が知らない人と仲良さげに話す姿に、あたしは軽い嫉妬を覚えた。
もちろん、ルーちゃんはあたしのことを忘れていなかった。
再会したときは眩しいくらいの笑顔で喜んでくれた。
でも、会わなかった三年間のうちに、ルーちゃんもあたしの知らない部分を見せるようになった。
小さい頃はあんなに元気だったのに。
なんだかぼーっとしていることが増えたように思える。
友だちとの付き合い方や、喋り方も少し変わったような気がする。
仲間内での恋愛話にも積極的に参加していた。
自分勝手だけど、少し悲しかった。
ルーちゃん以上に、あたしの方が変わったと思う。
新しい友だちともすぐに仲良くなれるようになっていた。
勉強もできたし、自分で言うのもなんだけど、わりと新しいクラスで人気があった。
ルーちゃんは最初、そんなあたしに躊躇っていたみたい。
思い出の中のお互いとのズレに、最初は少しだけ戸惑った。
あたしたち――
というか、あたしにとって障害となる人物がいた。
ルーちゃんの中等学校時代の同級生っていう女、ジル。
性格は男勝りだけど、細かいところに気がつき面倒見のいい、頼れる姉御肌の人間だ。
第一印象は最悪だった。
出会ってすぐ、言い争いから取っ組み合いのケンカになりかけた。
ルーちゃんが止めてくれなかったら、危うく速攻で停学をくらうところだった。
嫌いってわけじゃない。
言い争いをしたのも、どちらかというと……
いや、完璧にあたしが悪かったと思う。
じゃあ、なんで突っかかったのか。
答えは分かりきってる。
ルーちゃんの隣、一番近い場所。
そこにいるのが自分じゃないのがいやだっただけだ。
彼女に馴れ馴れしく接するジルの態度が気に食わなかった。
あたしの子供っぽすぎる嫉妬だ。
後日あらためて会話してみれば、こいつは結構いい奴だということがわかった。
お互いの秘密を知ったあの事件の後、あたしとジルは普通に友人になった。
今ではそれなりに関係良好になっている。
ま、ケンカ友だちみたいなものかな。
ルーちゃん、ジル、ターニャ。
この三人にあたしを加えたグループ。
四人はいつも一緒に、仲良く学園生活を送っていた。
ただやっぱり、それぞれ別の三年間で少し変わってしまったあたしとルーちゃんは、昔通りの関係に戻るのは難しくなっていた。
でも、あたしはすぐそんなことは気にしなくなった。
昔と同じようにできないなら、新しい関係を築けばいいだけだ。
「ごめんね。けど、愛してるっていうのは本当だよ」
「だ、か、ら。愛してるとかそういうのは、好きな男の人に……」
「好きな男なんていないっつってんでしょ。この桃尻」
「桃尻!? いったい誰からそのあだ名を聞いたっ!」
「ジルから。いいじゃない、ぷりぷりして可愛い」
「変態みたいなこと言わないで! もう、ナータなんて嫌い!」
ぴしっ。
「そ、そんなに嫌だった?」
「あれ、ちょっと」
「ご、ごめん。あたしってば無神経で……ルーちゃんがそんなに、あたし、あたし、本当にバカで、ごめん、ごめんなさ……」
「な、ナータ?」
「やだぁ! 嫌いになっちゃやだぁ!」
「ならない! 嫌いじゃないから! お願いだから泣かないで!」
「ぐす……本当に嫌いじゃない?」
「うん、うん」
「じゃあ、仲直りの印にパフェ驕ってくれる?」
「おごる。おごるから」
「やったね! わーい、ルーちゃんのおごりぃ」
「って、嘘泣きか!」
「言ったからね。おごるってルーちゃん言ったからね。取り消しなしよ」
「あーもう。ナータなんか大っ嫌い!」
「あたしは大好きだよー」
「まとわりつくなー」
あたしがルーちゃんをからかうたびに、素敵なリアクションが返ってくる。
最初はルーちゃんの気を引くため、あたしが積極的に話しかけることから始まった。
悪い娘たちと過ごして、親との口げんかに明け暮れた中学時代を経て、強くなったあたし。
気を引こうとするあまり、つい彼女を怒らせてしまうこともあった。
それでも、あたしはルーちゃんのそばにいられることが、すごく幸せだった。
他の娘がルーちゃんの一番だなんて許せない。
好きな子にはつい意地悪しちゃいたくなる。
そんな子供時代にもやらなかったような子供っぽいことを、あたしはやっていた。
ルーちゃんの怒った顔や困った顔が可愛すぎるのも原因だけど……
と、言い訳もしておく。
「あ、そうだ。昨日、帰り本屋に寄ったら、神話戦記の新刊出てたよ」
「えっ、本当!? ああっ、どうしよ。読みたいけど、お金ないっ」
「そうだと思って……じゃーん、買っといてあげたよ」
「わーっ。貸して、貸してっ」
彼女の笑顔に、あたしの心はずっと奪われている。
今のあたしとルーちゃんにとって、これが一番の付き合い方なんだと思う。
「ナータ、大好き!」
「まったく……ゲンキンなんだから」
「ありがとね!」
冗談でも、彼女に好きと言えるのが嬉しい。
彼女の笑顔の側にいられるのが嬉しい。
だからまだ、このままでいい。
この気持ちはずっと、隠し続けようと思っていた。
あの日がやってくるまでは――




