38 いってきます!
私は輝動二輪に跨り操縦桿を握った。
左手のレバーを握って左足のギアをつま先で一段下に落とす。
右手のアクセルを回すと輝動二輪は甲高い嘶きが上がった。
「やつら輝動二輪を盗む気だ!」
「そうはさせるか!」
ゆっくりと左手のレバーを戻す。
車体が急発進した。
振り落とされそうになりながら何とかバランスを整える。
お、思っていたよりも揺れる!
うわうわっガクガクいってる!
ああダメ真っ直ぐ進まないよぉ!
「ちょ、ちょっと、どっちへっ」
「な、なんだっ!」
ぎゃーっ!
とんでもないことに車体は輝士たちの方を向いている!
よ、避けなきゃぶつかっちゃう!
けど力が入らないよぉ。ま、曲がれっ、曲がれぇっ。
ドガッ!
「うぐおぉっ!」
や、やっちゃった! やっちゃった!
思いっきりはね飛ばしちゃったよぉっ!
「大丈夫かっ!」
「ダメだ完全に意識を失ってる!」
慌てて他の二人が駆け寄るけれどぶつかった輝士さまは思いっきり白目を向いている。
こ、これで掴まったら完全に重犯罪者の仲間入りだぁ。
……プスン、プスン。
あ、あれ?
数メートル走ったところで突然動きが停止した。
そのままウンともスンとも言わない。
故障? や、やだぁっ。冗談じゃないよぉっ!
振り向くと鬼のような形相で輝士さま二人がこちらに詰め寄ってきている。
「貴様、よくもやってくれたな」
「裁判にかけるまでもない! この場で叩っ斬る!」
ひーっ!
お二人とも血走った目で剣を構えて明らかに戦闘準備万端のご様子!
こ、殺される?
いやだぁっ。早く逃げなきゃ。
なんで止まっちゃったのよぉ。
う、動いてよっ、動け、うごけっ!
「賊め斬り殺してやるから覚悟しろ。ただし大人しくしていれば苦しまずにあの世へ送ってやる」
どっちにしろコロスつもりじゃないのよぉ!
「いいやこういう類の奴らは甘くすると次から次へと沸いて出る。ここはいっそ晒し首に――」
「仲間の仇の意味も込めて人間試し切りとして使ってやるという手もあるな!」
すごいこわい事いってるんですけど!
あ、あなたたち本当に輝士さま?
「あんたらの相手はこっちよ」
後ろからの声に輝士さまたちが振り向く。
一陣の風が舞った。
フードを目深に被ったナータが彼らを斬りつける。
二人の輝士はは素早く左右に飛びのいて疾風の様な攻撃をかわした。
反射神経は流石に衛兵とは違う。
「もう一匹いたのか。おい俺はコイツだ。お前はそっちをやっちまえ」
「おうよ。任せ――」
「調子に乗るな!」
ナータは素早く走り込むと目にも留まらない速さで剣を振るった。
油断をしていた輝士さまは顔面を打ちつけられ数歩よろけて顔を抑えた。
「てめーらなんざ二人まとめてあたし一人で十分なんだよ。さっさとかかってこいやボケ共!」
な、ナータさん?
ドスの聞いた恐ろしく低い声。
普段からは想像もできないくらい汚いセリフを吐いていらっしゃる。
正体がバレないためだって言うのはわかるけど、カナリ怖いんですけど……
「貴様、誰に物を言っているのか分かっているのか!」
「あっさりと賊の侵入を許したマヌケな留守番輝士だろ」
「貴様……!」
鼻を抑えていた輝士さまが怒りの形相でナータに斬りかかった。
ナータはそれを半歩下がって避ける。
間髪を入れずもう一人が攻撃を繰り出す。
二対一の攻防が始まった。
ナータは輝士二人を相手に一歩も引けを取っていない。
激しい剣戟が続く。
想像を超えるナータの強さに私は逃げることを忘れて見入ってしまっていた。
「さっさと行けよ!」
いつもと違う口調で怒鳴りつけられたので最初それが私に言っていると気がつかなかった。
ナータの顔が僅かにこちらを向いたのを目にし、我に返る。
そ、そうだ。今の内に輝動二輪を再始動させなきゃ。
ええと……キーは刺さっている。燃料も満タン。
……あ、機体横のコックが閉まってる!
これじゃ燃料がエンジンまで渡らないわけだ!
コックを捻り再びキーを回す。
輝動二輪は再び天を貫く嘶きを上げた。
よし、このまま一気に逃げる!
「くっ!」
金属がぶつかる乾いた音。
振り向くとナータの手から銅剣が弾き飛ばされていた。
乾いた音を立てて遠くの地面に落ちる。
「終わりだ、観念しろ」
「ちっ……」
「そこそこ腕は立つようだが致命的に筋力不足だな」
舌打ちをするナータ。
輝士が剣を高く振り上げる。
その瞬間、世界から色が消えた。
目の前の光景が現実味を失う。
全ての動きがスローになる。
ナータが死んじゃう。
殺されちゃう。
私のせいでまた人が不幸になる。
そんなの絶対に許せない。
――だったら、やっちゃえよ。
これ以上私のせいで誰かが傷つくところなんて見たくない。
憎悪にも似た熱い奔流が体中を駆け巡り出口を求めて猛り狂う。
私は無意識のうちに突き出した。
「ダメえぇっ!」
叫ぶ。
掌が耐え切れないほどの熱を持つ。
目の前が真っ赤になる。
血が、熱が、出口を求めて彷徨う。
「ひっ」
熱さに耐えきれなくなり私は短く叫んだ。
体の中の何かを振り払うように腕を振う。
その瞬間、手の先からこぶし大の火の玉が飛び出した。
火球は一直線に飛んでいき、剣を振りかざしていた輝士の腕を焼いた。
「あぐあっ!」
輝士が腕を押さえて蹲る。
もう一人の輝士は倒れた相方を気遣いながら私に視線を投げかける。
「なんと輝術師か!」
輝士が驚嘆の声を上げた。
けどびっくりしているのはこっちも同じだ。
とっさのことだったけど私、輝術を使っちゃった。
それもあんなに攻撃的な術を。
ついに天然輝術師としての力が目覚めたんだ!
っと喜んでいる場合じゃない。
ちなみに一番驚いているのはナータだった。
頭上を火球が通り過ぎてったんだから当然かもしれない。
彼女はすぐに気を取り直すと素早く動いて蹲っているほうの輝士から剣を奪った。
「なっ、貴様……」
「油断大敵よ」
「うげっ」
ナータは奪った剣を輝士の脳天に振り下ろした。
情けない悲鳴を上げて輝士が倒れる。
「うわ……」
まさか本当に斬った?
と思ったけど倒れた輝士さまから出血は見られない。
どうやら剣の腹で殴っただけらしい。
ナータはついでのように蹲っている方の輝士に柄で止めを刺した。
結局、全員やっつけちゃった。
「ナータ、強いなぁ……」
真剣を下げて佇むナータの姿はまるで歴戦の女輝士のよう。
女神様だったり輝士だったり本当にナータはびっくりするくらい凄い娘だよ。
「驚いたのはこっちよ。あんたいつの間にあんなことできるようになったのよ」
「たったいま。なんかナータが危ないっと思ったら、できた」
ナータは引きつった笑いを浮かべた
「はっはっは。さすがは伝説の天然輝術師さまだわね。とりあえず邪魔者もいなくなったみたいだし早く行きなさい」
「うん。あ、そうだ。最後にお願いがあるんだけど」
「まだ何かあんの? 早く行かないとそろそろ目ぇ覚ますうやつが出てくるわよ」
私はポケットから輝士証を取り出してナータに預けた。
「これベラお姉ちゃんに会ったら返しておいて」
輝士証があれば旅をする上で便利かもしれない。
だけどやっぱり持っていってしまうとベラお姉ちゃんに迷惑をかけてしまう。
再発行にも時間がかかるだろうし、私に悪用されたという疑いも持たれてしまうかも知れない。
今のうちに返しておくべきだと思った。
「わかった。しかしベラお姉さまもまさかこんな派手にやらかすとは思ってなかったでしょうね」
「あはは、そうだね。帰ってきたときにごめんなさいしなきゃ」
「正直に言ったら捕まるわよ……おっけ。渡しとくわ」
「ありがとうね、何から何まで」
「いいわよ。親友だしね」
「ありがとう」
「卒業までには帰ってくるんでしょ」
「うん。必ず」
「帰ってきたらめいっぱい遊びましょうね」
「うん。ナータも溜まった課題写させてね」
「最初から人任せかい! ノート持っていって自分でやれ!」
「あはは、もう無理」
「……まあ手伝いくらいはしてあげるわ」
「うん、ありがとう」
「しっかりやんなさいよ」
「うん、がんばる」
「怪我には気をつけてね」
「うん。気をつける」
「辛くなったらすぐ戻ってきなさいよ」
「うん」
「っていうか行くのやめなさい」
「それはダメ」
「ったく……まあいいわ。んじゃいってらっしゃい。またね」
「うん、いってきます」
最後に大きく手を振って、私は輝動二輪を発車させ――
「うわわわわっ!」
急発進した機体は猛スピードで発進した。
何とか振り落とされないようにしがみつきバランスを取る。
「危ない前見て!」
「わあっ、わあああっ」
正面には外壁。
この勢いで激突したら本気で死ぬ!
全身の力を振り絞って体重を移動させる。
機体は進行方向を変え輝士通用門に向けて突っ走った。
よし方向はばっちし! 後は何とか街の外に出れば……
って、ちょっと! 門が閉まっているじゃない!
このまま突っ込んだら壁に激突するのと変わんないよお!
「ぶ、ぶつかるううぅっ!」
「降りて! 飛び降りて!」
ナータが何か言っているけれど言葉が耳に入らない。
ああ、もうダメだぁっ!
と、閉じられた門が突如跳ね上がった。
外の景色が目に飛び込む。
なんだか知らないけどラッキー!
余裕を取り戻した私はナータを振り向きぶんぶんと手を振った。
「じゃあ、またねー!」
「前見ろあほーっ」
それも一瞬。
すぐに視線を前方に戻してバランスをとることに集中する。
私はふら付きながら機体を門の外へと向けた。




